忘却1
「あなたのお名前、教えてくださるかしら?」
無邪気な笑顔で問いかけるアルフラウお嬢様のお言葉に、私はどれぐらい同じ答えを繰り返したのだろう。
初めてお会いした時と同じように、表情を変えることなく、私は主に求められた質問に答えた。
「これからアルフラウ様のお世話をさせていただきます、ミリィと申します。よろしくお願いいたします」
そして彼女は、私に初めて会った時と同じ笑顔でこう応える。
「……そう、ミリィというのですね。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
アルフラウ様のお世話をした者は、心労で一か月以内に倒れる。
それが仲間の侍女達の噂だったが、どうやら嘘ではなさそうだった。
私が侍女としてニフルハイム家にお仕えしたのは二年前、十五の誕生日を終えてすぐの頃。
最初にお屋敷にやってきて与えられた仕事は、大きな庭園の手入れであった。
他の侍女達ともすぐに馴染み、庭師に教わった仕事にも慣れて、季節に咲く花々の成長を見届ける余裕の出来た頃。
偶然、庭園に忍び込んだニフルハイム家に恨みを持つ刺客を私が発見し、素手で刺客が犯行に移る前に取り押さえることが出来た。
この功績が、ニフルハイム領の執政官であるオリフラム様の目に留まる事となった。
元々徒手の護身術を学んでいた事や、今までの仕事に対する姿勢をオリフラム様は高く評価してくれたようで、その翌日付で私はアルフラウ様の身の周りの世話を仰せつかった。
若くして領主である、アルフラウ女伯爵の身の周りのお世話を仰せつかった事は、普通に考えれば名誉な事なのだが、周りの侍女達の反応は私を羨むどころか、むしろ同情的ですらあった。
「ミリィ、大変なことになっちゃったね。一人で刺客なんか倒しちゃうから……身体を大事にね」
同じ庭の手入れをしていた同僚が、心配そうに私に言った。
「頑張ってね……色々と」
翌日の朝礼で、侍女長は私に新しい担当を告げた後、憐れみの表情で肩をポンと叩いたのを覚えている。
「姉さんの護衛を兼ねながら、身の回りの世話をできる人を探していたんだよ。ミリィが居てくれて、本当に良かった」
アルフラウ様に初めてお会いする日。
私の紹介をするために、アルフラウ様の部屋まで案内してくれたオリフラム様は、笑顔でそう言った。
黒髪に左右の異なる色の眼を持った彼女は、身なりこそ男性のものだかニフルハイム領の執政官にして、アルフラウ様の妹でもある。
短く切った髪の印象もあり、精悍な雰囲気をもつオリフラム様は男装麗人と呼ぶに相応しく、侍女達の中にはオリフラム様に憧れる者も少なくなかった。
侍女達はオリフラム様に求婚されたいなど、私には少し解りかねる話題で盛り上がってはいたが、その噂が本人の耳に届いているのかは定かではない。
「あれ、やっぱり緊張してるのかな?
大丈夫だよ、姉さんはそんなに怖い人ではないから。ただ……少し変わり者に見えるかも知れないけど」
「いえ、問題ありません。期待に添えられるように精進いたします」
「ありがとう。ミリィには期待しているからね。慣れるまでは大変だろうけど、頑張って」
オリフラム様はアルフラウ様の部屋の前まで来ると、二度軽く扉を叩いたあと、部屋の奥から聞こえるアルフラウ様の返事を確認してから扉を開けた。
「おはよう、アル。これから姉さんの周りの世話をしてくれる人を紹介するよ。さぁ、入って」
「失礼します」
オリフラム様の合図を確認して、私は一礼をしてから部屋に入った。
その部屋はすべての窓が厚いカーテンに覆われ、朝だというのに薄暗かった。
ざっと見回すだけでも大きな本棚がいくつも並び、古い紙の匂いが部屋に充満しているせいもあってか、私はまるで図書館にやって来たような錯覚に陥った。
部屋の真ん中には天蓋の付いた豪華なベッドが置かれ、そこには人形のような白い髪のと、白い肌の少女が腰かけていた。
「……あのお方がニフルハイムの白百合」
宝石のように澄んだ
先代からの武勇で名を馳せたフレースヴェルグ伯爵が、旅人を脅かす
門閥貴族たちは直ちに捜索隊を編成し、伯爵の捜索へとあたったが努力の甲斐も虚しく、何一つ手掛かりを見つける事ができずに探索は打ち切られてしまった。
領主不在の為、フレースヴェルグ伯の長女であるアルフラウ様が後継者として選ばれる事になったが、一部の門閥貴族は彼女がまだ十六歳である事、生まれつき
武勲でもフレースヴェルグ伯に並び称される、従弟のアーガイル子爵を後継者として推すものが女伯爵領に対して
これに対し、アルフラウ女伯爵は迅速に反抗勢力を鎮圧。
投降者を含め、アーガイル子爵に与した親族を残らず粛清するという無慈悲さに、彼女は「ニフルハイムの白百合」と家臣や民衆から畏敬の念を以て呼ばれる事になった。
私もそのふた名を何度か耳にした事はあるが、畏敬の念からでは無くアルフラウ様の容貌や可憐な雰囲気から、素直に白百合の名が相応しいと心から思っていた。
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