雑踏

 ニフルハイム女伯爵領の市街地。

 ここより先には大きな街が無く、商人や旅人達が出発の準備を整える為の場所であると共に、冒険者と呼ばれるいわゆる万事屋よろずや達が、宿で依頼を受けて旅立つ場所でもある。

 依頼人の任務を受けた者や新たな任務を待つ者が、装備を新調したり食料を調達したりと、忙しなく市場を行き交う様はまさしく修羅場。

 

 そんな彼らを傍目に眺めながら、私はひやかし程度に露店の小物やアクセサリーを眺めて回っていた。

 ふと、とある露店に何気なく並べられているペンダントが目にとまり、私は足を止めた。

 それは猫を模ったカメオのペンダントだった。

 私はペンダントを思わず手に取って、その精巧な作りに思わず感嘆の吐息を漏らした。


「そのペンダントをお気に入りですか?お姉さんにお似合いだと思いますよ。もちろん、贈り物としても喜ばれると思います」


 店主らしい少年は、飾り気のない素直な笑顔で私に微笑んだ。

 別に性別を隠しているつもりはないが、普段は男装で過ごしている私が少年に一瞬で女性だと見抜かれてしまった事に驚いた。

 もしかすると、このカメオを眺めている時に目を少女のように輝かせていたのかもしれないと思うと、少し恥ずかしくなった。


「ああ、うん。僕は猫が大好きだから。良く出来た細工だから気になって。もしかして、君が作ったのかな?」


 私の問いに少年は頷き、照れくさいのか頬を軽くかいた。


「実は、モデルはこの飼い猫なんですけどね。気に入っていただけたなら、お安くしますよ」


 背中に寄り添って丸くなっている猫を撫でながら、少年は屈託のない笑顔を私に向けた。


「あはは、商売上手だね。うん、それじゃこのペンダントを下さい」


 少年の提示した価格より少し多めに路銀を渡そうとしたその時、背後から急に手を掴まれ制された。

 代わりに細い白い手が後ろから伸びると、少年に路銀を差し出していた。


「それはオリフゥの為に買ってあげるよ。十七歳のお誕生日のプレゼントの代わりに……ね?」


 馴染みのある声。

 私が振り返ると、この場所には居るはずのない白髪の少女が立っていた。

 少年は突然現れた白髪の少女を見て、やや呆気に取られていたが、路銀を受け取るとペンダントを私に渡しながら言った。


「プレゼントですか……いいな。綺麗な方ですね。どういうご関係なのですか?」


 少年の問いに、私は言いかけた言葉を一度飲み込んだ。


 どう見ても自分より年下にしか見えない彼女をと呼べば、少年は疑問をもち、なにか聞いてくるかも知れない。

 そもそも、このニフルハイム領を治める姉がお忍びとはいえ、護衛もろくに付けずに街中を徘徊している事が宜しくない。

 おそらく私の跡を追ってきたのだとは思うが、彼女に万が一があっては私一人で護りきれる自信がない。

 印象付けさせるような言動は、姉を危機に晒すことにも繋がる危険があった。


「あ、うん……僕の。アルって言うんだ」


 私の言葉を不思議そうに、赤い瞳で見上げるアルフラウ。

 そんなアルフラウの視線を知らずか、少年は頷いて素直に納得した。


「お姉さん想いのかわいい妹さんですね。いいなぁ、羨ましい」


 アルフラウは私の嘘に合わせているのか、いつもの通りなのか、私の方に抱きつきながら少年に微笑みを返した。


「そう?嬉しい……仲の良い姉妹に見えますか?」


「ええ、とっても」


 少年の答えに姉は、目を細めて口元を綻ばせるのだった。

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