第2話 つけ麺
「奇遇だね」と、ワタナベくんはもごもごと口の中で麺を噛み千切りながら言った。
まさか、学校であれだけ話しかけようと試行錯誤、暗中模索、四苦八苦していたというのに、行きつけのつけ麺屋の、あまり見られたくない状況下で、願いが叶うとはと、神に感謝していいのか悪いのかわからない気持ちだった。無宗教だし、神なんていないと思ってるし。
人の願いや希望というのは、そこに向かってひた走っているよりも偶然ひょんなことから叶ってしまったりしてしまいがちだ。
ギザ10を100枚集めてやろうとふと思い立ち、家族や友達と10円玉を交換しまくって専用の貯金箱に貯めていたときだって、好きだったお笑い芸能人のオフを生で見たいとSNSを頼りに東京中駆け回ったときだって、もうどうでもいいやと無関心になった途端に叶えられてしまった。ちっともおもしろくない。
ほんと、神の気まぐれなんてよく言ったものだと思う。だから神なんか嫌いだ、少なくとも、そんな人間味のある神なんて。
なんてぐるぐる思考するが、私の家庭はクリスマスさえ祝わない無宗教だったことを思い出し、現実に戻る。
「こんにちは、ワタナベくん。ワタナベくんも来るんだね、このお店」
こんにちは、なんて少し緊張していたかもしれない。しかし、念願のワタナベくんとの初おしゃべりなので許してほしい。
「うん。奇遇だね。それにしてもここのつけ麺、スゲーうまいね」あいさつなのかわからない返事の後の、ワタナベくんの気さくな言葉に少々戸惑った。
「――そうなんだよ。味もそうだけど、私は隠れ家的な雰囲気もあって好き」
「へえ。君はよく来るの?」
「まあまあかな。毎週金曜日に来てるんだ」
「うん、知ってる」
「お待ちどお!」
香ばしい魚のにおいとともに、どんぶりとつけ汁、そしてメンマが私の目の前に置かれる。黄土色の汁の中から分厚いチャーシューが飛び出し、真ん中には大量の刻みネギが盛られ、食欲がそそられる。「つけ麺スペシャル」は具がすべて2倍になるので食べ応えがある。
私も一応女なので、ワタナベくんの手前、いつものように無心でかぶりつきたい衝動をぐっと堪え、慎ましく食べ始めた。
そして、最後にワタナベくんが発した言葉について考えていた。
――私が毎週ここに来ることを知っている?
いくら思考を巡らそうにも、彼の言う「知っている」が何に対してなのか見当もつかない。
話すのだってこれが初だし、それに、ワタナベくんは学校生活、ましてや私になんて興味が無いと思っていた。
私はワタナベ君の横顔をじっと見つめた。麺をすするワタナベくんは、本当にスゲーおいしいと思っているのか怪しいほど無表情だった。でもまあ私が見ていることも気づかず食べているということは、それなりに夢中なんだろう。
「……なに。君は、俺を見るのが好きなの?」私の視線に気づいたワタナベくんは、いつの間にかこっちを見ていた。
まるで気づかなかった。横顔を見ていたと思ったら、ワタナベくんの顔はこちらを向いていた。一瞬の瞬きの間に、もしくは、とてもゆっくりゆっくりと首を動かしたかのようである。
「何それ。べつにそんなつもりはないよ」
「だけどさ、学校でいつも俺のこと見てるよね」
「っ――!」
びっくり仰天してしまった私は、カウンターに膝を盛大にぶつけ、反動でつま先を思い切り床に打ち付けた。ローファーだからなおさら痛い。
「100点満点のリアクション芸だね」
ワタナベくんが感心したように言う。
いや、芸じゃないわ。
「……後頭部に目でも取り付けてるの?」
さっきから見透かされているようで、嘘で取り繕うのも無駄に思い、白状する。
「何それ。妖怪と一緒にしないでよ。僕は至って普通の人間。でも――ほんの少し、みんなとは違うらしい」
「……じゃあ中二病患者ってこと?」
「考えようによってはそうかもね。ただ、僕にとってはこれが普通で、その他大勢がおかしいんだよ」
「はぐらかしてないで、教えてよ。どういうことなの?」
一瞬、戸惑ったような、そんな顔をワタナベくんはした。しかし、それは気のせいだったのかと思うほど、彼はすぐにいつもの、すまし顔を見せた。
「うん、まあつまりね。心が見えるんだよ」
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