第十三話 探し人 シオン=ティタノエル

◇◇◇


 いつだって問題は向こうからやって来る。

 平穏な日常って奴はいつになったら俺から胃袋のストレスと面倒ごとから解放してくれるのだろうか。


 大きく息を付こうとしたの束の間、ためらいがちな声が床に倒れ伏した少女の口から漏れ出した。


「な、なぜお主がわらわの名を」

「いやだって。この手配書に――」

「ええこの際どうでもいい。そこのお主、見たところ実力者じゃな。たすけてくれ!! わるいやつらにおわれているのだ――ッ」


 珍しく狼狽えるエルマを押しのけ、遠慮なく見知らぬ男の身体に縋りついてくるあたり相当切羽詰まっているらしい。


 フードの下から現れたのが異国の御姫様ってのが気に喰わねぇが、面倒ごとが向こうからやって来る以上排除するしかない。


 まったく運命って奴をぶっ殺したくなったのは久しぶりだ。

 人目も憚らずにわかりやすく天を仰げば、俺は誰にも悟られないように小さな舌打ちを一つ打った。


「……確かにさっさと片づけたいとは言ったが、こうも簡単に見つかると本気であのクソ女神の介入を疑いたくなるタイミングだなオイ」

「女神? お主はいったい何を言っておる。そんなことよりうしろからあくにんがを――」

「独り言だクソッタレ」

「えっ――!?」

 

 向けられた殺意の匂いの身体が勝手に反応した。

 俺の身体が垂直に真下に落ちたかと思えば、抜き放たれた短い煌めきが頭上を通過する。

 ナイフ。もしくはそれに準ずる武器。

 避けられたことに対して背後から息を呑むような声が聞こえるがもはや手遅れだ。

 一瞬だけ身をひねり回避行動をとろうとした男の姿が見えたが関係ない。


 そのまま身体をひねり、拳を打ち出せばドンと重い音が二つ同時に重なる。


「――かぁッ!?」


 水月と顎にそれぞれ一撃ずつ放たれた衝撃が不審者の意識を完全に刈り取る。

 そのまま素早く身体を入れ替えれば、堰を切ったような息づかいの後に、革鎧装備の男が地面に倒れ伏した。


 この間僅か数秒。


 訓練を受けていない周囲の人間はもちろん。ポカンと目を丸くし救助を求めたクソガキも一瞬何が起こったのかも理解できず呆けているようだった。

 その小さな口から間抜けな声がポツリと漏れる。

 

「あ、れ?」


 いっそこのまま無関係を装ってそのまま立ち去りたいのだが、こちら『も』手を出した以上無関係を貫くのは無理そうだ。

 当然こんな真昼間から問題を起こせばそれは目立つこと間違いない。むしろ、悲鳴が上がらないだけ上等な方だ。


 しかし案の定、喧騒と歓声の声が交差していた午後のギルド通りは徐々に動揺と焦りに包まれていく。

 

 ある者は、警備員を呼ぶために走り出し。

 ある者は、視線を逸らし早足に去っていくものまでいる。


 皆口々に俺を悪人と決めかかるのは勝手だが、被害者なのはむしろ俺だ。

 あからさまに非難の視線が集中するなか。睨みつけるようにして周囲にガンを飛ばせば、関わりたくないとばかりに周囲の視線はまばらに散りだした。

 その証拠に、速足にばらけていく雑踏の中でぽっかりと空いた空間が虚しく人ごみの中に円を作り出した。


 すると円の中心にいるエルマの方から、まばらな賞賛の拍手が飛んできた


「おーおー、さすがは孤高の聖騎士が心酔するだけのことはあるねぇ。背後からの奇襲も容赦なしですか」

「わかっててただ静観してたやつに褒められてもうれしくねぇよ」

「にゃははーバレてました? まぁ一応、護衛対象だからね。非常時に備えて一人待機するのはとーぜんの原理です。さーて襲撃者のご尊顔はーっと、――ってあれ、この人もしかして」


 何かに気づいたのか、眉をひそめて地面に伸びている男に駆け寄れば、エルマは声を上げて自分の額を手で打ってみせた。


「あーやっちゃいましたねアラガミ君。これ王家直属に騎士団から派遣された護衛隊の一人ですよ」

「あん? なんでそんなことがわかる。もしかしてお前の同僚か」

「いや管轄は違うけど似たようなもんかな。ほらこの徽章、ロウェナ卿の騎士団のものだし。多分この人が姫様の護衛の人だったんじゃないでしょうか」

「護衛の人間だと?」


 革鎧に刻まれた鹿に黄色の紋章。

 確かに見覚えのある忌々しい印だ。

 動物のモチーフが違うだけでこれはあの堅物メガネやお人よしせい騎士様と同じ種類のデザインだ。

 所属が違うだけで≪至宝の剣≫が団長を務める騎士団の一人なのだろう。


 という事は――

 

「……つまりあれか俺は同じ依頼を受けた同僚を打ち倒したってのか」

「にゃあーこれはあれだね。いかにもな人相の悪いアラガミ君を不埒者と認識した彼が、護衛対象とボクを含めたか弱い乙女二人を守ろうとして駆け出し、そして返り討ちにあっちゃったパターン。……つまり両者とも勘違い乙!! といったところかな?」


 そうして同時に問題の人物を見れば、訳が分からずキョトンと首をかしげる金髪のの少女。


「あー要するにこのクソガキは追っていた相手が護衛対象だとわかっていて俺達に助けを求めたって訳か? 黙っていれば解決した問題をさらにややこしくしてくれたって認識でいいんだよな?」

「まぁ情報を整理してみればそうなるかと」

「な、なんじゃ。お主らそろってわらわを見て!! わ、わらわ悪くないもん。こいつらが勝手にわらわを追い回しただけじゃもん」

「――と申しておりますがいかがなさいます」

「死刑」

「ひょえっ!?」


 慌てて逃げ出そうとするクソガキをガッチリと固定してこれ以上ちょこまかされないように確保する。

 あわわわーっと目まぐるしく変わる姿は年相応のガキそのものだが、その高飛車な口調と古びた言い回しが妙に板についているから不思議でならない。


 ガキが大人の背伸びをすれば慣れない言葉遣いに違和感を覚えるはずなのだが、このガキからはまるで長年生きてきた年月を思わせるような自然さが伝わってくる。


 貴族の女ってのはこんな妙ちくりんな口調で話すもんなのか。


 そんな悠長なことを考えながら、焦るような物言いで必死に背後を指さす少女を無視しすれば、俺とエルマは例の人相書きに視線を落とした。


「んで、やっぱりコイツは例の探し人であってんのか」

「えーとちょっとまってねー。人相書きはえーとここだ。どれどれーっと」


 改めて目の前の少女と見比べ一つ一つ確認していく。


 確認ってのは大事だ。

 標的の死亡を確認せずに放置したら、後日報復のお知らせが届いたなんて話はざらに聞く。


 仕事をこなすなら最後までが信条の俺にそんな凡ミスを犯す隙などない微塵もない。

 広げられた手配書に目を通すエルマが一つ一つ端に書かれた箇条書きを読み上げて目の前の少女と見比べていけば、ピクピクと主張の激しい耳が動き出した。


「えーとまず常人より耳が長く、瞳は青い宝石のように美しい碧眼で百人が百人振り返るような絶世の美女」

「ほうほうそれでそれで」

「髪も金糸のように美しく。たおやかなその無垢な白肌は傷一つなくその姿はまるで妖精の如く出で立ち」

「そ、そこまでいうかのぅ、いやー照れてしまう」


 身体をくねらせ感情を表現する少女。

 


「そ、それで続きは。つづきは何と書かれておるのじゃ」

「続きはですねぇ、――それでもって癇癪の激しい生意気な見た目の亜人のちびと書かれています」

「チビとはなんじゃチビとはッ!?」

 

 後半はもはや脱走の腹いせに上層部が書き足した恨み言だろう。

 ひったくるようにしてエルマの手から手配書を取り上げれば、そこに書かれた数々の恨み言に顔を真っ赤にさせ粉々に引きちぎってみせた。


「書いたものはなかなか見る目があるとおもったらなんと不遜な人間じゃ。似顔絵だってこれまた似ても似つかぬし、及第点もやれんわ」

「いやーどうでしょう。けっこうそっくりでしたけど」

「まったくもって、に、て、お、ら、ぬ!!」

「よし、なら別人だな。エルマさっさと手配書のクソガキを探しに行くぞ。こんな茶番に付き合ってられねぇ」

「えっ、――ああ、そうですね。ごめんなさい人違いでした。それでは失礼します」

「うむわかればよい。ではさらば――じゃないわぁあああああッッ!! もっとこうリアクションはないのかリアクションはッ!! わらわは国の姫ぞ。もっとこう色々うやまうとか、――ってだから吊るすでないこの痴れ者が!?」


 プランプランと両足を宙に浮かせて、街灯のフードを握りしめるクソガキ。


「んでどっちなんだよクソガキ。こっちもこっちで忙しいんだ。構って欲しいなら他当たれ。それともなにか? このまま保育園にでも預けてやろうか」

「ぬぐぐぐぐっ、こ、こんなくつじょくはじめてじゃ」


 歯を擦り合わせて恨みがましい目で睨みつけてくるが例えガキであっても容赦はしねぇ。

 すると小さく身体を震わせる自称人違いさんが、一度明後日の方向に視線をやってわかりやすく思いとどまるのが見て取れた。

 歯の隙間から僅かに呻き声を上がり、身体の震えはより一層大きなものになる。

 そしてそのまま宙にガキを吊るすこと数秒――


「わらわはザトラス連邦が代表クローディア=ティタノエルが妹。シオン=ティタノエルがこんな雑なあつかいを受けて赦されると思っておるのかああああああッ!!」


 澄み切った大海の瞳が大きく揺れ、怒りに震えた魂の叫びがギルド街に響き渡った。

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