木漏れ日

「まさか姉さんが街にまでついて来るなんて、びっくりしたよ」


 近くの酒場で休憩することにした私とアルフラウは、適当な軽食と飲み物を店員に頼みテーブル席に着いた。


「最初からついて来るって知っていたら、オリフゥが驚いてくれないでしょう?」


 店員の持ってきた紅茶を一口啜ると、アルフラウはいつもの笑顔で私に言った。


「それはそうだけど……屋敷でいつも会えるのに、わざわざ外出の時まで付いて来るなんて……今頃お屋敷の方では大騒ぎだと思うよ」


 華奢な見た目に由らず行動的なアルフラウに苦笑いしつつ、私も紅茶を一口啜った。


「あ……それはごめんなさい。でも、外の世界をつい見たくなって……オリフゥと街を一緒に歩いたら、楽しいかなって」


 上目遣いで私を見上げるその姿は、の時からまったく変わっていない少女そのもの。

 彼女の成長の時間は止まったままで、その原因となった自責の念がアルフラウとの街中デートを素直に喜べない心の枷となっていた。


「うん……僕もこういうのは嬉しいけど。街中は意外と危険な所だから、アルに万が一がある方を考えちゃうよ。せめて変装するぐらいの準備はしようね」


 そう言って姉の頭を軽く撫でると、アルフラウは少しふくれっ面をして私に抗議した。


「もぅ。私はそんなに頼りない?これでもお姉さんなんですからね。オリフゥに心配されるのは嬉しいけど、私だって大人なんだから」


 そう言うムキになる所が子供なんじゃない?と言いたい気持ちを抑え、私は撫でていた手を戻し、軽く謝った。


「あはは、ごめんね。姉さんはあの頃の面影のままだけど、僕はあの時より背も伸びたし、精神的にも大人になったし……姉さんは変わらないから、ちょっと頼りなく見えちゃうんだよ」


 その言葉にアルフラウの笑顔はピタリと止み、緋色の瞳が真剣な眼差しで私を見詰めた。


「オリフがそう言うのなら、私は今から体を鍛えるね」


「いや、やめて!?無茶しないで!?その方が余計心配になるから!?」


 慌てて手を振る私に、アルフラウは楽しそうに微笑みを返した。


「もっとゆっくりできたら、オリフゥの街に居るお友達を紹介して貰うつもりだったんだけど。急に会えたりしないから、また今度の機会にお願いするね」


 アルフラウの言葉に、私はあまり社会的に綺麗ではない仕事に関わる者達の顔を思い浮かべ、それを心の中でかき消して首を振った。


「ダメだよ。そんな人達に会ったら姉さんがただれちゃう」


 何を勘違いしたのか、アルフラウは興味深そうな上目遣いで私に近づいて言った。


「……誰か、私が会うと拙い人でもいるの?」


「いや、姉さんを紹介して、事情を知らない人たちに色々と聞かれるのは困るから」


 私の答えにアルフラウは納得したのか、頷いたあとゆっくりと紅茶を啜った。

 その姿が少し寂しそうに見えたので、屋敷の中ではいつもそうするようにアルフラウの頭を優しく撫でた。


「僕もいっそ姉さんと同じ身体になれたら良かったのにね……そうすれば、こんな事でいちいち悩まなくても済むのに」


 そう微笑む私に、アルフラウはいつもの微笑みを返す。


「ダメだよ……オリフゥはせっかく人間なんだから。私のようになりたいだなんて絶対言ってはダメ」


「……あ、うん。ごめんなさい」


 いつものように優しい声で、私のおでこを軽く突っつくアルフラウ。

 その力はとても弱く痛いというより、むず痒い程度の感覚だったが、他愛のない言葉で姉の心を傷つけてしまった自分の無神経さに胸が苦しくなった。

 決して償えない罪を背負うつもりで覚悟したのに、いざ少しでも平穏が訪れるとその痛みから逃れようと忘却したり、赦されたいと思ってしまう弱い自分が憎い。

 アルフラウは私に優しい言葉を掛けてはくれるが、決して言ってくれない言葉がある。

 

「オリフラムを赦す」


 ……と。


 きっとこの先も姉は私の事を赦してはくれないし、私はそれだけの事をアルフラウにして来たのだから、これは当然の報いなのだが。

 

「そういえば、誕生日のプレゼントをありがとう。アルから貰えるなんて嬉しいよ。ずっと大切にするからね」

 

 私が微笑むと、アルフラウの笑顔がすぅと消えてただ茫然と私の顔を見詰めた。

 ゼンマイの切れた人形のように動かなくなったので、私は驚いてアルフラウに駆け寄りその身体を抱き寄せた。


「アル!?しっかりして!外はやっぱり拙かったんじゃない?シオンの所に戻るよ」


 抱き上げようとする私の襟をきゅっと引っ張って、アルフラウがそれを制した。

 思ったより力強い引きに、私は一先ず姉の身体が無事だとは安心したが、その目には涙を浮かべて微笑んでいるので、どう反応して良いのか分からなくなった。

 

「身体は大丈夫だよ、心配しないで。オリフゥのその言葉が聞けるのを、ずっと待っていた……だから、嬉しくて」


「え、そうなの?ありがとうぐらいで大袈裟だなぁ。アルがそんなに喜んでくれるなら、いっぱいありがとうを言わないとね。でも、何となく心配だからそろそろ帰ろうか?」


 抱きしめていたアルフラウの身体を離すと、代わりに手を差し出す。

 頷いた姉は、その手を握り返してとても幸せそうな表情になった。

 

「……今日の事、日記に書いておくね。いつでも思い出せるようにしておかないと」


「うん、ありがとう。僕も今日の事は忘れないよ」


 偶には、こういう穏やかな一日があっても良いのかもしれない。

 機会を見て、またアルフラウを連れ出してのんびりしよう。

 そう心に誓うのだった。 

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