再会

 ニフルハイム領のアンネリーゼ伯爵夫人への想いを断ち切れないヴォルフラム=ニフルハイム男爵は、従兄のフレースヴェルグ伯爵の屋敷へと出入りする事が多くなった。

 彼は自ら作った楽曲を夫妻に披露したり、伯爵領で行われる宴や舞踏会の演出などを担当した。

 ヴォルフラムの取り仕切りには伯爵領の家臣からの評判も上々で、ヴォルフラム卿が屋敷に訪れるようになってから伯爵領が華やかになったと宴に招待された諸侯たちも賛美した。

 フロストロードであるリーゼロッテにもその噂は伝わり、彼女は街の郊外でアンネリーゼと偽ってヴォルフラムと会うたびに、屋敷内でのアンネリーゼに対する接触を警告するのだった。


「屋敷では、家臣や夫の目もあるので親しく接しないように」


 リーゼロッテの言葉を信じたヴォルフラムは、伯爵の屋敷内ではアンネリーゼに無暗に話しかけない様に努めたが、時折アンネリーゼから話し掛けられる機会があると我慢をしている反動でついつい話し込むことが多くなった。

 屋敷では囚われの君となっているアンネリーゼ伯爵夫人を憐れむようになり、その想いはいつしかペールギュント伯爵から彼女を解放する事への誓いへと変わっていった。


「いつか必ず。貴女をペールギュント伯爵という名の檻から解放して見せます」


 リーゼロッテに会う度にその言葉を口にするヴォルフラムに、彼女は次第に漠然とした不安を感じるようになっていった。



 ヴォルフラムはフレースヴェルグ伯爵からアンネリーゼを解放するための策を思案していた。

 ニフルハイムの屋敷からアンネリーゼを連れ出す事は難しい。

 もし連れ出すならば彼女といつも待ち合わせをしている街の郊外がいい。

 しかし、街の郊外に逃げ出したとしても、ペールギュント伯爵には精鋭の氷壁騎士団と、フロストロードと呼ばれる高位の魔術師団が控えている。

 彼らが本気で追跡に当たれば、世界中の何処へ逃げようと逃げ場所などない事は分かっている。

 ならば、アンネリーゼを救うためにペールギュント伯爵領のすべてを敵に回してでも戦うべきか。

 ヴォルフラムがいくら仲間を集っても、一騎当千と謳われるペールギュント伯爵と戦う事は余りにも無謀であるし、アンネリーゼ本人への被害も懸念された。

 このまま、なすすべもなく公共での顔とプライベートの顔を使い分け、アンネリーゼとの関係を続ける事はヴォルフラムにとっても我慢の限界に近づいていた。

 

 ……なにかよい策は無いものか。


 ヴォルフラムが思案に暮れていると、ふと少年の頃に魔女であった祖母の館にあった鏡の記憶が蘇ってきた。

 

 ―自分の望む世界へ行ける鏡。

 あの祖母の言葉が本当ならば、アンネリーゼと暮らすためだけの世界に逃げれば良いのではないか。

 

 此処ではない


 ヴォルフラムは早速旅の支度を整えると、記憶を頼りに祖母の屋敷のあった森へと向かった。

 しかし、誰も住む事無くなった祖母の屋敷は朽ち果てていて、ヴォルフラムが全ての部屋を調べ尽くしてもあのくすんだ鏡は見当たらなかった。

 


 失意のままにヴォルフラムが自分の館への帰路の途中。

 ニフルハイムの街の表通りから外れた裏路地に、不思議と彼の足は赴いていた。

 ふと、彼が我に返って前を見ると、そこには奇妙な芸術品が並んだ骨董屋の看板がかかっていた。

 と表現する理由は、店に並んだ芸術品がどれも素人目に見ても駄作であること。

 こんなガラクタを集めて、いったい何処のもの好きがこれを買うというのか。

 この珍妙な骨董屋の主の顔が見てみたい。

 そう思ったヴォルフラムが骨董屋の中へと入ると、店の中にもやはり何の用途に使うのか分からないようなガラクタが所狭しと置いてあった。

 ガラクタの隙間を掻いくぐって奥へと進むと、灰色の髪をした青い目の青年がポツンと店の番をしていた。


 「おお、いらっしゃい。来客なんて何年ぶりかなー。お客さん、相当物好きだね?」


 そんなに売れていなくて店がよく潰れないなと呆れつつも、骨董屋の青年にヴォルフラムは話しかけた。


「お客の僕が言うのもなんだけど、このお店は本当に売る気があるのかい?

 値札も付いていないし、そもそも何に使うのか分からないようなモノばかりじゃないか」


 ヴォルフラムは座る面が歪で、どうみても座る事を拒んでいる椅子や、ハンドルを回すと卵を手動で割ってくれる卵割り機を指さして呆れた顔をした。


「えっ、だって。面白そうな物を集めていたら、溜まってきちゃってさ。

 捨てるのも勿体ないから、どんどん増えちゃうんだなあ……売れないし」


 骨董品屋の店主のやる気の無さに呆れながらも、ヴォルフラムはまず店内を見回した。

 するとそこには祖母の家で幼き日に見た、くすんだ鏡まで置いてあったのでヴォルフラムは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 ヴォルフラムは思わず駆け寄って鏡を確かめると、その鏡はくすんだはずの物であった筈なのに今ではヴォルフラムの姿をしっかりと映し出していた。


「姿が映っている……!という事は、すぐ使えるって事なのか!」


「鏡だし、そりゃ姿も映るでしょ。俺がちゃんと手入れもしてたからね」 


「ありがとう、店主。それでなんだが……この鏡を私に譲ってくれないか!」


 ヴォルフラムは鏡を無くさないように、しっかり抱えながら青年の店主へ叫んだ。


「紫の目……ああ、君かー。いいよ、君にその鏡は相応しい。譲るよタダで」


 少年は優しい微笑みを浮かべてヴォルフラムに頷いた。


「タダで!?それは流石に申し訳ない。今あるお金だけでも受け取ってくれ」

 

 ヴォルフラムは硬貨入れを腰から取り出すと、そのまま青年に手渡そうとしたが、店主はあくまでも手を交差して「いらない」と受け取ってくれなかった。


「そもそもこの鏡は君の家の物だろ、ヴォルフラム。だから俺は預かってただけ……君が自由に使うといいさ」


「なっ、どうして君はそこまで知っているんだ?君に会った記憶は申し訳ないけど無いんだが……」


 ヴォルフラムは幼少の頃から思い出せる限りの記憶をさかのぼってみたが、どう考えても灰髪の青目の青年と会うのは初めてだった。


「あー、そうだった。俺、ミラって名乗ってたもんね。分かる訳ないかー!

 ごめんごめん、こっちの姿なら思い出す?」


 そう青年が言うと同時に、その身体はもやのようなものに包まれて少しずつ形を変えていった。

 もやが晴れる頃には目の前に居た少年は、灰色の長い髪の年頃の少女の姿へと変化していた。


「あっ、ミラって言うのは偽名ね。本当の名前はミロワっていうんだ。

 紫の魔女オルタンシアの隠し子なんだ、よろしくねー」


「!?」


 ミロワのノリの軽い自己紹介に、ヴォルフラムは言葉すら失って立ち尽くしてしまった。


「……あれ、もしかして信じちゃった?」


 ミロワはヴォルフラムの目の前にまで寄ってきて、目の前でヒラヒラと手を振り彼を正気へと戻した。


「……もしかして、お前は鏡の悪魔なのか?」


 訝し気に見つめるヴォルフラムを後目に、ミラは愉快そうに声を上げてケラケラと笑いだしてしまった。


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