硝子の魔女

「ねぇ、オリフゥ聞いて……プルシタール達がまた手術しないとダメって言うの。

 全然……身体が良くなってる気がしないよ。もう痛いのは嫌なのに。助けて……オリフゥ」


 白銀の髪に真紅の目、透き通るような白い肌を持つ姉のアルフラウは、その目を潤ませてながら私に抱きついて泣きじゃくった。

 姉はアルビノの身体で生まれた所為か身体が弱く、殆どの日を屋敷の中で過ごしていた。

 体質の改善を試みた治癒師達の治療もさした効果はなく、父は姉の体質の改善に魔術師達を頼った。

 魔術師達の名はフロストロード。

 千人の魔術師が住む蒼氷の塔と呼ばれる場所で、この凍てつく大地において熱源となる炎の魔術に特化した者達の総称である。

 マナの少ないこの辺境において魔術師の存在は極めて稀で、街に一人か二人居れば珍しい程なのに、得体のしれない集団が千人もそこに住んでいるというだけで、ニフルハイムの民は彼らに畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

 伯爵領よりも昔からその塔は存在し、炎の魔術以外にも様々な研究に勤しんでいると言われ、その長であるプルシタールは政治的発言力も高く、ニフルヘイムを裏で操る人物とすら囁かれている。

 然し、そんな男に頼らざるえないほどに、姉の身体は脆弱だった。


 現に、私の知る限りでは姉のアルフラウが満足に動けた日の方が珍しく、必ず眩暈や吐き気、または高熱で一日の殆どをベットの上で過ごしていた。

 それでも、熱心にアルフラウの介護にあたる臣下をいつも見ていた私は正直、姉の事を疎ましい存在としか思っていなかった。

 アルフラウは、身の回りを世話をする妹の私をとても信頼しているのか、私にとてもよく懐いていた。

 ただ、黙って姉のそばに居るだけでも私に向かって微笑んでいたし、少しでも体調が良ければ私に読んだ絵本や、父や私が物心つく頃には既に亡くなっていた母の事を話した。

 臣下はもちろん、父の前ではあまり弱みを見せない彼女だが、何故か私の前ではごく普通の反応をする女の子だった。

 蒼氷の塔で行われる、フロストロード達による度重なる手術。

 増える傷跡、不可解な儀式や検査、一向に回復の兆しを見せない身体の事。

 つねによぎる死の恐怖と不安について、涙を浮かべてながら身体を震わせて私に打ち明けた。

 私にできる事は、嘘をついてアルフラウを安心させること。姉の身体を優しく抱きとめながら、魔法の言葉を一言紡げばよいのだ。


「だいじょうぶ。きっと良くなるよ……僕を信じて、姉さん」


 私の言葉を聞くと姉はうん、と頷き健やかな眠りにつく。それがいつもの習慣。


 何も知らずに……何も分からずに。

 姉が早く死んでしまえばいいと心の中で思っている私の事など、まったく分からないまま彼女は健やかな眠りにつくのだ。


「……綺麗なままで逝けるんだから、姉さんは幸せだよ」


 もうすぐ疎ましい姉が居なくなる……そう思うと思わず笑みがこぼれる。

 アルフラウが寝静まるのを確認して部屋を出た私は、誰に言うわけでもなくそう呟いていた。

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