第十一話 一難去ってまた一難
◇◇◇
棍棒が大降りに空を切り、装飾過多なレイピアが粗雑な軌跡を描く。
さすがは冒険者といったところか。
ステータスの『更新』によって強化された肉体は、例え相手が雑魚であっても常人では考えられないほど速度と膂力を発揮するらしい。
だがそれでも黒曜を出すまでもないレベルの相手だ。
片方は実力はあるが頭が足りず、もう片方は肩書以下の落第レベルだ。
おそらく『天恵』すら持っていないかもしれない。
「――いや、俺の周りに天恵持ちが多すぎるだけか」
それでも威勢のいい言葉が飛んでくるあたり奴らがどれだけ好調な冒険者人生を送ってきたのかがわかる。
流し目でエルマを見れば野次馬に紛れて「おーとーせーおーと-せー」と魂の大合唱を繰り広げているところだった。
「もはや立派な見世物かよ。お気楽でいいなここの連中は」
「ちょこまかと動くんじゃねぇ!! 少しばっかり爺のお気に入りだからって生意気なんだよオメェ!!」
「ははっ☆ そこに関してはクリーグ君と同意だね。優秀な英雄は一人でいい。痛い目を見る前に大人しくぼくの美しき剣捌きに倒れたまえアラガミ君。君はぼくとの実力の差を思い知って初めてぼくに頭を垂れる運命なんだからね」
「そういうのはまともに一撃を入れてから言ってみやがれ」
加速する打撃と剣戟のそよ風。
周囲の魔素が僅かな揺らぎを見せるなか、成金と筋肉ダルマの武器に怪しい色が灯り始める。
魔術。
魔素の高まりを感知し、そのまま迎えようとテーブルを蹴った瞬間――、
「ギルド内でこんの馬鹿もんどもが!!」
頭上高くから落ちる鈍色の一撃が、ほぼ同時に三発の拳骨となって俺を含めた三人の頭上に落ちた。
鈍い鈍器の音が脳髄を揺らし、内二人の間抜けは衝撃に耐えきれず無様に床にめり込む音が響いた。
宙を踊る二振りの武器が床に投げ出されれば、重苦しいため息が一つ落ちる。
「儂もいい加減歳なんだから毎度毎度、しょうもねぇ喧嘩で世話焼かすなといっとるじゃろうがまったく」
それが、たったいま二階から単身で飛び降りた一人の老人台詞か。
頭蓋を勝ち割るような一撃を放っておいてよく言うぜ。
腰に手を当てため息をつく姿はまさしく枯れた老人そのものだが、服の下には絞り込まれた肉体は隠しようもない闘気をほとばしらせている。
セルバス=エドガー。
ギルドの長にして、俺が認める数少ない実力者の一人だ。
まるまるすると
「で、今回は誰が原因だ」
すると今まで観衆に回っていた冒険者たちの視線が一斉に床にめり込んでいる間抜け二人に向けられる。
「なぁるほど。またお前さんら二人か」
「ちょ、ちょっと待ってくださいセルバスギルド長!! ぼくは問題など何も。ぼくはただ彼に冒険者としての心構えを教えようとしただけでして――」
「金持ちのボンボンがなーに一丁前に先輩風吹かせてとるだバカタレ。そういうのは一人前の冒険者になってからに城といつも言っとるだろうが。銀タグに選ばれたって自慢してぇんなら少しは取り巻きにお膳立てさせるだけじゃなくちったぁまともに身体張ってみせろ」
「うっ――!?」
「クリーグ。お前もお前だ。新人いびりに精を出してる暇がありゃ一つくらいまともに任務で成果を挙げてみせろ。その腕っぷしはくだらねぇ喧嘩の道具か? 嫉妬で周りの足を引っ張る暇があったら腕を磨け。実力があったって頭が足りなきゃ銀には上がれねぇんだからのう」
「――チッ、んなもんわーってるっつうの」
大の大人が老人に説教を受ける光景はいつ見ても滑稽だ。
二人とも顔を背けて胡坐を搔いては、口煩く繰り出されるお小言をしかめっ面で聞き流している。
それでもこの二人が大人しくセルバスの言うことを聞いているところを見ると、さすがはギルド長といったところか。
僅かに感心しているのも束の間。
その刺すような鋭い矛先はあっという間に俺を捉え、
「はぁ、それでもってアラガミの坊主。お前さんも同罪だこのバカタレ」
「――ッ!!!?」
避ける間もなく頭部に拳を落とされた。
「喧嘩両成敗がうちのギルドの決まりじゃ。甘んじて受け入れな」
満足そうに息をつくクソじじい。
すると今まで説教を受けていた間抜け二人も若干厭味ったらしい笑みを浮かべて、俺を見てゆっくりと立ち上がり始めた。
「この借りはいずれ返す。覚えてよルーキー」
「ふっ、ぼくと一緒に煌めきたくなったらいつでも声を掛けたまえ。今回のことはほんの茶目っ気さ。君とならさぞ美しい英雄譚が紡げることだろう。……さっ、行こうか小猫ちゃんたち」
あんな間抜けな姿を見せられて、それでも女どもに人気があるというのはある意味で才能か。
ゾロゾロと聖堂へと続く扉を潜るのを見届けると、セルバスはあたりを見渡すようにして首を動かし、悪態をついたあと両手を鳴らして声を張りはじめた
「ったく、こっちは急務で大変じゃというのに。それ解散じゃ解散。儂の拳骨を喰らいたくなかったらさっさと持ち場に戻れ」
そうして蜘蛛の子を散らすように冒険者たちがクエストボードに張られた依頼書を眺めたり、再び食事や会話に花を咲かせるなど普段のギルドの形へと戻っていく。
そんな中一人取り残されたエルマは、顎してを当てると若干感心しきったような顔で俺とセルバスを見比べているところだった。
「あーなるほど。アポ取らなくても呼び出せるっていうのはそう言うことだったわけかー。自分から問題起こして無理矢理ギルド長呼び出すとか前時代的だねー。ねぇねぇ、セルバスさんの拳骨痛かった?」
「……うるせぇ」
「儂はそんなくだらないことのために呼び出されたんか」
半分呆れ気味な声で腰を叩くセルバス。
当初の予定とは違ったが結果オーライとでもいうべきか。
謝罪ついでに、さっそく要件を果たそうと口を開きかけた時。横からエルマの声がセルバスの意識を掻っ攫って行った。
「おやおやーギルド長ともあろうお人が珍しい。結構疲れてるみたいだけど何かあった?」
「ん? ああ、ここ最近奇妙な事件が相次いでな。孤児院から子供が消えるだの、近所に不審者がうろつくから調査してほしいだので上から面倒な仕事を押し付けられてな。その対応に追われて困っとるわい」
「へー例えばどんなの?」
「不審者で言えば、さっき儂の耳に入ってきた情報ならいくつかあるぞ。奇声を上げて各地区を走り回る怪しい女。祭りの熱気に当てられてあくどい商売を続ける馬鹿どもを成敗する黒髪女。最近のトレンドで言えば、刃物を振り回して暴れる酔っ払いを颯爽と現れた女がある男の名前を絶叫しながら野菜で無双する英雄譚なんてのもあるかの」
がっつり思い当たる節があるのはなぜだろう。
ヤブヘビとはまさにこのことか。
女という言葉が強調されるたびに目を背けるエルマだったが、コイツもコイツで何らかの前科があるらしい。
だが今回のことで言えば間違いなく原因はあの馬鹿にある。
「なにか知っているような顔じゃな二人とも。ここはこの老骨を助けると思って情報提供してくれるとありがたいんだが」
「……あーそれはそのー、アラガミ君?」
「………………ウチのバカが迷惑をかけたな」
「はぁ――、報告を受けた段階である程度は予想できとったがやっぱりお前さんとこの嬢ちゃんが原因か。儂からこんなことを言うのもなんじゃが、もちっと年相応の落ち着きってもんを嬢ちゃんに叩き込めんかの」
期待を込めた眼差しを向けられるが無理なものは無理だ。
例え年寄りの頼みだと言われようと、すでに手の施しようがないのだからどうにもできない。
「仮にもあの娘は国の英雄。あれじゃあ色々と台無しだろうに」
「……あの馬鹿の教育が行き届いてねぇのは認めるが、その責任を全部俺に押し付けんのは筋違いだろ。俺はあいつの馬鹿の飼育員になった覚えはねぇぞ」
「もちっと上手く手綱を握れと言っとるんだ。まぁこっちは面倒ごとのあらかたを片付けてもらって警備が楽になったてのが本音だがな」
「おいおい、いつからギルドは騎士団の真似事をするようになったんだ」
「これも一応国からの正式な依頼でな。他国からの来客が多すぎてまともに町全体を警備しきれんのさ。上は今年の祭典をどうしても成功したいと見える。見返りに相当な予算をウチに回してもらったよ」
なるほど。それで今年一番の祭典にも拘らず冒険者がギルドに駐屯している訳だ。
確かに周りを見渡せば何かを討伐、採取に行くというよりかは非殺傷の武器で体を固めていつでも非常時に備えて素早く動けるような装備のものが多いような気がする。
そう言えば、ここにいるエルマも周囲に溶け込むような軽装に、獣耳を隠す帽子をかぶっているためぱっと見、騎士とはわかりにくい格好だ。
だがこの流れはどこかで見たことがあるような気がする。
立ち去ろうとその場で体の向きを変えるも虚しく。不穏な気配を察知して伸ばされた右手ががっちりと俺の腕を掴んだ。
「まぁ、こんなところで立ち話もなんだ。少しばかり執務室に顔かせや。お主らには少々灸を据えねばならんらしい」
「おい放せ。俺にはほかに用があんだよ。あんたらの面倒ごとなんざしたこっちゃねェんだ」
「まぁまぁ、そういうな。久々にうまい茶が手に入ったんじゃ。儂に迷惑をかけた罰として甘んじて受け入れろ」
「うん? いつもならこの程度の騒ぎなんて日常茶飯事じゃん。お茶だけならわざわざ場所を変える必要がある?」
「ちと面倒な依頼が舞い込んでな。お主ら二人に内密に頼みたい仕事がある」
僅かに声を潜め、ゆっくりとした足取りで階段の方へ向かうセルバスだがそんなことを聞きたいんじゃねぇ。
しかし俺の抵抗も虚しく。そのまま強引に一歩一歩と段差を上っていけば、その後ろを追いかけるエルマが不思議そうに首を傾げた。
「他の冒険者には内密って……、それは銀等級二人を駆り出すような仕事なの?」
俺の代わりに疑問を代弁するエルマ。
すると、セルバスは一度階段の上で立ち止まり大きく息をつくと、目じりを指で押さえ、
「ああ、とある子猫の捜索依頼じゃ」
と、疲れた表情を隠さずにそのままポツリとつぶやくのであった。
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