5 我が麗しき……

 私の家の、猫の額ほどの庭を通して、隣から楽しげな子供達の声が響いていた。


「そう言えば、今日はひな祭りだったか」


 外を覗きながら、私はつぶやいた。

 狭い庭では子供の背丈ほどの桜の木が、ひさひさと枝を伸ばしている。

 妻の桜だ。


「沢井……もう、駄目みたいだよ」


 クロの手当てをしてくれていた獣医の友人が、ため息をついた。

 

 見ると、毛布の上で、小さな黒犬の吐く息はもうか細くなっていた。

 二年前に姿を消した妻が拾い、可愛がっていた犬だ。


「キャウ、ウゥーー」


 クロは哀しげな声を上げ、そして静かに冷たくなっていった。


   *     *     *


 ーー妻の桜のそばに掘ってやった穴にクロを入れ、私は静かに土をかけた。


「奥さんはまだ、見つからないんだな」


 そばで見ていた友人がぽつりといった。

 私は答えず、静かに土をかけ続ける。


「そこに板でも立ててやるかい?」


 良くないことに触れたと思ったのだろうか、彼は話題を変えた。


「……いや、後でこの上に木を植えてやるから」


「へえ、そりゃ、いいな」


 彼は感心したように頷いた。

 そうだ、明日にでも手頃な桜の木を買ってこよう。もうすぐ訪れる春に、美しく爛漫と咲き乱れるように。


 私は傍の妻の桜を見つめ、去年の春の美しさを思い出していた。

 きっと今度の桜も、美しく花を広げることだろう。


 私は桜に向かって静かに微笑みかけた。

 昔と変わらぬ、愛を込めてーー。

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