第七話 秘密結社イミナティ
◆◆◆ ???――
同時刻の闇の中。
血生臭い硝煙の匂いが立ち込める暗がりに、不気味に蠢く集団があった。
月明かりが唯一の光源であり、輪を描くように群れる黒衣を頭からかぶる喪服の群衆。
皆、口々に祝詞を唱え地面に伏せる姿は異様であり、奇妙でもある。
五つの塊が地面に伏せる音が反響するがその程度のことで動揺する者はここにはいない。
役目を果たした英霊は天に召される。
そうして信仰してやまない愚かしく強靭な信仰心を持つ彼らに、死への恐怖という概念は存在しない。
あるのはただ純粋な信仰心のみ。
黒衣のローブを頭からかぶり、完全に闇と同化する喪服の集団。
その篝火にどす黒い炎が灯ったことにより彼らは皆、大いにどよめきだし、一人の男が群衆に向けて大声で宣言した。
「再臨の時はきた。見よ神託が下った。これこそ我らが崇め奉る主の御心である」
するとひれ伏し崇めるように額を擦りつけていた喪服の集団も、皆同様に両手を組み声をそろえて、立ち上がった黒衣の男の声に続いて祝詞を唱え始める。
それこそが歓喜の産声だとでもいうように。
「時はきた」
『時はきた』
「時がきた」
『時が来た』
「神託が指し示す聖なる母体は我らの手に」
『全ては我らが崇める主のために――』
「偽りの歴史に鉄槌を」
『不浄の都市に聖罰を』
「全ては我らが主の悲願のために――」
「「「「「「傲慢な異端者よ。真実を知らぬ異教徒よ。契約の時。晩鐘の音は汝らの名前を指し示す」」」」」
直後。
吹き荒ぶどす黒い炎が大きく舌のように逆巻き、一瞬にして『生きた供物』に食らいつき、その贄の全てを余すことなく飲み込んだ。
◆◆◆ 荒神裕也――
簡潔に言えば例の騒動に巻き込まれてからというもの、レミリアとマリナが熱を出してぶっ倒れた。
問題が収束したと思ったらこれだ。
いきなり糸の切れた人形のように事切れたのだからさすがの俺とヤエも焦ったが、
「様子を見る限り大丈夫そうだな」
寝間着姿の二人の少女を見下ろせば怨嗟の歯ぎしりと共に反抗のお声が飛んでくる。
「いーやーだー!! わたしもお祭り行くの!! おねぇちゃんたちばっかりズルイ!!」
「諦めろんでもってまだ食う気かお前は。祭りは七日間連続で行われる今日を逃したところで出店は逃げねぇよ食いしん坊ども」
「それは、あんまりです」
「そう思うならさっさと寝ろ。あとはこのポンコツに任せるから何かあればコイツを頼れ」
「アラガミ様は?」
「俺は――、いいや何でもねぇ。とにかく飯食って黙って寝てろ。いいな」
そう言って扉近くに待機していたポンコツメイドに目配せすれば、入れ替わるように寝室の扉を潜り抜けた。
あれだけ騒げるのなら健康上の問題はないだろう。
あれほど楽しみにしていた聖王祭初日は二人ともベットの上で過ごすこととなりそうだ。
面倒ごとは全部あのポンコツメイドに押し付けてきた。あとはあいつが何とかするだろう。
しかし――
「(診断結果が全く異状なしってのはどういうことだ。また妙な事件に巻き込まれている気がする)」
どうしてもあのクソ女神の顔がちらつくのは俺の気のせいか?
変態女と共おに生活しているとどうもそこら辺の警戒心が強くなっていけない。
カティスの計らいでレイブン家お抱えの医術師に診てもらったが、どうやら過度の緊張と疲労が一気に噴き出した結果とのことだった。
マリナは邪神討滅戦の折に故郷を失くし。
レミリアは変態商人の度重なる拷問と虐待により命がけの毎日だった。
その激動ともいえる事件を経てまだ一か月も経過していないのだ。確かにそういった解釈もできるが――
「それにしては襲撃のタイミングが良すぎる」
どういった方法で結界術式を展開したのかも判明していないのだ。
限定的に俺達に標的を絞っていたことからしても何らかの事件に巻き込まれたと考えるのが正しい。
謎の黒い喪服集団。
奴らの出現を機に都市の『匂い』が明らかに変わったのは確かだ。
あの結界術が何らかの働きを成していたのなら、マリナたちは呪われたと言っても過言ではないのだが今のところその兆候は感じられない。
「そのためになれねぇ対策会議でも開こうとしたんだが――、こいつはどういうことだ」
「はい。あの、そのですね――」
言い淀むルーナ。
その視線がやや動揺に彩られているのはなにも、俺が話しかけたからだけではないだろう。
来客を迎える広間の玄関はどこかの馬鹿のせいでカオスの様相を現していた。
白いしめ縄をいくつも窓際に貼り付け、手製と思しき魔よけの札がいくつも張られてあった。
魔術式で形作ったのか赤黄緑と大小さまざまな燐光が術者を中心に展開され、頭に白いハチマキに蝋燭を立てた間抜けスタイルを貫く変態がシューシュー不気味な息づかいで扉を睨みつけていた。
「マリナちゃんとレミリアちゃんの回復祈願とですね。なんか疫病神が来そうな雰囲気なんで早急に退陣の祈りをと思いまして。あっ何だったら祭事に詳しい荒神さんもいっしょにやります?」
「……説明」
「あ、わ、私は止めたんですよ? でも、ヤエ様がやるってどうしても聞かなくて。そのすみません!! すぐに辞めさせます」
そう言って遂に奇妙な踊りをどりはじめた馬鹿の元へ走っていくルーナ。
主に対して容赦なく突っ込んでいくあたりあの妹あってこの姉ありというわけか。
「血は争えねぇって奴か。これ以上、やかましい馬鹿が増えないことを祈るばかりだが――」
「はーい。そんなみなさんの期待にお応えしてエルマさんここにサンジョー!!」
ノックもなしに扉が開け放たれ、デコだし獣耳女ことエルマがにこやかに屋敷の敷居をまたいで登場した。
こういう時に限って俺の予想は願いの遥か真逆を突き進みやがる。
これが運命だなんて考えたくもないが、最近どうにかしなきゃならないという謎の焦燥感に駆られている自分がいるのも確かだ。
すると、黒曜石の瞳をどす黒い色で染める馬鹿が一人。過剰な反応で叫びをあげ、羽交い絞めされているにも拘らずイノシシばりのスピードでエルマに掴みかかった。
「出たな泥棒猫!! 今度はわたしの荒神さんをどうするつもりだッッッ!!」
「にゃっはーお久しぶり英雄さん。今日も今日とていい狂いっぷりだねーそれでボクはなぜかずいぶん恨まれているみたいだけどぉ。――ねぇ、恋人の躾くらいしっかりしたらどうかにゃ?」
「ふざけた妄想垂れ流してんじゃねぇよクソッタレ。俺もそいつをどう黙らせようか目下検討中だ。なにせそいつの頭はもはや粗大ゴミだからな。俺から言えんのは諦めろってことだけだ」
「それって扱いに困るって意味ですか荒神さんッッ!?」
獣ばりに犬歯をむき出しにし、無遠慮な来客に威嚇しにかかる馬鹿に肩をすくめてみせれば、エルマから苦笑の笑みが返ってくる。
年上らしいコイツに哀れまれるのもあれだが、屋敷の主を懸命に引きはがそうとする健気な従者を見ると余計に哀れでならない。
あとで何らかの形で労うことを心に決め、改めて私服姿のエルマに視線を投げかければ愉快そうに頬を歪める彼女の姿があった。
「ふっふっふー。おねェさんの魅力にやられちゃったかニャー?」
「キメェからその悩殺ポーズいますぐやめろ。――んで、こんな朝っぱらからここになんの用だ。また仕事の依頼か? 俺はテメェ等の体のいい便利屋に成り下がった覚えはねぇんだがな」
「あー違います違います。ボクはただマリナちゃんとレミリアちゃんの様子を見てこいと二人のナイトから仰せつかった次第でしてー」
「二人のナイト? それってその。レイブン卿とリオン卿ですか?」
「正解正解だいせーいかーい!! いい勘してるねルーナちゃん。……という訳でひとまずおっじゃましまーす」
そういって勝手知ったように部屋の中にズカズカ足を踏み入れるエルマ。
手頃なソファーを見つけるとその上に腰を下ろし、取ってつけたような口調で細長い足を組み替えてくつろぎ出した。
「イヤー相変わらずここは居心地がいいですニャー。あっ、カティスちゃん。わたしにはぬるめの御紅茶よろしく~」
「了解。すぐに持ってくる」
二階に投げかけられた言葉はすぐに明確な返答となってカティスの姿が奥の厨房に消えていく。
とりあえず荒ぶる馬鹿を対面のソファーに座らせ、ルーナに馬鹿のお守を任せると俺も一人用の座椅子に腰かけ、テーブルを囲むようにして視線を巡らせた。
「で、ただの冷やかしならマジで帰れ。こっちは面倒ごとに巻き込まれるか否かの瀬戸際でな。テメェに構ってる暇はねぇんだよ」
「いやーそれはひどいんじゃないかなーアラガミ君。ボクは君達が事件に巻き込まれたって聞いて昨夜の晩酌も我慢して、団長にこき使われたっていうのに」
「あん? あのクソメガネに? ……という事は何かわかったのか」
「いんや。詳しい情報は全然。ここらで一つ副団長の実力は伊達じゃないってことを証明してみせようとしたんですけどダメでした。でも――」「
そう言って一度言葉を区切るエルマが、胸元に手を突っ込みテーブルの上に硬質の何かを転がせた。
その茶虎色の瞳を鋭く光る。
「これは――、あの黒衣の集団の持ち物ですよね?」
「そうだよルーナちゃん。君達を襲った不審な輩。その正体までは掴めなかったけどこいつの情報なら案外簡単に見つかった。――ああ、簡単といってもボク達が昔っからマークしていた面倒ごとってことには変わりないんだけどねぇ」
テーブルの上で鈍く光る十字と六芒星のペンダント。
それは――、
「秘密結社イミナティ。構成員不明。活動目的不明の世界の闇。その象徴ともいえる紋章さ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます