ダストシュートに非常電源は引かれていないが、万が一の際に動かすためのマニュアルはある。消費電力の大きさから停電中の使用は禁止されているが、非常時であれば例外だ。

 バールでハッチを叩き割り、極太のケーブルを引き出す。ミランダの腕ほどもあるケーブルは、引き出すだけでも骨が折れる。

「こっちだ、ミランダ!」

 スカーレットがパネルを並び替え、電源ラインを確立した。重いケーブルを引き摺りながら歩き、コネクタを接続。コンソールが淡く光った。

「電源つきました!」

 虚空に現れたタッチパネルを操作し、ジャックがシステムを再起動する。殿しんがりを務めていたドロシーが小声で言った。

「まだバケモノは来てない。なんとか間に合ったみたい」

 ミランダは安堵の息を吐いた。ドロシーからの報告という一点だけが、どうにも気に食わなかったが。

「少し休みましょうか?」

 言いながら、ジャックはヘルメットを脱いで額の汗を拭った。ブリッジの扉を閉鎖したことで、気密は保たれている。このヘルメットは非常用の備品であるため、どうにも窮屈で機能も限定されているのだ。彼女を皮切りにしてヘルメットを脱いだ三人は、それぞれ顔を見合わせる。

 廊下の先に目をやり、ドロシーが言った。

「休みたいのは山々だけど……今は危ないんじゃない?」

 彼女の言葉は正しい。それが、どうにも気に食わない。

 この感情の正体が逆恨みであることは理解している。逆立ちしても彼女に敵わないから、無駄に高いプライドを慰めることができない。

 彼女がこちらに敵意を向けていないことも、理解している。それが……歯牙にもかけられていないようで、余計に悔しかった。

 彼女の言葉は正しいと思っていたが、しかしスカーレットはこう言った。

「いや、お前達はコントロールルームで休んでいてくれ」

「隊長はどうするんです?」

「俺はバケモノを引き付ける」

「そんな……! 危ないですよ! 私がやります!!」

 反発したドロシーの肩を叩き、スカーレットは諭すように言う。

「俺が一番アイツと戦い慣れてる。大丈夫だ。合図をしたら、プレスを動かして……ゴミを捨てろ。必ず上手く行く。安心しろ、俺はあいつを誘い込んだら安全なところに逃げる。策があるんだ」

 そこまで言われてしまえば、返す言葉もない。彼女の提言通り、三人はコントロールルームへ引っ込むことにした。

 もっとも、気が休まることなんてちっともなかったが。

 モニターから外の様子を見やる。スカーレットは落ち着いていた。コイルガンを脇に抱え、バケモノを待ち受けている。恐れ知らずなのだろうか? モニター越しでは、彼女の微細な仕草を窺い知ることができなかった。

 ゲイルはかなり時間を稼いでくれたらしい。バケモノが到達するまで、思ったよりも時間がかかった。


 このまま、その時が来なければいいのに。


 誰かが、そんな戯言を呟いた。

「こんな狭いところで一生待ってるだなんて、死んでもゴメンだね」

 ミランダが思わずそう漏らすと、ドロシーが眉をひそめる。

「じゃあ、隊長と代わって来たら。なんて……あの人は、そんなこと望まないだろうけど」

 言いながら、モニター越しにスカーレットを見やった。ミランダなんて眼中にないとでも言いたげだ。

 だから、言った。

「ずいぶん懐いてるよね」

「馬鹿にしないで」

「憧れの人とか、そういう?」

 嘲るように言ったミランダに、ドロシーは軽蔑の視線を向ける。

「あんたみたいな向上心のない人間にはわからないだろうけどね」

「んなっ……」

 一触即発。バチバチと火花を飛ばす二人の間に、ジャックが割って入った。

「お、落ち着いてくださいよ二人共! ここで喧嘩しないでください。それに――」

 言いながら、モニターに目をやる。

「静かにしましょう。始まったみたいです」



 物陰に隠れたスカーレットは、虚空に向けてコイルガンを連射していた。それがモニターに映らないに向けられたものなのか、それが効いているのかいないのか、それすらもわからない。無力な傍観者であるミランダは、固唾を呑んで見守ることしかできなかった。

 いや、これは……壁を撃っているのか?

 弾着の火花が壁に一筋の線を描く。それはまるで、ダストシュートの入り口になにかをいざなっているかのようだった。

 ――音で誘い込んでいるのか?

 サプレッサーを装備したコイルガンは、射撃音をほとんど漏らさない。だからあのように壁に向かって撃つことで、状況を作り出すことができるのだ。

 どうやらミランダの読みは当たりらしい。物陰からわずかに顔を出したスカーレットが、抱えていたヘルメットをダストシュートに投げ込む。

 別のカメラ映像に転がり込んだヘルメットが、音を立ててひしゃげる。バケモノが踏み潰したのだ。

 スカーレットがハンドサインを放った。

 今だ!

「行きますよ!」

 警告のブザー音に合わせ、スカーレットが離脱する。大口を開いたプレス機が、シャッターを下ろして獲物を腹の中に閉じ込めた。

 油圧駆動のプレス盤が、バケモノを追い詰めるようにゆっくりと下りていく。

 アレはカメラに映らない。プレス機内に響く轟音が激しい抵抗を想起させるが、しかしその程度の衝撃で動きを止めるようなヤワなものではなかった。ゆっくりと、しかし確実に、合金製の板が閉じ合わされていく。

 ミチミチと肉の潰れる音がする。ひしゃげたヘルメットが煎餅のように潰された。

 映像が、暗転する。

 気の抜けそうなアラートと共に、再びプレス板が動き出した。ゆっくりと開かれて、次のステップに進む。ゴミの掻き出しだ。圧縮された廃棄物は、衛星軌道を計算し、宇宙空間に投棄される。

 ハッチが開き、暗い宇宙が映り込んだ。大きな板がせり上がり、微細に圧縮されたゴミを宇宙に放り出す。――廃棄プロセスが、これで完了した。

 一同が安堵の息を吐く。ようやく脅威が去って、体の力が抜けた。へろへろとしゃがみ込み、お互い顔を見合わせて達成感を共有する。

 カメラに映ったスカーレットもまた、同様だった。コイルガンを取り落とし、深い深い息を吐く。ようやっと、この悪夢のような出来事から開放される。深い安心感に包まれて、誰もが喜びに浸っていた。













 ……何かがハッチを叩いた。

 合金に亀裂が走る。宇宙の驚異とこちら側とを断絶していたはずのハッチが、無残に砕け散った。

 モニターの向こうでスカーレットが叫ぶ。

「逃げろ!!」

 呼応するようにドロシーが叫んだ。事実を受け止められないほど、ミランダも愚かではなかった。

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