第4話 ままならない時期

「……おはよう」


 月曜日が来て、やっぱり窓の外を眺めているワタナベくんに私は挨拶をした。


「ああ、おはよう」

 ワタナベくんは、安堵とちょっぴり驚きの表情をこちらに向けた。


 ワタナベくんと私が、あいさつを交わすことはこの教室において不自然で、今までなかったことだ。しかしそれを気に留める同級生はいない。教室後ろの窓際という何とも目に付かない一角でのことであるし、何よりふたりには友達と呼べる存在が皆無だった。

 別段苛められているというわけではないのだが、そっとしておこうというのがクラスメイトたちの無意識下での、暗黙の了解であり、彼らはそれを実行していたに過ぎないのである。


 さらに高校生という生き物は、部活に勉学、色恋沙汰と青春を彩るイベントで、毎日が大忙しのてんてこ舞いだ。そんな中で、己の青春の1ページをともに刻まない、もしくは介入してこないクラスメイトにかまってやる時間なんてものは一切合切持ち合わせていない。


 ……ま、その方が気楽でいいけどね。

 と、私は心の中で嘆息した。


「昨日の今日だし、話しかけてはこないかなと思ってたよ」

「どうして?」

 と通学リュックを机脇のフックに引っ掛け、私は怪訝な顔を向けた。

「そりゃだって、俺、あんなこと言ったわけだし」

 とワタナベくんは少しバツが悪そうにする。

「なんで話しちゃったかな……」


 金曜日はいやに落ち着いていて嫌味なとこもあったのに、こいつ、今日はどういうことだ?

 よくわからないけど、考えるより先ず行動しちゃって、よく考えたら恥ずかしくなっちゃうタイプなのかも。

 女々しいと感じ、少しイライラした。


「いいじゃない。人と違うところがあったって。それに、私は気にしてないし、むしろ好印象って言ったでしょ?」

「でも、そのことで悲しい思いをすることだってある。それなら、自分を抑えて生きていたほうがいい」


「そんなの窮屈じゃん。みんな平等だ、人間なんだからなんてまやかしだよ。生き方も考え方も違うから楽しいし、アイデンティティが生まれるんじゃない。それに、頭のいい人はその聡明さと知力を、自分の人生に生かすわけだし、ルックスに恵まれた人はそりゃモテるし、運がよければ俳優女優になって大儲けできるかもしれない。あなたのその力だって誇るべきものよ」

 あまり話すのは上手い方ではないのだが、自然にするすると言葉が溢れてきた。

 本心からの言葉は、偽らないぶん言いやすいらしい。


「悲しいけど、いくら人類が統一を目指したって、この世は不平等なものなのよ。先天的にも、後天的にも、ね」


「……驚いたなあ。達観してるね。その割に、先週の金曜まで俺に話しかけられなかったのはなぜ?」

 意地悪く、ワタナベくんは笑った。


「うるさい、ほっとけ」

「それに、どっちかというと声をかけたのは俺のほうだけどね」

「黙らないなら、一生黙らせてやる」


「わかったよ。少し弄っただけだって。君を殺人犯にはしたくない」

 とケタケタ笑う彼は、私の鉄拳を寸でのところで回避した。


「意外と怒りっぽいんだね。君は」

「どっちかっていうと、男勝りで女の子らしくないのよ」

「化粧もして、スカートも短くしているのに?そこらへんの女子高生って感じするけど」


「浮くのがいやなのよ。ただでさえ、友だちいなくって浮いてるっていうのに」

「でもそれじゃあ、さっきと言ってることが違うじゃないか」

 と、ワタナベくんは不思議そうな顔をした。

「何がよ?」つられて、私も頭の上にクエスチョンマークを出現させた。


「要するに、君が言いたいことは周りを気にするなってことでしょ。それなら君が浮くのがどうこう言うのは、矛盾してるじゃん」


「……」

 何も、私は言えなかった。


 自分の思考と行動が伴っていなかったなんて。

 勇ましく熱弁を垂れた手前、穴があったらマントルまで突っ込みたくなる気分だった。


「ホームルーム、始めますよ」と言いながら、担任が立て付けの悪いスライドドアを開け、入ってきた。

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