第7話 押しかけ勇者
「いやーいい休日だった」
辺境ギルドの解体部は今日は休みだ
夕暮れの中、ワイバーンの尻尾が入った木箱を背負いホクホク顔でギルドに戻ると解体部に人の気配がする。解体部は今日は休みだしもうすぐ日没、ギルドも閉店のお時間だ。
受付のミセリかな?
「ただいまー誰かいるのか?」
栗色の後頭部はミセリだな。
で、真新しい白い服を着てる緑灰色の髪は・・・
「あ、バラシ!遅かったじゃない!」
勇者アルルだ。
「アルルか。教会で服もらえたのか。よく似合ってるぞ。それでなぜここに?」
ミセリが割って入る
「バラシ!あんたこの子に何やらかしたのよ?ギルドに来てバラシの家を教えろって聞かないのよ」
「だってこれから一緒に住むわけだし・・・」
アルルがもじもじしながらとんでもないことを口走る
「「え?」」
ミセリと俺の声は完全にシンクロした
一緒に住む?誰と誰が?
「だって『俺がお前をずっと支えてやる』って言われたし・・・」
ミセリは半目でこっちを見るが俺は震えるように首を左右に振る
少なくともプロポーズした覚えは全くない。
「うそなの・・・?」
不穏な空気を察したのかアルルが瞳を潤ませながらこちらを見る
ミセリはまだ半目だ。
なんだこれ、なにこの完全に俺が騙したみたいな空気。何よりまずいのは返答次第でアルルがどう転ぶかわからない所だ。「よくもだましたな死ね」とかキレられたら棍棒で猪をミンチにするゴリラパワーで俺もひき肉だ。「お前を殺してあたしも死ぬ」というヤンデレパターンだとやっぱり俺はひき肉だ。あれ?詰んでる?俺詰んでる?
いやいや、「なんだー勘違いかーあっはっは」で済む可能性もゼロではない。
「オーケー、まずは落ち着こうか」
「一番落ち着いてないのはお前だよ刈り上げ」
ミセリが身もふたもない事を言う
「アルルさん、俺は『強くなるために俺にできる事なら協力する』って言ったけど『ずっと』とか『一生』とか『結婚しよう』とか言ってないよね?」
ミセリの暴言はこの際置いておくとしてアルルをなんとか説得しようと試みる。
「一緒に暮らすのは『俺にできる事』にはならないの?」
アルルが潤ませながらも強い眼差しで見つめてくる
おいふざけんな。その理屈だと「死ね」も俺にできる事じゃねぇか。暴論ってレベルじゃねぇぞ。
「いや、それは、程度問題というか、常識的な範囲内というか・・・」
言い詰まって目線でミセリに助け舟を求めると、ミセリはドンと解体部のカウンターをひと叩きし俺に指を突きつけ言い放った。
「
「えええ冤罪だー!?」
裁判長!控訴です!控訴を求めます!いえまずは弁護士を!
「アルルちゃん、いいかしら?この刈り上げはね、かわいい女の子を見るとすぐに調子のいい事ばっかり言うの。こいつの戯言を本気にして泣かされた子は数知れず、貴族の女にも手を出して今も命を狙われているわ。だからこんなド田舎に逃げてきたのよ。こんな奴に入れ込んでもアルルちゃんが不幸になるだけ、ゴブリンに絡まれたと思って忘れるのがあなたのためよ。」
ミセリは涙ぐむアルルの両肩に手を置きとくとくと言い聞かせる
すらすらと100%ピュアな嘘を並べるのはやめてくれ
「そんな・・・ひどい・・・」
「一応弁解しておくがミセリが言ったことに真実はひとつもないからな」
アルルは大変ショックを受けたようだが身の潔白だけは主張させてもらう。
「うん・・・バラシを信じる。信じるから一緒に住んでくれる?」
というか「ひどい・・・」とか言ってからの手のひら返し早すぎない!?
「だいたい会って3日と経ってない未婚の男女が一つ屋根の下に暮らすとか教会とか神様とか許さないだろ?『汝まずは交換日記より始めよ』とか聖書に書いてない?」
教会に世話になっているならふしだらな行為が容認されているとは思えない。
「そうよね、どうしても側にいたいのであればアルルがウチに住んでしばらく様子を見てもいいしね」
顎に手を当て少しいぶかしげにしていたミセリから思わぬ助け舟が入るとアルルが食いついた
「ほんと?うれしい!ありがとうミセリ!」
が
「ウソよ」
ミセリはばっさり切り捨てた。ニヤリと笑うその表情は何か確信を得たかのようだ。
「アルル、あなた誰でもいいからしばらく泊まれる所を探してるだけでしょ?」
アルルは飛び上がらんばかりにビクっとして動かなくなった。
え?そうなの?全部狂言?
「え?教会で服はもらえたみたいだし援助受けられたんじゃないのか?」
そのためにアルルはリナトの町に行ったはずだ。
「お金はもらえなかったの『教会の金は貧者のためのもの、勇者なら自分でなんとかしろ』って・・・もうここしか頼れるところないのだがらお”ね”がい”いぃぃ」
うわ。ガチ泣きだ。ガチ泣きで俺の足にすがってくる。やめろ鼻水まみれにするな。
無下に蹴り飛ばすわけにもいかず、振りほどこうにも両足が沼に埋まったかのようにビクともしないので諦めてなんとなく頭をなでてやるとアルルは鼻水を垂らしながら少し笑顔になる。村のやんちゃな子供のようだ。
しかしえらいスパルタな教会だな。服はせめてもの情けということか?
「バラシ、とりあえず泊めてあげなさいよ。普通の女の子ならちょっと心配だけど勇者でしょ?襲われてもあんたじゃ返り討ちだろうし大丈夫でしょ。
面倒なら明日にでも村長に相談するといいわ。客分で預かってくれるかもしれないし。」
「いやいや、いいわけないでしょ。年頃の男女だぞ?
そもそも俺が襲われる可能性は考慮されないのかな?」
「それもそうね、今日の夕食おごってくれたらウチで
こいつめ。最初から引き受けるつもりでメシ代だけ俺から巻き上げる狙いだったか。
「仕方がないそれで手を打とう。」
俺は両手を広げてやれやれと肩をすくめる。
「いいの・・・?」
「いいのいいの。バラシの所に泊めるわけにはいかないしね。その代わりきっちりギルドに貢献してもらうから。」
アルルがおずおずと尋ねるとミセリはきっぱり言い切った。
「うん!ありがとうミセリ!あとバラシもごはんありがとう!」
アルルが笑顔で手を差し伸べてきたので握手を交わす。
アルルの分の飯も出すと言った覚えはひとつもないが当然もらえると信じて疑わないのは計算なのか天然なのか。
すったもんだあったが話はついた。
ご希望通り飯にしよう。
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