第十四話 『史上最悪』の事態

◇◇◇


「……あのーダイジョブですかアラガミ君、けっこー顔色悪いですけど」

「ああ、ちょっと待て頼むから情報を整理させろ。くだらなすぎて頭いて」

「まぁ脱走理由が用意された部屋と護衛が気に入らなかったからじゃそうなりますよねー」


 暢気に小首をかしげ問いかけてくるエルマに、重い息を吐き出しながら天を仰ぐ午後のベンチ。

 斜光が木の葉を揺らし、影が様々なまだら模様を描き出す自然公園にはいつも以上の人だかりがたむろしていた。


 聖王都、第四区自然公園。

 元々は何かの遺跡の跡地が放置され、保存されているため聖王都が住民の憩いの場として開放している訳だが、今日の子供の集まりようは異常の一言だった。


 子供たちの甲高い声に合わせて大小さまざまな刃物を扱う道化たち。

 それはまさしく南方の曲芸と銘打つだけあってこの地方では珍しい代物なのだが、そんな遊戯を見ていられるほど俺の心は穏やかではなかった。


 まさかギルドを出て一時間も経っていないこの状況で元凶が向こうからやって来るとは思いもしなかった。


 ザトラス連邦が代表クローディア=ティタノエルの妹、シオン=ティタノエル嬢の身柄の確保。

 これがあのクソじじいに命じられた任務の全容だ。


 シオンの話を聞く限り事の発端は、護衛の目を盗み高さ窓からアグレッシブルに脱走を図ったことから始まったらしい。

 長旅で疲れたと文句を言うシオンに、


 その後数時間に及ぶ捜索の末、結局クソガキの足どりはつかめずギルドの信頼できる面々に捜索の依頼を出したわけだ。


 脱走犯シオンの言い訳いわく、


『あ奴ら、わらわをいやらしい眼で見おってふかい極まるからこまらせてやった。悔いはない』


 だそうだ。

 こりゃ上層部の人間も苛立つわけだ。

 このクソガキは自分のしでかしたことの意味を全く理解していないらしい。


「まさかこんな下らねぇ茶番につき合わされてたとは思わなかったな」


「むぐむぐぷっは――、こらーっそこの男くだらないとはなんじゃくだらないとは!! わらわにこんなことして赦されると思っとるのかーっ!! おとなしく拘束をとけ!! さすれば今までのことをすべて不問にしてやってもよいぞ」


「縛られても偉そうなのなお前。なんならこのまま植えてやってもいいんだぞ」


「はっはっは、やれるもんならやってみろと言いたいのじゃがなんでそんなマジな眼でわらわを見るのだ? それではマジっぽいであろう。なぁ? 冗談であろう? なぁ何か言ってくれ!? お、おいそこの女!! この男めちゃくちゃ怖いんじゃが!!!?」


「あーご愁傷様ですシオン様。来世でまた会いましょう」


「笑顔で送り出すでない。もうちょっと粘れこの猫娘があああああ!!」


 ビッタンビッタンと陸に上がった魚のように身をくねらせる御令嬢。

 見てくれはぼろいローブを取ればその下は確かに清楚で捉えどころのない美しい衣装が隠されていた。

 しかしせっかくの衣装も、エルマの持参していた頑丈なロープによって簀巻きと化せば憐れでならない。

 取り押さえる際にあまりにもギャーギャー暴れて鬱陶しかったので、無理やり押さえつけて拘束する形となったが周囲の印象は良くも悪くもおおらかだった。


 その大半が「遊んでもらっているの? よかったねお嬢ちゃん」だったのでその後の結末は捺してしかるべきである。

 だがああも堂々と宣言されてはもはや疑う余地なしだ。手配書の似顔絵の件もあるが、そっくりさんだと仮定しても同盟国の代表の妹を好んで騙ろうなどという度胸のある者はこの国にはいないだろう。


「こんな品性の掛けれらもねぇクソガキが国の重鎮とは世も末だな。お前以外の亜人はここ最近何人か見たがエルフって種族はみんなこうなのか?」


「いやーボクに言われても困りますねー。ザトラス連邦の森の賢人たちは極力人間とのかかわりを避けて生きてるから噂が巡りに廻って、その美貌と長寿のせいで人前のでるのを嫌うって話はよく耳にしますけど、ここまで間抜けなのはちょっと――。あ、今の発言はナシの方向でよろしく」


「馬鹿にしおって、馬鹿にしおってからにぃぃぃいい!! これでもわらわは魔術のスペシャリストなのだぞ!! 可哀そうなあつかいするでないわ!!」


「寝言は寝てからいえお子様」


「はっ、バカめ!! お主より年上じゃわこんちくしょうめ!!」


 ならなおさら容赦する必要はねぇな。


 わかっていたことだが亜人はっての総じて人間とは違う時の中で生きているらしい。

 人間でいう一年が奴らにとっては約三か月の時間だという噂話はよく耳にする。


 見てくれに騙されてはいけないとはよく言ったものだ。

 知性を持たない亜人のほとんどは短命だと聞いているが、なかにはエルフや鬼人と言った長寿の種族も存在するとルーナから聞いたことがある。


 目の前のクソガキもそれ相応の年月を生きているからこそこの古びた口調なのだろう。だが――、


「(それにしちゃ人格がガキすぎねぇか? 聞いた話によるとエルフっつったらもっと知的な印象があったんだがな。つーかこれはあれか。まじでエルマが言ったように一生不運な面倒ごとに巻き込まれ続けるのか。コイツはマジで本格的にあのクソ女神を殺す算段をつけなきゃなんねぇのか?)」

 

 思考に没頭すれば最悪な雑音が混ざり、慌てて頭を振るい思考を正す。

 そんなことは絶対にあってはいけない。

 いけないはずなのだが、そうなるとまたあの面倒なクソ女神の精神的に疲れる知りたくもねぇマシンガントークにつき合わされるわけで――


「ダメだな。それだけは絶対阻止だクソッタレ」


 今後この状況に流されてはいけないと、俺のわずかに残った理性が警告を告げている。

  

「考え中の所失礼しますが、それでどうします? 国家代表の妹君を攫ってしまったわけだけどあの路地裏に捨てた護衛の人があらぬ報告をしたら、それこそ僕ら誘拐犯なわけだけど」


「……とりあえずこれ以上人目につくかなきゃ問題ねぇだろ。事情が分かるまではここに待機だ」


「ういーっす。まぁとりあえずここにいれば安全でしょう。なんならパレード盛りだくさんの子供と戯れてもいいカモフラになるかもですね」


「ちょ、ちょっとまてお主ら。なんか誘拐の方向で話が決まっておるのだ。わらわを保護しに来たのではないのか。何しれっと誘拐のさんだんを立てておるのだ!?」


「うるせぇ。お前のせいで元々立てていた予定が狂いっぱなしなんだよ。丁度いいから埋め合わせに付き合え。でなけりゃ割に合わねぇ」


「だったらもうちょっとあるじゃろう!? こう敬うとか、ていちょうに扱うとか。わらわは国の代表の妹ぞ!! はーなーせーひーきーずーるーな」


 どうにかして黙らせたいが、一応五体満足で確保しろとのご命令だ。

 ここで下手にこのガキに怪我でもさせたらあのクソじじいに余計な貸しを作ることになる。

 これ以上面倒ごとに関わりたくない以上それだけはごめんだ。


 だからこそこれ以上もないくらい丁重に運んでやっているというのにこのクソガキは――、


「なにしてる人間ども!! このような場所でか弱いおなごがおそわれかけているのだぞ。はやくわらわを助けぬかこらー!!」


 クスクスと混乱から一転して笑い声が飛び交う始末。

 背後で蠢く馬鹿を背負いこんでいる以上このバカの口を塞ぐ手立ては俺にはない。

 未だギャーギャー喧しいクソ姫君様の命綱を片手で抱え、横にいるエルマに問いかければ適当な返事が返ってきた。


「……なぁ面倒だからここに埋めちまっていいか」

「なぬッ!?」

「あー、お任せします☆」

「なんとぉ!!!?」


 背後でわめきたてるシオンの抗議を無視し意見を一致させたところで、背後のクソガキからいぶかしげな声が上がった。


「おぬしら、わらわをさがすのに人をよんだか?」

「あん? そりゃどういう意味だ」

「はやくこたえよ!! わらわを探すのにどのくらいの人員をギルドに投入したのだ!!」

「……知らねぇよ、ただあのじじいの口ぶりだと依頼は俺とエルマだけのはずだが。……なんで突然そんなことを聞いて来る」

「またあくにんどもが来おったぞ」


 一瞬だけ作業をやめ、周囲に視線を走らせるが特に異常は見られない。

 普通に子供たちとその親が道化たちの曲芸を愉しんでいるだけだ。

 それでも背後から刺す言葉は真剣そのものだ。


「あれぜったいにわらわを狙ってる刺客じゃな。人間めまたわらわを狙っているのじゃな。おい、こんなっところでボケッとしていたら殺されるぞ。はやく逃げよ!!」


「――と申しておりますが」

「どうせ逃げ出すための『釣り』だろ。放っておいてさっさと作業を続けろ」

「なにを、わらわはほんとうに――」

「あー、もう少し深めに掘れねぇか? コイツの首が完全に埋まるくらいまで」

「オーキードーキー☆」

「なんかマジでわらわを埋める準備が整ってるんじゃけど。というかお主らあのまがまがしい魔素が見えぬのか!? あれはどう見てもあくとうじゃろうが!! ぜったいわらわをねらっておるって」

「にゃはー、妄想豊かで結構ですねー、あっ、ちなみにアラガミ君の纏う魔素ってどんな感じなんです?」

「うん? けっこう濁ってて汚い――って言っとる場合かああああ来たぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!?」


 途端、群衆から溶け込むように襲ってきた二人の殺気に反応し、エルマがすかさず腰に構えた二振りの短剣に手を伸ばした。

 一瞬の目配せの後、よく俺の意図を察したものだ。

 さすが腐っても副団長といったところか。

 肉食動物並みの俊敏さで迎撃準備に入る。だが――、


「――ッ、ダメだ。回避だ!!」


「「……ふへ?」」


 予想外の言葉に間抜けな声が二つ落ちる。

 四の五の言わせずエルマと簀巻きのクソガキを強引に引き寄せ、後ろに飛び去れば奇声とともに爆発があった。

 ドンッッッ、と鼓膜をつんざく爆発音は鼓膜を震わし、土ぼこりがと宙に舞う。

 地面を揺らす激しい衝撃だ。道化の曲芸に目を奪われていた観客もさすがに驚いたのか。着弾と同時に揺れる地面は周囲の観客の視線を集め、不穏な空気にざわつき始めた。

 するとたち込める煙の奥から一人の人影がのっそりと起き上がった。

 シルエットは腰つきからして女性のものだろう。短く切りそろえられた神とその立ち姿には見覚えがある。というかありすぎる。

 ゆらゆらと揺れる影狼の奥からこの世で最も聞きたくない声が飛んできた。


「つ、い、に、見つけたああああああああああああああああああ!!」


 天に轟く悪魔の声。

 これほどはた迷惑な天災も珍しい。


 僅かに肩を落としかけたところで非難の視線が横から飛んできた。

 

「「……最悪の馬鹿が現れやがった」

「えっ、あれおぬしの知り合いなのか?」

「あーむしろ知り合い以上の関係だからなおたちが悪いというかなんというか。少し長いしすぎましたかね?」

「いやあの馬鹿の勘が異常に鋭いだけだろうな。こんな広場じゃ見つからねぇと思ったんだがな」

「ふっふっふーわたしの荒神愛を舐めてもらっては困ります。荒神さんがいる所ならたとえ火の中水の中。探しに探しましたよ荒神さん。いったいどうやってわたしの天恵から逃れたのかは知りませんが関係ありません!! さぁ年貢の納め時です。泥棒猫なんて放っておいて大人しくわたしといっしょに楽しいデートを――」


 と言いかけた途端、その表情が凍り付いた。


「なん、だと――ッッ!?」


 戦慄く唇が激しく絶望を主張し、絞り出す声が空気を震わせる。

 緊張感が伝播する自然公園で出すような殺気じゃねぇが、この世の絶望を垣間見たような表情はあまりにも滑稽で憐れでならない。

 これがギャグでなくガチの表情なのだからなおさら手に負えない。


 フラフラと頼りのない足取りでふらつくなり両手をきつく握り締めるヤエ。

 その両拳を地面に打ち付けるなり、咽び泣くような慟哭がだだっ広い自然公園に響き渡った。


「また、またですか!!!? なんで幼女ばっかり優しくされるんですかこんちくしょおおおおおおお。わたしだってちやほらされたいのにうらやましいいいいいいいい!!」

「ふ、ふぇ? あれはわらわのことをいっておるのか。というかどうしたあの娘は、何を突然泣き崩れておる!? なにがあった!?」

「あーシオン様は関わらない方が身のためかと」

「ああ、ありゃまさしく人類の汚点だ」


 ちなみに変態ストーカーの足元で伸びているらしい襲撃者はどこぞのバカの派手な登場の余波にダウンしているらしい。

 あの変態の目には憐れな襲撃者は映っていないようだが、足元に刃物が転がっていることからしても悪意ある人間とみていいだろう。


 しかし当のヤエの意識は全て俺にすり寄る二人の女に向けられていた。


 マリナでもあそこまで醜く喚き散らしたりはしないだろう。

 その肉体の強さゆえか拳を地面に打ち付けるたびに土が陥没していくのだから笑い話にもなりゃしねぇ。


「死ぬ!! じんでやる!! ぢぐじょおぉおおじんでやるぞおおおお!! そして生まれ変わって子供好きの荒神さんにちやほやされるんだい!!」

「だ、だれが幼女か!! わらわはこう見えても三百はこえとるのだぞ。うやまえこの小娘が!!」

「ああん!? 合法ロリババアだぁ!! ならなおさら許せんわこんちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」


 これで街中で幼女に嫉妬する変態女というトロフィーを獲得したことは想像に難くない。

 あらかじめ立案していた隠密作戦もクソ変態野郎のせいでご破算となった。


 精神年齢の幼いガキどもの言い合いを前に、どこか遠い眼で惨状を見つめていると隣に立つエルマから同情めいた温かい手のひらが肩に置かれる。

 

 そしてその同情に満ちた視線に堪らず額を抑えると、俺は目の前に広がる惨状を前に今度こそクソッタレと一言大きく悪態をつくのであった。





 

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