電源の一部に障害が発生しているらしい。止まったトラベレーターを走り抜け、一同はブリッジを目指す。

「どうしてブリッジなんですか!?」

 疑問を差し挟むジャックに振り向くこともせず、スカーレットは答える。

「あそこに行けば船内のカメラが確認できる。バケモノの動きが読めれば、なにか手が打てるかもしれない!」

 それにブリッジには気密機構があったはずだ。非常食もある。籠城するのにあれだけ適した環境もないだろう。艦橋だけに。上手くすれば、他に生き残った船員とも合流できるかもしれない。

 辿り着いた。ドロシーが取っ手に手をかける。しかし施錠されているらしい。強制開放には各セクションの隊長以上の権限が必要だ。

「任せろ!」

割って入ったスカーレットが張り手で開放ボタンを叩く。――静脈認証が終わるよりも早く、ブリッジのドアが音を立てて開いた。

 ブリッジに雪崩れ込んだ四人。ドロシーが立ち上がり、すぐにドアを施錠する。

 先客は初老の男だった。

「船長!?」

 彼はキングス・トランプの船長を務めるゲイル・ゲイツだ。ゲイルは赤く染まったあごひげをなぞると、四人を見て安堵の息を漏らす。

「そうか……私の他にも生き残りが……」

 今は感慨にふけっている場合ではない。軽く頷いてから、スカーレットがコンソールを叩いた。

「映像を! あのバケモノは今どこに!?」

 するとゲイルは肩を落とす。

「……駄目だ。あいつはカメラに映らない」

 四人は絶句した。ゲイルは嘘や冗談を用いるタイプの人間ではない。彼がそう言うのなら、それは真実以外にありえないのだ。

 しばし絶望に打ちひしがれた後に、ジャックが恐る恐る手を挙げる。

「死角に逃げているだけでは……ないということですね?」

「無論だ。……最初に奴が現れた、A8ブロックの映像を確認した」

 彼はそう言うと、前面モニターに惨劇を映し出す。

 賑わう談話室に、突然襲いかかった悲劇。人々がなにかに恐れ慄き、気づけばその姿を無残な肉片に変えていく。何が起こっているのかわからない。彼ら以外には、なにも映っていないからだ。

 騒乱で飛び散った皿の破片が男の頬を切る。タラリと血を流した男は、次の瞬間には物言わぬ肉片に成り果てていた。

 スカーレットが呟く。

「馬鹿な……なにも、映ってないなんて。俺は間違いなく見ていたんだ」

 その映像には彼女の姿もあった。壁に向かって拳銃を撃ち放ったかと思えば、舌打ちして転回する。あれは確か武器庫の方向だ。彼女が持っているコイルガンは、そこで手にしたものだろう。そして、それでもなおあのバケモノが闊歩しているということは、つまり――

「銃が効かなかった。爆弾もだ。ナイフを刺したデニスは死んだし、そのナイフもいつの間にか消えてた。それでカメラにも映らないだと? なら、どうすればいいんだ! 何をしたらあのバケモノを殺せるんだ!?」

 取り乱したスカーレット。抑えるように、ドロシーが背中を叩いて宥める。

「大丈夫。まだ手はある。きっと、なにか」

 癪だが、彼女の意見に異を唱えるつもりはなかった。

 そうだ。無敵の究極生命体なんて、存在するはずがない。人類が宇宙に進出してから、そのような存在は一つも確認されなかった。太陽系を離脱した当初こそ、まだ見ぬ外敵に人類全体が恐怖心を抱いていたものだが……今はむしろ同じ人間こそが一番恐ろしいぐらいだ。

 ……何か光明を見出したらしい。ゲイルが鋭い眼光を放つ。

「ナイフは効いたのか?」

「効いていたかはわからない……ですが、確かに刺さっていました」

 頷くスカーレット。ゲイルは考え込むように腕を組んだ。

「なんらかの障壁で飛び道具を無効化しているのかもしれない。しかし、直接的な打撃は防げない……あるいは、口径の問題かもしれない……」

 独りごちた彼が再び顔を上げる。

「ダストシュートだ。プレス機にかければ奴を抹殺できるかもしれない。あるいは、それが不可能でも、船外に排出してしまえば……」


 ――耳慣れない掘削音。


 まだその姿すら見ていないのに、それがあのバケモノの仕業であることがはっきりとわかった。

 金属のひしゃげる独特の高音が響く。同時に、船内にアラートが鳴り響いた。

『隔壁が損傷。ヘルメットを着用してください』

 モニターにブリッジの縮図が映る。船首にほど近い外壁が、何者かによって甚大な損傷を受けていた。ゲイルが叫ぶ。

「マズい! ヘルメットを着用しろ!」

 非常ボックスからヘルメットが射出された。それぞれが手に取り着用すると、ゲイルが先陣を切る。

「ここは危険だ! ダストシュートに向かうぞ!」

「了解!」

 続くスカーレット。ミランダ達三人も遅れて走り出す。背後で空気が抜ける音がした。抜かれたのだ。最後に扉をくぐり抜けたミランダは、無我夢中で閉鎖スイッチを叩いた。閉まる扉。しかし五人は走り続ける。

 ダストシュートは正反対だ。無機質な廊下をとにかく走り続ける。


 照明が落ちた。


 赤い光が周囲を照らす。非常電源灯だ。足を止めると、例の掘削音が背後で響く。足音に紛れていてわからなかったのだ。恐らく壁の中を進んでいて、電源を断ってしまったのだろう。

『メイン電源が切断されました。原因は調査中。船員各位は足元に気をつけて作業を続けてください』

 鳴り響くアラート。

「停電!? じゃあプレスも……!」

 ドロシーの言う通り、ダストシュートのプレス装置はメイン電源で動いている。消費電力が多いため、非常電源に自動で切り替わったりはしない。

 ゲイルが叫ぶ。

「お前たちは……行け!」

「船長!? しかし……!」

 スカーレットの肩を叩くと、ゲイルはおもむろに咳き込んだ。口の端から血を流し、絞り出すように言う。

「どのみち私は長くない……だから、ここで囮になる。その間に、バイパスを引け! 早くしろ!!」

「……了解、しました!」

 四人は走る。悲鳴は聞こえない。振り向こうとは思わなかった。ゲイルの稼いでくれた、貴重な時間だ。少しも無駄にしたくはなかった。

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