迂闊
―それは姉の二十歳の誕生日に起こった出来事。
ニフハイム荘園の庭先は、姉アルフラウの誕生日を祝う為に集まった人たちで埋め尽くされ、いつもは静かな庭園がこの日ばかりは明るい喧騒にあふれていた。
パーティの準備と進行を滞りなく進める事ができたので、ひと段落がついたところで代わりの者に進行を任せた私は、アルフラウを囲う人たちから少し離れた場所で姉の誕生日を心の中で祝い、ワインを夜空に軽く掲げた。
「ねぇ……君、オリフラムだよね」
突然背後から肩をたたいて話しかけてきた無礼な男に対してカッとなる。
振り返りざまに殴りかかろうかと一瞬思ったが、私はその声の主に聞き覚えがあったのでとりあえず殴るのは止める事にした。
ひとつ深呼吸をして心を落ち着け、拳を握り締めたまま振り返ると能天気な笑顔でのグランツ王国の第三王子サフランの姿があった。
王子は呼びかけに嫌々応じた私の気も知らず、陽気な口調で語りかけてきた。
「あ、やっぱりそうだ。僕の事覚えてる?ほら、この前の舞踏会で少し話したよね?」
まだ一言も発してない私に、馬鹿王子は次々と言葉をまくし立てる。
中身のない薄っぺらい内容だったので適当に頷いて流し聞きをしていたが、話を統合すると私が一人で寂しくいつも居るのを見ていたという事を見ていた僕は優しい人なんだよとアピールしたい事は理解はできた。
余計なお世話だ。
能天気が伝染するから近寄るなと言いたかったが、腐っても彼は王子。
余計な事を言って、ニフルハイム領の立場を悪くするのもつまらないので私は適当に相槌をうって調子を合わせ、相手の話が尽きるのをじっと耐えた。
「―だからね!結婚しよう!」
突拍子も無い王子の言葉を聞いて、はっと我に返った私は適当に相槌をうちそうになった首を慌てて横に激しく振って否定した。
「はあ……あの、どうしてそういう話になるんですか。そういうのは、困ります」
パーティの進行に当たっていた私の姿は、別にドレスでも何でもない普通の男装で、知らない人が見れば男に見間違えるぐらいの格好だった。
その衣装のせいか、気持的にパーティに参加しているつもりが無かったので、口説かれる事があまりにも予想外だった。
しかも相手は、天然で有名なあのサフラン王子である。
恥ずかしいとか、嬉しいとかそういう事を通り越して、寒気を感じた私は思わず避けるように後ろにステップを踏んだ。
「ずっと見て居たんだよ!好きなんだ!一目ぼれって奴さ!何でも買ってあげるから僕のお嫁さんになってよ!」
周りを気に留めず歩み寄る馬鹿王子に流石に、私も戸惑いの色が隠せなくなってきた。ふと、姉の方へ視線を向けると姉は無邪気に微笑み、グランツの王女エレアと楽しそうに此方を眺めていた。
折角領主達が良い雰囲気なのに、私の一言でその空気を壊してしまうのは忍びない。
だが、この状況は洒落にならない……振って湧いた突然の災難に私は思わず舌打ちをした。
「ふぅ、あの……大変申し上げにくいのですが、丁重にお断りいたします」
私は深呼吸を一つした後、できるだけ穏やかに装いつつもハッキリと否定の言葉を述べ、王子に頭を下げて謝った。
もう帰っていいよ、と心の中で付け加えた。
「何故、どうして?!どうせ君だって婚期も遅れて焦ってるんでしょ?素直に僕と一緒になったほう幸せになれるよ!」
それでも必死に迫るサフランのお言葉に、苛立ちが募る。
そもそも彼は、私をくどく前に舞踏会でペールギュント伯爵の娘、アーシア嬢を口説いて見事に振られた事は耳に入っているし、姉のアルフラウにも迫ったが笑顔のまま「嫌」と言われて撃沈した話も知っている。
つまり手当たり次第に口説いた挙句、当たれば良いというそういう根性に腹がたった。
「……そこまで言うなら」
私は壊れた人形のように愛を叫ぶサフラン王子の言葉を制し、一つの条件を提案する事にした。
「僕は、ニフルハイム領の繁栄の為に、自分より強い人を夫にしたいと思い、ここまで己を磨いて来て参りました。サフラン様がどうしても僕の事を忘れることが出来ないのでしたら、自らの剣の腕を以って私に知らしめてくださいませ」
これで怖気づけば万歳だったが、そこは天然のサフラン王子。
私の剣の腕の事など気にも留めず、それどころかその顔は喜びに変わり、声を弾ませながら目の前まで迫ってきた。
「うん、分かった!君に剣で勝てばいいんだねっ!僕はこう見えても稽古で負け知らずなんだよっ!よし、明日。この庭で勝負しよう。父上も母上も見てくださいますよね!」
無邪気にはしゃぐサフラン王子を、リューノ王とフレア王妃は困ったように諭した。だが、一度言いだしたらきかない王子の性分に渋々私に承諾を求めた。
様子を伺う夫妻に対し、私は黙って頷いた。
―次の日、リューノ陛下夫妻と姉のエレアエレア王女、並びに私の姉のアルフラウとその衛兵達の見守る中。
サフラン王子と私の決闘が行われた。
もちろん万が一の事を考えて、お互いの剣の刃は削いである。当たり所が悪ければ怪我もするだろが、普通は致死には至らないだろう。
ただし、それは一撃ではの話であって、私は最初からこの試合を一撃で終わらつもりは毛頭無かった。
二度と軽い口をきけないように教育してやる。
そう心の中で私は誓った。
「さぁ、いくよっ!」
掛け声を合図に、サフランは私に向かって剣を振るう。
私は有効打に至らない程度の反撃を返し、王子の猛攻に耐えた。
私の返す攻撃が、さして当たらない事を知った王子は気が大きくなり、次々と大振りを繰り返す。
「はぁはぁ……これでっ、きめるよっ!」
そう言って剣を振りかぶった王子の動きにあわせ、私はがら空きの腹に全体重をかけて剣と共に突進した。
ゴスッ!
鳩尾に思い一撃を貰った王子は、声にならない声を上げて悶え苦しんでいたが、私は構わず追い討ちの一撃を頭に放つ。
ぎゃっと言う悲鳴が聞こえたが、私はそのまま王子を剣で殴り続けた。
「田舎猿の分際で身を弁えろ……お前がそこに居ることが出来るのは誰のお陰だ」
うずくまって倒れる王子の胸倉を掴み、耳元でそうつぶやいた時。
私は兵士達に取りおさえられた。やりすぎた……か。
今更過ぎた行為に後悔するつもりは無かったが。姉に迷惑をかけた事に少しだけ心が痛んだ。
「あら?オリフゥがすこし、やりすぎてしまったようですね?ごめんなさい。ニフルハイムの兵士は、あれぐらいの稽古が普通なんですよ」
そう笑顔で説明するアルフラウに、リューノ夫妻はやり過ぎだと抗議した。
とはいえ、先に仕掛けたのはサフラン王子だった体裁もあり彼にも反省する所もあると妥協したリューノ王は、私に謹慎を言い渡した。
確かにやりすぎた気もしなくも無いが、あの天然王子に灸をすえる事ができた私は、晴れやかな心で黙って謹慎を受け入れた。
幸い、刑そのものはニフルヘイム領内で執行されたため、謹慎の間はほとぼりが冷めるまで他の領地の旅でも楽しんで来なさいと姉は薦めてくれた。
師匠のシオンに事情を説明すると、暇があるなら研究所での暴走のドサクサで軍部に横流しされた魔導兵器のティアの回収に向かってくれと言われたので、観光がてらに一応探してみる事にもした。
……そんなこんなで私は、ニフルハイムの領地から離れ旅先の宿の窓から夜空をぼーっと眺めながら、これからどう過ごそうかと考えていた。
「目的も無く彷徨うって、なかなか面倒な事だなあ。とりあえず、ティアが何処に行ったのかでも探してみるよ……って、誰に言ってんのさ」
傍らにアルフラウがいる様な気持ちでつい呟いてしまった自分に、まだまだ姉離れが出来ていないなと苦笑いしたのだった。
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