藪蛇

 昼間だというのに、日差しを一切遮るようにカーテンに閉ざされた書斎。

 静寂の支配するこの部屋で、白い髪の幼い少女はひとり手に持った人形相手に何かを語りかけていた。

 室内の灯りは机に置かれたランタンによってまかなわれ、白いドレスを着た彼女は床に広げた魔術書を眺めたり人形遊びをして、ずっと部屋の中で一日を過ごすのだった。

 少女の瞳は宝石ルビーのように紅く、その肌は石膏のように真っ白で、そのまま動かなければ、まるで球体関節人形ピグマリオンが置いてあるかのようにも見えた。

 彼女の名はアルフラウ=ニフルハイム。

 北限の勇、フレースヴェルグ伯爵の長女として生まれてきた彼女は、日差しのある場所で過す事の出来ない白子アルビノと呼ばれる体質のため、殆どの時間を本に囲まれた書斎の中で過ごした。

 ニフルハイム領の魔術師集団であるフロストロードはアルフラウの育成、指導をフレースヴェルグ伯爵によって任命されていた為、彼女の生みの親であるアンネリーゼといえども、彼らの許可なくアルフラウに面会する事はできなかった。


「部屋の外は厳重な結界なんだねぇ。こりゃ、会うのにも一苦労だわ」


 誰も居ない筈のこの部屋で男の子の声がしたので、アルフラウは遊んでいた人形を手放すと、声の主のほうへとくるりと振り向いた。

 部屋の扉が開いた気配が無いにも拘らず、そこには灰色の髪に青の目をした幼い少年が立っていた。

 突然の来訪者にキョトンとしているアルフラウに、無警戒に少年は近寄ると目の前で軽くお辞儀をしてみせた。


「きみがアルフラウだろう?屋敷の外からでもマナが漏れてるのが見えるくらい分かり易かったよ。きみは拡散型かくさんがたなのかな?気を付けた方がいいよ、身体が壊れちゃうかもしれない」


 アルフラウは気さくに話しかける少年をじっと見つめると、やがて少し微笑んで口を開いた。


「初めまして、私はアルフラウ=ニフルハイム、です。あなたのお名前は何ですか?」


 アルフラウが首を傾げると、少年は誇らしげに小さな胸を張った。


「俺?俺の名前はミロワって言うんだ、よろしくね。名前はね、紫の魔女オルタンシアに付けて貰ったんだ……って言っても、分かる訳ないか」


紫の魔女オルタンシア……知ってるよ。北の森に住んでいた魔女でしょう?付加師エンチャンターとしても腕が高くて、魔法の道具を作るのが上手だった人。そして、元々はニフルハイム人では無くて、夢魔ナイトメアの血を引いていると噂される紫の眼が特徴の魔女さん」


 アルフラウは開いてあった大きな魔術書を閉じると、その上によじ登りちょこんと腰かけた。


紫の魔女オルタンシアと一緒に過ごしてきた俺よりなんで詳しいの?すごくない?」


「うん、本で一回読んだことがあるから。すごいでしょう?」

 

 にっこりと微笑むアルフラウにつられて、ミロワの表情も緩くなった。


「すごいね。アルフラウだったら、俺のお願いも簡単に叶えてくれそうだ」


「……お願い?私に?」


 白子アルビノの少女はミロワの言葉に、小鳥のような仕草で首を傾げた。


「うん、お願いがあるんだ。アンネリーゼのお手伝いを、アルフラウにお願いしたいんだよね」


「お母様のお手伝い?それはどんな事?ミロワはお母様のお友達なの?」


「アンネリーゼは俺のお友達では無いけれども、俺の友達の友達がアンネリーゼなんだ。友達の友達は大体みんな友達って言うだろ?」


 ミロワは笑顔で答えると、アルフラウの座っている本の端にちょこんと飛び乗った。


「そうなの?私にはお友達がいないから知らなかった」


 アルフラウは奇妙な来客に興味を持ったのか、灰色の髪の少年に近付いて頬っぺたを軽くつついた。


「お友達がいないのかー。それじゃさ、俺がきみの最初のお友達になってあげるよ」


 頬をつつかれるのを気にする様子も無く、ミロワはアルフラウの手を握って微笑んだ。

 突然手を握られたので少し驚いたアルフラウだったが、彼女の笑顔につられて少しだけ微笑んだ。


「あなたは私が恐くないの?」


「どうして?アルフラウはだから、逆に馴れ馴れしくなっちゃうよ」

 

 ミロワの即答に、アルフラウはクスリと笑って彼の髪や頬をペタペタと触った。


「ミロワは変な子。面白い……じゃあ、お友達になって」


「そりゃあもう、喜んで。でもさ、今日はお願いの用事の方が先なんだよね。

 実はさ、アンネリーゼのお友達の人が一緒に遊びたいのに、性格の悪い魔術師に邪魔されて遊べなくて困ってるんだ」


「くすっ、性格の悪いだって。プルシタールの事ね。私もプルシタールが勝手に部屋から出ては駄目って言うから、お母様のところへ寂しくなっても行けないの」


 アルフラウはクスクスと笑った後、少し咳き込んで胸を抑えた。


「ミロワ、あまり笑わせないで……息ができなくなっちゃう」


「え、今のどこが笑う所だったの!こんな事で力尽きないでよ!?」


 咳き込むアルフラウに、ミロワは慌ててアルフラウの背中を擦った。


「あ、うん。今日は調子が良い方だから大丈夫。お母様とお友達が一緒に遊べるようにお手伝いすればいいんだね」


「その通り!アルフラウは賢いなぁ!それでさ、アンネリーゼとお友達がみんなに見つからないように、こっそり外に出られる移送鏡トランスポーターを用意したんだ。でも、その鏡はマナが沢山ないとうまく動かないんだよね」


「マナ……私がお手伝いすれば、お外に遊びに行けるのね。うん。お母様が喜んでくれるなら、手伝ってもいいよ」


 アルフラウは少年の灰色の髪をわしわしと撫でながら、笑顔で頷いた。


「ありがとう心の友よ!俺の友達もきっと喜ぶのよ!それでね、アルフラウには鏡の近くに来て欲しいんだ。その日が来たら、俺がアルフラウを誘いに来るからよろしくね」


 ミロワは本からぴょんと飛び下りると、魔術書に座っている少女にお辞儀をした。


「うん、待ってるね……でもね、ミロワに私もお願いをしてもいい?」


「なぁに?アルフラウのお願いなら何でも聞いてあげちゃうよ♪」


 アルフラウは笑顔で頷くと、座っていた本からゆっくりと降りて立ちあがった。


「あのね、私ね。妹か弟が欲しいの。だって、ミロワみたいにいつも話してくれるお友達が居ないから」


「……俺に子供を作れって事?一人でできるかなあ……子作り」


「違うよ。お母様にミロワからお願いしてって言ったんだよ」

 

「うーん、さっきも言ったけどアンネリーゼとは友達じゃないから、俺の友達からアンネリーゼに伝えるように約束するよ。それでいいかな?」


「うん、約束だよ……って言ったよね」


 アルフラウの言葉と共に、途轍もなく大きな力がミロワの身体に降りかかるのを感じ、少年の身体は石のように硬直した。


「こ、これは何?もしかして命令ギアスってやつでは?」


 恐る恐る尋ねるミロワに、白子アルビノの少女は変わらぬ笑顔でコクリと頷いた。


「うん。約束ギアスだよ」


「友達には普通命令ギアスとか使わないから!アルフラウは人の皮を被ったおにちくか!って、誰か来そうだ!それじゃあアルフラウ、またね!」


 ミロワは踵を返して近くにあった窓向かって飛びこむと、窓のガラスをすり抜けるように姿を消した。

 彼と入れ替わるように扉がノックされ、フロストロードの一人がアルフラウの傍まで慌てて駈け寄った。


「ア、アルフラウ様!?今さっき、魔術を使いませんでしたか!?急激な力場が発生した様なのですが!?」


 フロストロードの問いに、アルフラウはただ黙って笑顔を返した。







「―という事なんで、頑張ってアンネリーゼと子作りしておくれ」


 紫の魔女オルタンシアから習った隠密の魔術を駆使して、ニフルハイムの屋敷から戻ったミロワはおおよその経緯いきさつをヴォルフラムに報告した後、疲れ果てて彼の部屋の真ん中で寝転んだ。


「何言ってるんだ君は」


 あまりの唐突な話に、唖然とするヴォルフラム。


「あんな性格じゃ友達できないだろうなあ、アルフラウ。子供だからって甘く見過ぎてたよ……あの年で魔術師なんて嘘みたいだ」


「ああ!すまない。アルフラウ様が言霊師という特殊な魔術師なのは君が知っているのかと思って前もって伝えていなかった。まぁ、僕のできる事ではあるし……努力はするよ」


「ぬるい!これから毎日子作りに励んでくれ。頼んだからなヴォルフラム」


「いや……ミロワが必死なのは分かるが、何度も言わないでくれないか」


 ヴォルフラムはミロワの顔を見るのも恥ずかしくなって、思わず目を逸らすしかなかった。

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