4 棘(とげ)

「おまえ、その格好どうにかならなかったのかよ。何が嬉しくて学生服だよ。映画見に行くんだぜ。ばっかじゃないの」


 恭一は、いつもの冷たい目でそう言った。


 二千九百八十五。


「ご、ごめんよ。いつもこれで行ってるから……」


「しょうがねえなあ。あんまりくっついて歩くなよ」


 二千九百八十六。


「う、うん。ほんとにごめんよ」


 恭一は、どんどん先に歩いていった。

 遅れないようにしながら、僕はいつものように、心の中で恭一に呼びかける。


 恭一、もう少しで三千になるよ。君が僕の心に刺した、意地悪な棘の数だよ。

 僕はずっと前から君のことが好きなのに、君は意地悪だもの。

 僕と友達でいてくれるのも、みんなと一緒に僕をいじめるのが面白いからなんだ。


 ……だから僕はね、ずっと数えてきたんだよ。君が意地悪するたびに、心に刺さった棘の数を。

 僕は君が大好きだから、意地悪されても嬉しかったけれど、心の棘が増える分だけ、僕の中のもう一人の僕が大きくなっていくんだ。

 

 もう一人の僕も君を好きなのは変わらないけれど、君を憎むこともできるんだよ。心の棘が二千本になった時、もう一人の僕は君を殴れるくらい大きくなったんだ。心の棘が三千本を越えたら、ああ、そうなったら、きっと……。


 でも恭一、その時はきっと、素敵にやってあげるね。君が素敵なままでいってしまえるように……。


「おい、何やってんだよ! このグズ!」


「あ、ごめん」


 心に甘い痛みを抱きながら、僕は駆け出していった。


 ……にせんきゅうひゃくはちじゅうなな。

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