3 報い

 

「暑くなりそうですね……そう、ちょうどこんな日でしたよ。私がハルビンに戻ったのは……」


 窓の外一面に広がるすいか畑を見ながら、老人は話を続けた。

 彼の名は緒方健作、中国名は舒慶北、第二次大戦後に満州に残った日本人の母を持ちながら、その出生を隠して中国共産党の地方幹部となった経歴の持ち主だ。


 そして、半世紀前の満州における、モンゴル族の大虐殺事件に加担した人物でもある。

 彼自身は、事件直後に政治的紛争に敗れ、密かに日本に渡ってそのまま帰化し、今に至るのだが……。


 彼から直接話を聞くことができ、私は少なからず興奮していた。正に歴史の証人。これを逃せば、もう二度と機会はないだろう。


「あの時は本当に命からがらの逃避行でした。なんとかハルビンの飛行場から、ベトナムを経由して日本へ渡ることができそうだということで……真夜中に、車も失い、鞄ひとつで……そう、精も根も尽き果てて、地に倒れこんで初めて気づいたのですよ。そこが、すいか畑の真ん中だと」


 うん? すいか畑?


「ええ、そうです。それはちょうど私たちが、先程お話しした「処分」を……抵抗したモンゴル人への見せしめに、その目の前で家族達の首を……何十もの首を、切り落としていった場所だったのです。」


「その時は、ただの野原のようだったのですが、夏になり、血溜まりの中から芽を伸ばしたそれは、丸々とした実をつけていました。渇きを感じた私は、その一つをナイフの先で……」


 老人の声が震えた。


「ああ、その時です。闇の中に断末魔の叫びと、生臭い匂いが広がりました。すいかではなかったのです。首が、何十もの首が、私を見つめて、うめきながら、私を、私を……」


「緒方さん?」


 話の内容がおかしい。これでは……。


「いや、どうか最後まで聞いてください。信じて下さらなくともいい。けれど、嘘ではないのです。首たちは、私を許してはくれなかった。無我夢中で逃げ出した私を追うように、それから何度も現れました。日本に渡ってからも、私は許されず……そう、こんな場所でこうして全てをお話ししたのは、彼らに許しを請うためなのです。もう、私は……静かにゆきたいのです……」


 まるで常軌を逸した話だった。なんてことだ。私は狂人の話を聞いていたのか。


「ああ、駄目だーー」


 その時、老人が突然泣き声を上げた。

 老人の見つめる窓の外で、畑中のすいか達が、ざわりとこちらを振り向いた。

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