第5話 男子は些細なことで揺れ動く

「でもやっぱり、ワタナベくんはもっと心を開くべきよ」

とある休み時間、私は声をかけた。


「心を開く?開いてるじゃない。俺、こんなに他人と話すの、ほとんど初めてだよ」

「他人なんてやめてよ、他人行儀じゃない。ってそうじゃなくて、私以外にってこと」私は少しむっとした。


「そうかねえ。俺としては、その必要はないと思うんだけど……」

「なーに、怖いの?」

「煽っても、かゆくないからね。要するに、話し相手は要らないってこと」

頬杖をつきながら、ぷくぷくとワタナベくんは言った。

「それに、今は君もいるし」と付け加えた。


「なに?最後聞こえなかった」

「何でもないさ」ふいっと顔を背ける。

「……それで?いちおう理由は聞くよ。一方的に君の提案を無碍にしたくはないしね」


「わかったよ。けど、長くなりそうだからさ」

私は呼吸を整え、

「次の日曜日、空いてないかな?」と言った。

ワタナベくんはぽかんとしていた。


そりゃあ呆けるのも無理はない。話すようになったとはいえまだ2週間。長くなりそうだと言っても、放課後や昼休みで事足りる。しかし、それをせず女子が男子を休日の予定を聞く。これはもう、健全な男子諸君なら何かがあったり無かったり考えてしまうこと請け合いである。


「……空いているけど?」

頬杖の跡か何なのか定かではないが、ワタナベくんは頬を染めつつ言った。


「じゃあ、昼の1時に駅前ね」


その日は、お互い一言も話さなかった。

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