第6話 逆鱗

 台車を押して冷蔵倉庫を出ると現場がざわざわしはじめる。


「ロバートとデニーロ、お前らはバラシのサポートに入れ!

 手が空いてる奴は吊架ちょうかを手伝え!」


 ケイブの指示が飛ぶ。

 俺には顔がいかついマフィアのような二人がサポートについた。


 ナイフ台にマジックバッグに入れておいた愛用のナイフを並べる。

 手袋とエプロンも自前のものだ。


「バラシさん、その手袋はなんすか?」


 ロバートかデニーロのどちらかわからないがサポートの若者が質問する


「これは耐毒性が高いアビストードの皮で作ったものです。

 ワイバーンは個体によって毒袋があるから念のためにね。」


 ワイバーンはすでに作業場の梁から吊り下げられている。

 さて、始めるか。



「ではいきます。みなさん、ご安全に!」


「「ご安全に!」」


 作業員が唱和する。

 まずは首からだ。内臓を取り除くためには食道と気管を切断する必要がある。


「ワイバーンは亜竜種ですが、骨格は鳥類に近い。」


 皮切りナイフで首を裂き、肉切りナイフで食道と気管を大胆に切断する。

 ワイバーンの皮は鉄も通さないほど強度があるが、肉はやわらかく美味だ。


「爬虫類系なら腹を開けば内臓を出せますがワイバーンには内蔵を守る竜骨があるため腹から内臓を出せません。よって鳥類同様の手順で進めるのがセオリーです。」


 つまり、尻から内臓を引っ張り出すのだ。


 丁寧に肛門の周りを切り裂く。

 ここをミスると大惨事だ。


 肛門を切り抜いた後、尾の付け根に沿って股関節部まで切り裂き出口を広げ

 腹膜をナイフではがしながら腸を引きずり出していく。


 すでに肩まで血と体液でヌメヌメだ。

 こんな状況でも作業できるよう俺のナイフの刃と柄の間には穴が開けてあり、そこに指をひっかける事でグリップ力を高めている。


 皆に手伝ってもらって内臓を引きずり出し木箱にぶちこむ。

 さすがに体長10m。内臓だけでも100kgぐらいありそうだ。


「毒袋はなさそうです。腑分けはケイブさんにお任せします。」


 ケイブに目配せすると頷いて作業にとりかかる。

 ワイバーンの内臓は、その、食ったものが入ってるわけで、

 慣れてる人でもショッキングな場合が多々ある。

 ぶっちゃけると食われた人間などだ。


 内臓を出したら一度装備をお湯で洗い流しヌメヌメを落とし鱗皮の剥ぎ取りに入る。

 ここが腕の見せ所だ。

 最も大きく鱗皮が取れるようにナイフを入れる。

 鉄のナイフでは文字通り歯が立たないのでブレードベア素材に限界まで焼きを入れた皮切りナイフだ。切れ味は抜群だが欠けやすい。

 鱗皮を裂き終わったらついでに翼腕と尻尾を落とす。


「ロバートとデニーロは翼腕の処理をお願いします。

 肉ごと皮をはいじゃってください。」


 翼腕は鱗皮が少ない上に剥ぎづらいので皮をつけたまま肉を切り分けてしまった方が早い。

 尻尾は使うときにバラせばいいのでそのままだ。


 ここから一気に進めていくぞ。

 胴体に入れた切り込みから鉄の長ナイフで大胆に皮を剥いでいく。

 ワイバーンの皮は丈夫なので鉄のナイフで強引に剥いでも傷がつかない。

 脂で切れ味が落ちたら熱湯に放り込みナイフを交換しサクサク進める。


「早い・・・」


 見物人からお褒めの言葉をいただく。

 前職(王都)では魔獣とスライムを連れた異世界人がワイバーンを山ほど取ってきたからね。

 こなした数がちがうのだよ数が。


 おおよそ皮が剥げたので指示を出す。

 彼らの翼腕の処理はもう少しかかりそうだ。


「ロバートとデニーロは翼腕が終わったら脚部の肉処理を頼みます。

 傷がある部分の肉は多めに切り取ってください。

 言うまでもないですが残ってるやじりに注意し、肉は毒検知を忘れずに。」


「「イエッサーボス」」


 いや、ボスでもドンでもないから。


 残った皮の部分、翼腕の間、人で言う肩甲骨の間に取り掛かる。

 ちらっとあたりを見回す。

 それぞれが集中して作業をしているようだ。


 よし。やるか。


 これから取り掛かる部分に、実は『逆鱗』があるのだ。

 ワイバーンの逆鱗は他の部分と色が変わらず、また位置も決まっていない。

 微妙に形や光沢に差異があるぐらいなので見落とされやすい。

 呼吸を止め、慎重にナイフを入れ周囲の皮を剥いでいく。


 逆鱗の裏にはプルプルした膜につつまれた液体があり、傷をつけると簡単に膜が破れ、空気に触れて腐ってしまう。そうなったら全てがパーだ。


 ギリギリまでナイフで皮を剥ぎ、そこからは柔らかい骨のヘラで慎重にはがしていく。

 とれた・・・成功だ。



「どうした?お前にしてはえらい時間がかかっているな?」

「!?」


 突然背後から声を掛けられ驚き逆鱗をとり落としそうになる。

 完全に集中していて全く気付かなかった。


「あばばばばあぶねぇ。突然声をかけないでください手元が狂います。」


「何度も声をかけたんだが聞こえてなかったみたいだな。

 どれどれ・・・ってお前それまさかげきりー」


 慌ててケイブの口をふさいでキョロキョロと周りを伺う


「しーっ。声がでかい!

 ちゃんと『鱗皮はおまかせ』と確認して、その上で『鱗皮を少々いただきます』って言いましたよね?」


「お前これが狙いだったのか。やられたぜ。」


 ケイブは呆れ顔だ。


「ま、しょうがない。お前しか見つけられなかったわけだしな。

 それに・・・扱えるやつも少ない。」


 ワイバーンの逆鱗の使い方は王都の錬金術師と共同研究で開発した。

 詳細は省くが、ワイバーン素材の強度を飛躍的に上げる触媒になる。


「いいモノができたら見せに来ますよ。」

「ああ、楽しみにしておく。」


 お互いニヤリと笑う。


 メインの仕事は終わった。

 自分のマジックバッグに逆鱗をそーっと入れ、残った部分の解体をする。

 あとは細かい部分だけだ。


 首と頭の処理をしていく。

 ワイバーンの舌って食えるのだろうか。

 などと考えながら作業をしているとワイバーンの頭はバラバラになっていた。


「よし、終了。

 肉と骨は部位ごとに札をつけて冷蔵倉庫に運んでください」


 ロバートとデニーロの方も終わっているようだ。


 いい経験ができたのだろう。

 二人とも表情が明るい。

 手を差し伸べてそれぞれと握手を交わす。


「助かりました。ありがとう。

 ちなみに廃棄予定の肉も完全に食べられないというわけではないので端っこ切り取って試食してみるといいですよ。これも解体屋の特権ですから。」


 話しながら使ったナイフの手入れをしてはバッグに詰めていく。

 他の職人に比べると3倍ぐらいの本数のナイフを使うので片付けは大変だ。


 ケイブは依頼主を倉庫に連れて行き、現物を見せながら引き取り交渉をしているようだ。

 ワイバーンの高価な素材となると魔石はもちろん、角、牙、爪、状態のいい大きな鱗皮、肉、大きな骨、血、心臓、毒袋といったところだ。

 肉は大変美味で貴族や王族のパーティーで並ぶほどの高級食材だが、傷が多すぎたので半分ぐらいは廃棄になるだろう。それでもリブロースや上バラは無事だったので十分楽しめるはずだ。

 俺も食いたい。



 冷蔵倉庫からケイブと依頼主が出てきた。

 お互いにこやかに握手している所を見るに満足いく取引だったようだ。

 おすそ分けにも期待できるかな?


「ケイブの兄さん、どうでした?」


 期待を込めて声をかける


「見ての通りだ。手数料だけで金貨3枚。引取りの見積もりでも金貨10枚は行けるだろう。

 想定よりいい状態で肉と鱗皮がとれたと喜んでいたよ。」


 金貨1枚は日本円に換算するとおよそ10万円だ。

 俺は笑顔で頷きながら先を促す


「で、お前さんの報酬だが、希望通り翼腕の爪1本に加えて尻尾をまるごとくれるそうだ。

 チップも込みでな。」


「マジっすか!」


 尻尾には少量ではあるが鱗皮とテール肉にそこそこ立派な骨が含まれている。

 買えば数か月分の給料が飛ぶレベルだ。いや、給料が安いだけか?

 追加で使い道がない脚の先の骨や折れた肋骨などもおまけでもらえる事になった。


 ちなみにワイバーンの逆鱗は王都に行けば金貨5枚で売れる。

 それだけ金持ちと物好きが多いって事だ。


「またよろしく頼むぜ。」

「こちらこそありがとうございました。」


 尻尾を詰めた大きな木箱を背負い、ケイブと握手してリナトのギルドを後にする。



 サハテイ村へ行く馬車がまだ残っていることを祈りつつも、

 ワイバーンの素材をどうしようか想像すると頬が緩むのを抑えられなかった。

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