第十二話 不憫な神の巡りあわせに

◇◇◇


 適当な店で昼食を済ませ、雑踏ひしめくギルド街を散策する晴天の午後。

 上機嫌な声が行き交う聖王都の住民は皆平和そのものと言った表情で、異国の商品を物珍しく品定めしているなか、俺とエルマは全く違うものを探していた。


「ったくこの人ごみでからたった一人のガキを探せって無茶があんだろうがクソが」

「ですねー。ボクもこれはさすがに業務外というか。ちょっと会いたくないというか―やる気でませんねぇー」

「そもそもお前が余計な詮索しなければ回避できた案件なんだがな」

「そう睨まないでくださいよー。ボクだってまさか上から押し付けられた緊急任務が、同盟国の代表のお嬢様を探せとは完全に予想外じゃないですかー」


 反省しているのかしていないのか。気だるげな言葉が声が横から跳んだかと思えば、露店で購入したゲイザー焼きを豪快に頬張るエルマ。

 両手に串焼きを握りしめてあざとく口元にタレをつけるところなど、まさしく男を釣るための裏の顔に違いない。

 現にこのあざとさにやられた店の店主は次々にこの猫耳女に貢ぐ始末だ。

 結果、安価の値段で大量の買い食いを果たしたわけだが、


「買いすぎじゃねぇか? なに浮かれてんだよ」

「だってこんなまともに採点を愉しめるのは久しぶりなんだもん」

「目的忘れてんじゃねぇよなオイ」

「わかってますって。優秀なエルマちゃんは任された仕事はちゃ-んとやり遂げる主義なんでね」


 そう言って保護欲をそそる仕草をして見せるあたり、俺をからかって楽しんでいるのだろうが、あの馬鹿が見たらそれこそ戦争案件なのは間違いない。


 身がまるまる一本消えた串を振りつつ、にゃししーっと歯を見せて笑うエルマ。

 だがそれに伴う周りの被害もきちんと考慮に入れてもらいたいものだ。


「(まぁ、心配するだけ無駄だろうがな)」


 何せ相手は神出鬼没の変態だ。

 どこで突然現れるかなどわかったもんじゃない。


 そんな俺の気も知らず、もちゃもちゃと弾力の良い歯ごたえに集中するエルマは両手に持っていた串焼きを喰いつくすと、さらに流れるように移り変わる露店に視線を移し、鼻をひくつかせ始めた。


「まだ食うのかよ」

「せっかくの祭りなんだから今日くらいはリミッターを外しても問題ないでしょう」


 あの変態やこいつを見て思ったがどうにも俺の周りには大喰らいが多いらしい。

 明らかに一人分を越えた量を喰っておいて、まだ足りないと抜かすあたりこいつもコイツで胃に化物を飼っているらしい。

 それでも喰いすぎ感は否めない。

 明らかな善意で忠告してやれば、


「……おい。いい加減やめねぇと確実に太んぞ、お前」

「アラガミ君? 次それいったら恩人であろうとぶっ殺す。絶対にだ」


 と何とも刺激的な口説き文句を頂戴した。

 さすがは獣人。

 獣じみた鋭い殺気がわかりやすい形で腰あたりに集中し始める。


 こういう時の女には逆らわない方がいいと学習済みだ。

 そのまま肩をすくめるような仕草で息をつけば、気を取り直したエルマが新たな怪鳥の串焼きに目をつけ、お得意のあざとさで店主の魂を陥落させる光景などもはや予定調和だ。

 そうして勇み足で戻ってくるなり、焼きたての串焼きを一本を俺に押し付けてきた。


「……んだこれは」

「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。今回はまぁ、ボクのせいで余計な仕事を増やした感もあるんで、ここはひとつ今日の迷惑料という事で穏便に。ね?」

「別に今更だ。気にしちゃいねぇよ」

「それでも年上のボクの気が済まないんですー。さぁあったかいうちに召し上がれーッと。はいあーん」


 グイグイと半ば無理やり口元に押し付けてくるので、早々に諦めて口を開けば口の中に甘い肉汁が一瞬で広がっていった


「にゃははー!! そうそう素直が一番。それにこんなかわいいエルマちゃんとデートできる機会なんてそうそうないんですから楽しんで楽しんで」

「自分で言うかそれ」


 強引に串を奪い取りそのまま怪鳥の串焼きに没頭すれば、満足そうに息をつくエルマが音の調子が外れた鼻歌を歌い始めた。


 まぁ確かにコイツの容姿がそこそこ整っているというのはいまさら言うまでもないことだろう。

 実際、すれ違いざまに羨ましげに俺を見つめる男の視線は、明らかに私怨の炎が燻ぶりが醜く俺の全身を一瞥していくのだ。

 あまりの鬱陶しさに一度暴れてぶん殴ってやろうかとも考えたが、男どもが嫉妬の炎に身を焦がす度に隣の女にボコられる姿はあまりにも哀れで救いようがない。


 結果、苛立ちも鎮火し、冷静に探し人を観察できるのだが、


「買い物ついでに一応店主の皆さんに聞き込みとかはしてみましたけど、てんで手掛かりゼロですね。例の国の住人ならすぐに見つかってもおかしくないんですけど……」

「クソじじいの話が真実なら、聖王都の護衛の馬鹿どもは皆いいように翻弄されたって話だからな。そう簡単に見つけられるとは思っちゃいねぇが、あのクソじじいなんつー条件出しやがる」

「いやーまぁあれ半分脅しだよねぇ。ギルド長命令で半日で見つけて来いとか、ボク等が逆らえるわけないっての。……まぁ、ボク達の事情を組んで結構有益な情報をもらえたからイーブンってとこかな」

「俺としてはさっさとこんな面倒ごとを終わらせて帰って寝てぇんだがな」

「ねね、それでなに貰ったの?」


 あまりにも興味津々で突っかかってくるので、大きく息をつき懐に手を入れてやれば、俺は二枚の紙切れを取り出しエルマに広げてみせた。


 一つはエルマが同じように持っている、ザトラス連邦代表役の妹、シオン=ティタノエルの精巧な似顔絵。


 そしてもう片方は、


「ああ、なるほど。指定禁区域、第一図書館の入室、閲覧許可証か。確かにこれは有意義な報酬だねぇ」


 前者は問題の迷子の情報が事細かに書いてある貴重な情報源。

 後者はセルバスが景気良く俺に与えた前払いだ。


 確かに俺の持つ≪タグ≫の権限でも覗ける資料には限度がある。

 つい二週間前、タグの機能確認もかねて試しに、レイブンと確執があるであろうファンウェイ=ウェイダッターの個人情報を集めようとしたところ閲覧制限が掛かり弾かれてしまった。


 今回は個人で動いている以上、誰かの推薦状がなければ個人情報を気軽に覗くことなどできないと思っていたところだ。。

 この書状は、いわばそのための許可証と言ってもいい。


 確かに俺の前にぶら下げる餌としてはこれ以上のものはないだろう。


「まーた誰かに踊らされている気がする。こっちはすでにでけぇ獲物で手いっぱいだってのによ」

「んー、なんだかんだ面倒見がいいの見抜かれてるんじゃないですかね。あれでも何千という冒険者を世に送り出してきた猛者ですし、何よりいまのところ君の周りにいる人たちって全員訳アリが多いし」

「だからって俺は迷子を捜す保育士になった覚えはねぇんだがな」


 なにが、『こちらも信用に足りる人間を雇いたいというのが本音』だ

 何を根拠にお前らのお眼鏡に買なったのか知らねぇが、本来なら俺は人助けとは対極にいる人間だ。そんなクズに何を期待してんだか全くわかりゃしねぇ。


「この国にいくつギルド支部があんのか知らねぇが、俺の特性を見抜けねぇようじゃあ、あの耄碌じじいもそろそろ終いだな」

「ツンデレ乙、ですねぇ」

「なにニヤニヤついてんだ。さっさと迷子のクソガキを探すぞ。……チッ、なんでこう俺はこんなめんどうな貧乏くじを引かされる羽目になんだよクソッタレ」

「あれじゃないかな? そういう星のもとに生まれてきたとかそういうの」

「んわけねぇ――」


 だろう、と言い切りたかったが神はそれを許さなかった。


 曲がり角を曲がろうとした瞬間。勢いよく突撃してきた謎の襤褸フードが俺の腹部に突き刺さる。

 反射的に抱えるようにその小さな体を支えれば、荒い息づかいの後に不安げな声色が聞こえてくる。

 俺の腹部に顔をうずめる確かな感触は確かに人のものだ。


 慌てたように身体を強引に突き放すフードの下から「どいて」と少女の声が飛んでくる。

 おそらくよっぽどの非常時なのだろう。

 そのまま駆けだそうとして足をもつれさせる『少女』。

 慌てて駆け寄るフードの下が露わになった少女を介抱するエルマの動きが不自然に止まり、そして――

 

「……あれこの子どこかで見覚えが」


 大きく瞳を見開けば、俺の心を代弁するかのようにエルマの声が鼓膜を震わせた。


「シオン=ティタノエル、さま?」




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