追憶

 ―姉の記憶


 アルフラウ=ニフルハイム。

 ニフルハイム伯爵家の長女として、私はこの地に生を受けた。


 私は生まれつき身体が弱かった。

 赤い瞳、蒼褪めたような白い髪と肌。

 白子アルビノという異様な容姿も相まって、身の周りの世話をする侍女達は私の事をいつしか「白いお人形さん」とか、「白百合」と呼ぶようになっていた。

 本来、ニフルハイム家は武勲で名を馳せた家系だった。

 両親が女子であり、尚且つ病弱な私が生まれたことを望んでいた訳ではない。

 たが、領地において権威を持つ魔術師達フロストロードは、私の魔術の素質を見抜き、稀代の魔女だと褒め称えた。


 その所為か、両親はまるで陶器を扱うように繊細に、用心深く私に接した。

 外に遊びに行く事は勿論、自由に屋敷内を歩きまわる事ですら禁じられた。

 食事は部屋に運ばれてきたし、読みたい本も、可愛い人形も侍女達に言うだけで手に入った。

 私が見ることができた外の風景は、日差しを避けるための分厚いカーテンを必要としない雨の日の窓際越しの風景。

 そして、太陽が沈んだ後の夜の景色だけだった。


 私の周りには大人の人がいっぱい居たけれど、私と同じ目線でお話をしてくれる人は誰もいなかった。

 例えば、空に輝く星々を見た時。星の点と点を線で繋ぐと、絵本で見た動物や幻獣の姿に見える事を発見した時。

 母様や侍女達にその事を話しても、怪訝な顔をしながら頷くだけだったし、フロストロード達には。


「そんな事を考えている暇があるなら、魔導書をもっと読みなさい」


 と窘められた。


 そんな寂しい日々を送っていたある日、私に妹ができた。

 私は絵本で読んだお姉さんというものになれるのだと……私と一緒に遊んでくれる妹ができたことを嬉しく思った。

 然し、私の父と母は妹の瞳の色が原因で不仲になり、私の耳にも妹が父様に望まれていない子らしいとの噂が伝わってきた。

 まだ幼かった妹……オリフラムはそれを知る由も無く、物心がついたころからベッドに寝たきりの私の部屋にいつも訪ねてきた。

 私の身体が病弱だと分かってなかったようで、妹は絵本を読んでと私にせがんだり、屋敷を元気に遊びまわって起った出来事を楽しそうに私に報告するのが習慣だった。

 妹が見てきたものを聞く事で、私も散歩に出かけた気分になれたし、物覚えの良い妹に自分の学んだ事を理解して貰えることがとても嬉しかった。

 オリフラムが自分自身の事を話す時、舌っ足らずな口調で。


「おりふぅはね、おりふぅはね」


 と話す姿がいとおしくて、私は妹をオリフゥという愛称で呼ぶようになった。


 妹が健やかに成長するのとは対照的に、私の体調は治癒師の看護も虚しく徐々に悪くなっていった。

 雪の様に白く長い髪は密かに私の自慢だったが、悪化する体調の所為で綺麗な状態を維持できなくなった。

 已む無く自慢の髪を短く切り揃えた次の日。

 妹が長かった艶やかな黒髪を短く切って、私の部屋にやってきた。


「ほら、見て見て?姉さまとお揃いだよ」


 と自分の短くなった髪型を自慢げに見せる妹の笑顔は今でも鮮明に覚えている。


 私はオリフラムと一緒に居る時間がとても楽しかったが、周囲の者達は私の体調を気遣ってか、妹が部屋にずっと居る事に注意を促すようになった。

 それでも、オリフラムが両親に快く思われて居ない事を聞いている私は、自分の体調の許す限り妹と部屋で遊ぶことにしていた。


 そんなある日。

 いつものようにオリフラムと遊んでいた私の体調が急変し、治癒師達と共に血相を変えた母様が私の部屋になだれ込んできた。

 治癒師達に囲まれ、私の薄れいく意識の中で最後に見たもの。

 それは、母様に怒号と共に力いっぱいに頬を打たれ、侍女達に部屋から連れ出されていく妹の姿だった。



 それから暫くして私の体調は少しは持ち直していったが、オリフラムは決まった時間に一度しか私の部屋に来ないようになり、私が引き留めても、決まった時間に部屋から出て行くようになっていた。

 顔を叩いた時に、母様が爪で傷つけてしまったと思われる妹の頬の爪痕がとても痛々しく見えた。



 


 ―冬のある日。

 いつもより体調の良かった私は、母様に我ままを言ってオリフラムと一緒にもっと居させて欲しいとお願いした。

 母様は私の機嫌を損ねるのを気遣ってか、何かを呟きながら渋々承諾してくれた。

 いつものように妹に絵本を読んた後。

 私は侍女達にお茶の準備を命じて、妹と一緒にゆったりと紅茶を飲みながらおやつを食べた。

 お茶の後ベットに戻ると、いつもより長い時間一緒に居れるのが嬉しいのか、ベットで横になる私の傍に腰掛けながらオリフラムは弾んだ声で話しかけた。


「ねぇ、姉さま?明日は何の日なのか知ってる?」


 私は少し体を起こし、オリフラムに優しく微笑んだ。


「うん、知ってるよ……明日はかわいい妹のお誕生日。オリフゥもやっと七つになるんだね……おめでとう。オリフゥのプレゼントは何がいい?」


 私の言葉に目を輝かせ、飛び込むように抱きついてくるオリフラム。

 私はオリフラムをよろけながら何とか受け止め、太陽の匂いのする妹の髪を優しく撫でた。


「うん!明日はね、お母様もお父様もおりふぅの事をお祝いしてくれるんだよ?姉さまもお誕生日……お祝いしてくれる?プレゼントはね、猫さんのものがいいなぁ」


 首を傾げながら答えを待つ妹に、私は妹の撫で心地に満足しながら頷いた。


「うん、オリフゥのお誕生日……みんなでお祝いしようね」


 その日の為に、私はプレゼント用の猫の縫いぐるみを作っていた。

 時間はとても掛ったし、侍女達の隙を窺って作ったものだけに外見は、贔屓目に見ても猫っぽい何かにしかならなかった。

 ただ、私と一緒に居れない時間、彼女が寂しくないように。

 私の居ない場所でもオリフラムが笑っていられるように。

 少しばかり高度な言霊で、猫の縫いぐるみがオリフラムの好きな童謡を紡ぐよう魔力を込めた。

 祈りを込めて頑張って作った縫いぐるみは、オリフラムの誕生日までには完成させることができた。

 けれども、私が妹に直接それを手渡す日は来なかった。


 妹の誕生日の当日。

 私の様態は急変し、昏睡状態に陥った。

 後で聞けばそれは、今までの中で一番最悪な体調だったらしく、治癒師達は勿論、父様も母様も付きっきりで私の看病に従事したらしい。

 献身的な治癒師達の努力の甲斐もあり、夜には私の体調も持ち直して意識を取り戻した。

 目覚めた私は、既に夜になってしまった窓に映る月を眺めていた。

 自分の胸に手を当て心臓の鼓動を確かめながら、命を取り留めた喜びよりも、妹の誕生日を台無しにしてしまった私自身の脆弱な体を呪った。

 そして、オリフラムは一度も私の部屋にはやって来なかった。


 ―数日後。

 オリフラムが私の部屋に久々に訪れた時。

 誕生日に侍女達の手によって渡された筈の私の作った猫の縫いぐるみは、彼女の手には無く、その話題にも触れることはしなかった。

 私は居た堪れなくなって、オリフラムに誕生日を台無しにしてしまった事を泣いて謝った。

 そんな私にオリフラムは首を振り、いつもの笑顔で言った。


「ううん、姉様のお身体の方が大切だもの。



 この日から。

 妹は私に『嘘』をつくようになってしまった。

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