第6話 待ち合わせ

 私は、通っている高校の最寄りから3駅離れた駅の東口にいた。栄えた町であるとはいえないが、5年前に新幹線が開通したおかげか辛うじて恩恵を受けている、といったところだ。とはいえ、ホームに降り立つ人は少なく、ベッドダウンの様相であるので、知り合いと出くわす心配はないに等しい。


 それにしても、ワタナベくんが来ない。この駅を指定したのも時刻を決めたのも彼なのだが、なかなかに無責任だ。

 私が誘った手前、とやかく小言を言うのは控え承諾したのだが、30分は待たせすぎだろう。


 それに厄介なことはワタナベくんが、若者たちの必需品であり、無駄な時間を存分に浪費できる、果てには人生を軽く破綻させるといわれる文明の利器、携帯を持っていないことだ。


 私の若い頃はスマホなんて無かったから、待ち時間さえもデートだったわ、と母親がうっとりと言っていたのを思い出す。

 そのときは何を言っているんだ、気持ち悪いと思ったけど、いざこうして同じ状況下に置かれると、ますます母親の言葉を理解できなかった。

 夢見がちな純情乙女(何ともちんけな肩書きだ)を自称するフェミニンな母親からよく私のような女もどきが生まれたものだ。

 ……考えながら悲しくなってきた。


 自己嫌悪に押しつぶされまいと、自分の考えうる中で一番陽気な曲のメロディーに乗せ口笛を吹いているうちにワタナベくんが到着した。

「ごめんごめんお待たせ。起きたと思ったら夢だったよ」

「何の言い訳にもなってないよ」


「それで?どこに行こうか」

 時間や場所はワタナベくんに決めてもらったが、そこからの行き先は私が任されていた。


「近くにおいしいコーヒーが飲める喫茶店があるのよ。行ってみたいと思っていたんだけど、お洒落な雰囲気に負けていつも入れないの」

「つまり、ひとりじゃ恥ずかしかったから、この際行っちゃえってことか」

「そういうことになる」


 やっぱりワタナベくんはにやついている。にやつくというか、ニヨニヨしている。

「ねえ。それやめてよ。馬鹿にされているようで気に食わない」

「それはごめん。俺も努力してるんだけど、どうにもなおらないんだ。君同様、俺もクラスメイトとこんなに関わるのは初めてだから」


「まあ、いいわ。さっさと行きましょ」

 そういうと、ほぼ初めて着たスカートを翻し、ワタナベくんの前を歩き始めた。


「あとね、忠告しておくけど。こういう時は女性の服装を褒めるべし、よ」

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