第十話 愉快で憐れな仕事仲間

◇◇◇


 喧騒と欲望の熱気に狂ったギルドにたどり着いたのはそれからしばらくしてからのことだった。


 情報屋ネビルと出会い、それからエルマが薦める『餌場』に足を運んだのはいいが一向に獲物が連れる気配はなく。

 結局基本に立ち返ることになった。


「ま、情報収集って言ったらやっぱりここだよねぇー」

「むしろ初めにここを思いつかねぇとか、どんだけ間抜けなんだよ俺は」

「まぁまぁどんまいどんまい。むしろボクは結構楽しかったけどなあ、アラガミ君とのデート」

「勝手についてきて、勝手に余計な解釈してんじゃねぇ。あの馬鹿の前でそんな戯言抜かしてみろ。それこそどんな地獄が待ってるか保証しねぇぞ」


 冗談めいた乾いた笑みが隣から上がり、額を抑えて息をつけば、そこには権力と神威の象徴を誇らしげに掲げた純白の大聖堂がそびえ立っていた。


 冒険者ギルド。


 相変わらず神気くせぇ場所だが、祭りの気配に当てられてかそれともクソ神どもを参拝する為か。その客足はやや浮かれた者たちが多く物珍しく大理石の階段に立ち、機構興国ドラグリア産の写真機を掲げてそろいの集合写真などを取っているところだった。


 もちろん浮かれているのは『外』だけではない。


 豪奢なギルドの門を潜れば、正面には神気を充満させる全長十五メートルに及ぶ五体の像が俺達を出迎えた。

 光を透過させ後光に色を灯すステンドグラスに、金や銀と言った貴金属を惜しみなく使用した大理石の祭壇。

 その祭壇の前には信者たちが高説なる司教の話を聞くべく数えきれないほどの長椅子が並べられており。黒を基調にした祭服を身に纏う司教の言葉が信者の魂を縛りつけ、中にはその話を聞いて涙する者までいる始末だ。

 

 魔獣の討伐など力なき者たちの生活の基盤を支えるはずのであるはずのギルドの入口に、教会の神々を据え置くとはいかにも権威を主張したがる生臭坊主が考えそうな魂胆だ。


 教会として神々の権威を信者に主張させつつ、その裏手に不遜にも神の籠を突っぱねた愚か者の集まりを囲い入れる寛容豊かな神性でも民衆に示すといったところか。


「有権者ってのはどいつもこいつも、くだらねぇこと企んでんなぁ」

「ん、? ……ああ、彼らですか。まぁそう言わないでくださいよ。ギルドの運営において彼らとの関係は必要不可欠なんだからさ。まぁやりすぎ感はありますけどねぇ」

「それもそうだが、俺はそこのクソ女神がこの世界を運営しているって方が気に入らねぇ」

「まるであったかのような言い方だねーアラガミ君。運命の女神さまに何か怨みでも?」

「ああ、ぶっ殺してやりたいくらいの恨みが一つな」


 そう肩をすくめて教会の聖堂を横切り扉を潜り抜ければ、そこには慣れ親しんだ空気が充満していた。


 厳粛な『表』の聖堂とは打って変わり、まさに神の見ぬ『裏』では飲んで騒いでのお祭り騒ぎ。

 初めにここを訪れたときも思ったが、相変わらず年中無休で騒がしい奴らが多い場所だ。しかも昼時という事もあってか、甲冑や革鎧を装備した冒険者たちが行儀という言葉を投げ捨て豪快に食事をしている最中だっだ。


「ここは相変わらずだな」

「あれ? なんどか依頼をこなしたって聞いてるけどまだ慣れません?」

「いいや。ただ粗忽な馬鹿どもを相手にすんのが面倒なだけだ。いい加減実力の差ってのを理解してもらいてぇくらいだ」

「にゃっはっはー。まぁギルドの実力者のほとんどは長期任務でいないことが多いからねぇ。アラガミ君には退屈かもね。まぁ、でも君はこういうところが一番落ち着くでしょう?」

「……まぁな」


 実際、純粋培養のガキどもの相手に精神がすり減らされた際によく利用しているのは事実だ。

 近場の単発の討伐依頼などをこなすだけでストレス発散と金が両方手に入る。

 張り合いのない相手が多いのが難点だが、それでもストレスをため続けるよりかはずっといい。

 おかげでここ周辺のオークやゴブリンと言った雑魚どもはあらかた掃討したはずだ。


「それで聞き込む調査という名目だけど、いったい誰に

「決まってんだろ。ここのトップにだよ」

「セルバスさんにですか? でも彼もそう暇じゃありませんよ? なにしろ各国の首脳陣の護衛任務の采配だったり、祭典の準備のすり合わせなどで今頃缶詰のはずですから。……当然アポイントメントなんか取ってませんよね?」

「ああ、だがんなもん取らずとも簡単に呼び出す方法があんだよ」

「???」


 不思議そうに首をかしげるエルマを黙らせ、ざわつく群衆の間をすり抜けていけば、恰好のカモが背後から声を掛けてきた。

 そのまま無視してカウンターに歩き出そうとすれば、背後から俺の肩を掴む一人の馬鹿。

 強引に向き直らされる力に逆らわず男に向き直れば、頬だけでなく顔を真っ赤に紅潮させた一人の男が立っていた。


「おうおう俺様が読んでんのが聞こえねぇのかこのダボが」


 昼間っから酒とは言い御身分だが、それすら許されるのがこの世界の理だ。

 酒瓶を片手に支点の合わない虚ろな瞳。浅黒い肌は盛り上がった筋肉を余すことなく外に晒し、誇示するように見せびらかしていた。


「オメェここらでみねぇ顔だと思ったら噂のルーキーじゃねぇか。不正だらけのクソ野郎って噂は聞いてるぜぇ――ヒック。大物たちの陰に隠れてシコシコ評価上げてるんだってなぁ?」

「どうします? いわれてますけど」

「あながち間違っちゃいねぇから困るな。……で、そんな筋肉ダルマが俺になんのようだ」

「テメェにボコられた舎弟の落とし前をつけてやろうとずっとここで待ってたのよ。ここ最近じゃあ昼時に現れては消えるって噂だからな。会いたかったぜ」

「いやーアラガミ君も大人気ですねぇ。女の子だけでなく男にも大人気だなんて」

「嫌われ者にその皮肉はねぇだろ。あとそのセリフはやめろどこであの馬鹿が聞き耳を立ててるか知れたもんじゃねぇ。それに漂う神気も異常な反応を見せてやがる」


 まさかあのクソ女神本当にのぞき見してんじゃねぇだろうな。

 この筋肉ダルマに絡まれた瞬間、妙に神気の匂いが変わりやがった。

 すると俺の態度が気に入らなかったのか、丸太のような太い腕が俺の胸ぐらをつかみ上げた。


 その腕には大きな刺青が彫られており、その柄も昨夜の馬鹿七人組と同じような髑髏の刺青に黒い六芒星だ。

 最近はやってんのかと悠長な考えが頭を過ぎるが今はどうでもいい。 


 とりあえずあの馬鹿ども動揺忠告だけはしておいてやるか。


「どけ、俺はセルバスのじじいに用があんだよ」

「ああ、いきなり銀タグ与えられて調子に乗ってんじゃねぇぞ。オメェ、ギルドに入ったらまずこのクリーグ様に挨拶すんのが常識だろうが」

「知らねぇよ酔っ払い。それに格下の言葉をいちいち勉強するほど暇じゃねぇんだ。腕へし折られたくなかったらさっさと放せ」

「なにおう!?」


 振り上げた拳が天井に掲げられ、そのまま振り下ろされようとした時。


「まぁまぁ待ちたまえよクリーグくん」


 女どもの甲高い嬌声が響き渡った。


 群がる冒険者の間が割れるように開き始め、奥の方から純白の甲冑を身につけた一人の男。左右に二人の女を侍らせ優雅に歩く姿は自信に満ちていた。


 その人物を見るなりクリーグと名乗る男の目が刮目し、俺の襟元を掴み上げていた指先がゆっくりと開き始めた。

 その視線っがやや下に落ちれば恐縮しきった声色が金髪の男に向けられる。


「あ、あんたはマドレヌの旦那――」

「久しぶりだねクリーグくん。だが新人いびりは感心しないな。聞けば彼はまだ冒険者になって一月もたっていないという話じゃないか。彼もここのルールは知らないようだし悪気があったという訳じゃないんだ。ここはみんな仲良くしようじゃないか!!」


 キャーキャー取り巻きが騒ぎ立てる女ども。

 身なりから見る限り冒険者のようだが、金に飽かした装備なのがまるっきり見て取れる。横目でエルマを流し見れば、同じ同姓として拒絶反応を起こしているのか身体を掻き抱くようにして僅かに震え、肩をすくめてみせた。


 金髪の男に促されるまま筋肉ダルマが俺を床におろす光景は滑稽としか言いようがないが、コイツは誰だ。


 すると俺の視線に築いた金髪の男が、その長い前髪をを右手で払い気色悪い光型の笑みを浮かべてきた。


「やぁやぁ初めましてアラガミ=ユウヤ。君の武勇はぼくの耳にも届いているさ」

「……テメェは誰だ」

「ああ、失礼した。でも、この王都に住んでいるのならマドレヌ=マクガフィータと言えば君も聞き覚えがあるんじゃあないかな? そう!! この聖王都でも数少ないと言われる銀等級を獲得した選ばれし貴族の一人さ。……どうだいこの後そこの麗しの女性と一緒に食事でも。君の今後についての話をしようじゃないか」


 金髪の男の視線が背後のエルマに向けられた瞬間、キザったらしいウィンクが背筋を震わせる。


「君の噂の数々はぼくも耳にしている。邪神討滅作戦の参加に城門都市崩壊の危機にはかの聖騎士王と共に戦場をはせたそうじゃないか。合格だよアラガミ。きみはボクと共に冒険の旅に繰り出す権利を得たのさ!!」

「あん?」

「戸惑うのは無理もない。ただ君はぼくと共に英雄になる資格がある。ああ、大丈夫さ。ここにいるクリーグ君のようにぼくと組めば君はこのギルド生活において何不自由なく過ごすことができる。もちろん後ろの彼女もいっしょにね☆」


 要するに、自分の引き立て役になれとこの馬鹿はそう言いたいわけだ。

 まだ頭が陽気になるような季節じゃないにもかかわらずめでたい奴もいたもんだ。


 なるほど、隣の筋肉ダルマもその名誉とやらで一時的に恭順しているという訳か。

 だが――


「なに我が物知りで肩組んでくんだよクソが。馴れ馴れしく話しかけてくんじゃねぇよナルシストが」

「なっ――!?」

「どこぞの貴族のボンボンか知らねぇが、テメェには用はねぇ。そこのオークもどき同様さっさと俺の前から失せるか、痛い思いしてママに泣きつくかどっちか選べ」

「な、なっ――!!!?」


 驚き身をすくめる群衆たち。

 ある者は喧騒の輪から離れるように身を引き。

 ある者は煽るように腹を抱えて笑い出し。

 またある者は手を顔にやり大きく肩を落とした。


 三者三様の反応を見る限り何やら面倒な地雷を踏んだらしい。


 すると今まで背後に控えて群衆の仲間入りを果たしていたエルマが、しれっと耳元でひっそりと話しかけてきた。


「いいのそんなこと言って? マクガフィータ家っていったら結構な名家だけど……、あんまり敵を作りすぎると後が面倒にならない?」

「もうすでに世界一面倒な奴に絡まれてんだ。今更一人二人面倒な敵が増えたところでどうってことねぇ」

「ひゅーかっこいいー!! でもそのせいで向こう案はすごくやる気になっちゃったけど大丈夫?」

「あん?」


 屈辱とばかりに唇を噛み締めるマドレヌとクリーグが顔を真っ赤にさせ、お互いの武器に手を伸ばし始めた


「なかなか生意気なルーキーじゃねぇか。どんなコネでギルド長に取り入ったか知らねぇが覚悟はできてんだろォな」


「ふー、素敵なレディの前で気の毒だけどすこーしばかり痛い目に合わないと気が済まないようだねぇ。先輩の力を思い知らせてあげようか……後悔しないことだね」


「寝言は寝ていえ三下」


 そう言い放った瞬間、破砕音がギルド内に響き渡る。

 テーブルが砕かれ、宙に舞った食器が割れる音が鳴り響く。


 それは先輩なる二人の冒険者が示し合わせたような腰に差したレイピアと棍棒が同時に口己の武器を抜き放った音だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る