第八話 鮮やかな手腕

◆◆◆ 荒神裕也――


 背後からルーナの声が聞こえたような気がしたが関係ねぇ。

 扉をあけ放ち、屋根伝いに飛び去れば、そのまま走り去るようにして屋敷をあとにした。


「くそが……」


 口の中で転がすようにして悪態をつけば、円滑に進んでいた至高の波が不自然にブレ始めているのを感じた。


「(一瞬だぶったか――)」

 

 記憶とは厄介だ。

 一度忘れたつもりがふとした拍子によみがえってくる。


 苛立ちげに大きく息をつきあたりを見渡せば、列をなす住民の行列がところ狭しと蠢きを見せ、様々な歓声が道路に向けられていた。


 午前中に行われる道化のパレード。

 レミリアやマリナが楽しみにしていた『外』でしか見られないような珍しい獣を調教させた一団が列をなして注目を浴びている。


 興奮気味な声が飛び交うなか。幸いにもパレードなど普段の第七区の貴族街とは全く違う様相を為しているためか。通行人の視線は間抜けな道化の行進や露店の列に奪われ上空に意識が向くことはない。


 そのまま走り去ろうかと足を踏み出したところで立ち止まれば、最高速度にも拘らず息を切らさずに追いついてきた馬鹿二人の姿があった。


「なんでテメェ等までついてくんだよ」

「任務です☆」

「趣味です☆」

「帰れ」


「「だが断るッッ!!」」


 示し合わせたような一言に額の血管が痙攣する。

 馬鹿どもに構っていられるほど今の俺は寛容じゃないんだがな。


「変態は後で〆るとして、エルマ。テメェの仕事はもう終わっただろうが。さっさと帰って寝ろ」


「あーそうしたいのは山々なんですけど残念ながらそれはできないんだよねー。なんたってウチの団長からの命令ですし」


「命令?」


「ええ、アラガミ君を見張ってれば面倒ごとはみんなそっちに行くから警戒を怠るなって。なにより――」


「家族の一大事!! まきこまれるぜんていならこっちのほうから国の中枢ぐるみで巻き込んでやりました!! ほめてください!!」


「頼むから死んでくれ。マジで」

 

 要するにあの堅物クソメガネを動かしたのはこの変態クソ野郎という訳か。

 道理でエルマの仕事が早いはずだ。

 よりにもよってあのクソメガネとは。面倒なことしやがって。


「それに祭りなんかより荒神さんを見てた方が断然楽しそうなんで。追いかけるのなんて当り前じゃないですかヤダなー」


「……それで、その本音は?」


「レミリアちゃんのことも心配だけど、こんな泥棒猫を近くに置いて荒神さんラブのわたしがおちおち屋敷で大人しくしている訳じゃないじゃないですかヤダなー、……はっ!? 殺気!!」


 エルマの奸計に見事にはまり、口を手で押さえる間抜け。

 その妙な情欲丸出しの馬鹿を屋根から蹴り落としてやれば、悍ましい声が鼓膜を震わせ暗闇の谷に消えていった。


「……何のためらいもなく突き落としたけどここ四階だよ? 普通の人なら死んでるんだけど……」

「あの馬鹿がこの程度で死ぬなら俺はとっくに解放されてる。気にすんなさっさと行くぞ」

「――あれ? ついていってもいい感じ?」

「いまさらなに言ったって監視する気だろうが。視線がうぜぇしコソコソされんのは性に合わねぇ。それにテメェならこの街の裏にも詳しそうだし、手元に置いてた方がまだ御しやすいからな。……いわゆる消去法だ」

「ほほぉう。かの英雄様より好感を持たれているのは嬉しいですね。ではボクもハーレムの中に入れてもらえると考えてもいいのかなぁ?」

「誰が節操なしだ。まだ誰にも手は出しちゃいねぇよ」


 そう言って屋根伝いを飛び越え、誰にも察知されることなく屋根を飛び降りれば、壁を蹴り減速しながら小汚い路地裏に着地する。

 遅れてエルマも持ち前の身軽さを最大限活用し、音もなく着地して見せれば、服についた埃や汚れを手で払いながら顔を上げてきた。


「――で、これからどうするの? 女の子のボクとしてはこんな埃っぽいところでことを及ぶのはNGというか、一刻も早く脱出したいんですけど」


「勝手についてきてそれかよ。……こんな場所で見つかったらあの馬鹿がどんな邪推をするかわかったもんじゃねぇな」


「英雄様と最悪、面倒な戦争なんてごめんですよ?」


「それは俺の台詞だクソッタレ」


 おそらく近くで飛び交って俺を探してんだろう。

 現にあの馬鹿の声がだんだん反響して聞こえてきやがる。

 だが、俺だって間抜けじゃねぇいつまでもあの森の時と同じように行くと思うな。


「それで、わざわざこの貴族街の裏通りに降り立った理由を聞いても?」


「……なら逆に聞くがテメェなら隠し事をするときにどこを隠し場所に選ぶ」


「隠し事ですか? ……そーですね、不良少年たちの視点で考えると、やっぱり警備の穴をつきなおかつ大人の目の届かない場所、かな。例えばこんな裏路地や各区画に設置された旧聖王都領内の跡地とか」


「そういうこった。ならいい加減口動かしてねぇで黙ってついてこい」


 そう言って無理やり手を引いて歩き出せば、やや満足げない息づかいが鼓膜を震わせ、にこやかな笑みを浮かべるエルマがあった。


 そうして歩くことしばらく。路地裏と言ってもそこには一つの太い順路があった。


 おそらく大昔に廃棄された水路が不自然な形で残り、道として形成されたのだろう。

 聖王都滞在当初、何もすることなく暇をしていた時期に街の探索と称して見つけた馬鹿どものたまり場でもある。

 いつもなら思春期を経て道を踏み外した優等生がたむろしているのだが、今日ばかりは年に一度の祭典という事もあって全員出払っているようだ。


「ああにゃるほど。不良少年のたまり場、ですか。それにしれにしても結構いいもの揃えてますねぇ。さすが金持ち侮れない」


「ああ、だがこの程度はまだ序の口だ。奥にもっとすげぇのがある」


「すごいものです?」


 そうしてしばらく黙って順路に沿って進んでいけば、明らかに人の手で破壊された後のある入り口が。


 躊躇いなくその、怪しげな入口を潜り抜ければ、そこには太陽の光が届かず、いくつも枝分かれする道が続く大きな広間があった。


 遺跡の跡地、というべきか。


 建造物が打ち立てられた形跡の他に、人工的に作られた道は長い年月を感じさせる。

 しかし周囲を取り囲むように展開された家具の山は馬鹿どもの心の表れなのか。『通路』の入口手前で基地らしきバリケードが固められるばかりで決して奥に踏み込んだ様子はなかった。


「にゃはぁー。まさか旧都市街がまだ生きているとは驚きですね。この淡い光源は、――ああなるほど人工の魔光石を使っているのか。さーすが金持ちやることが違いますねー。確かに劣化が激しいですけど秘密のたまり場にはもってこいじゃないですか」


「なんだテメェも知らなかったのか」


「ええ、というか――聖王都は元々領土を拡大する際にいくつかの小規模の遺跡ダンジョンを飲み込んで版図を広げていってんです。だから地下を掘るとたまにこういった謎の遺跡が発掘されたりするんで、さすがの騎士団でも過去の記録をさかのぼって全てを把握するのは無理なんです。ここもおそらく封印されていたようですし」


 清く正しいが売りの貴族街にこんな場所があるのかは疑問だが、それでもここは俺が想定した中でも三本の指に入る格好の『餌場』だ。

  

「それで、か弱いボクをこんなところに連れまわして何が目的なんです? 何かお探しでも?」


「ああ、少々でかい落とし物をな」


「説明する気なしですか。だいたいこんなバッチィところ漁っても何も出ませんよ? なにせここをアジトにしている不良少年たちだって所詮は貴族の優等生なんですから。出てきてポーションや火炎瓶くらいが関の山でしょう」


 呆れたように肩をすくめてみせるエルマ。

 確かに不良と言っても皆ガキばかりの集団だ。だからこそこういった面倒なものが見つかったりする。

 不満げに上がる言葉を依然として無視してやれば、地面に転がる小瓶を手に取り、鼻に近づける。

 そして――


「(……この匂いは――)」


 嗅ぎ覚えのある匂いに眉をひそめ、小さく舌打ちしてやれば、背後から影が差し、後ろからのぞき込むエルマの顔がドアップに映った。


 距離感がおかしいと文句を言ってやってもいいが今はそれどころではないらしい。


 そのまま立ち上がり、ラベルの剥がされた瓶に視線を落とせば不思議そうにのぞき込んでくるエルマと再び目線があった。


「やっぱり、浸透してやがった」

「へっ? その小瓶が探し物ですか」

「……まさかこんな簡単に見つかるとは思ってもみなかったがな。テメェもお人よしの騎士王様の報告を聞いたのならコイツが何なのか想像がつくんじゃねぇのか」

「まさか、あの≪禁断の果実エデン≫ですか?」

「城門都市の一件同様、不完全品なんだろうがな」


 そう言ってエルマに証拠品を投げ渡せば、不思議そうにビンに鼻を近づけ首をかしげるエルマの姿があった。


「でも匂いなんてしませんけど。気の所為とかじゃないんですか?」

「おそらくその粗悪品さらに薄めた品なんだろうな。レミリアがいれば『体臭』に紛れて嗅ぎ分けられなかったが、今回はそんな間抜けは侵さずに済んだ」

「??? なんのことですか?」

「ただの独り言だ、気にすんな。それよりさっさと戻るぞ。コイツがあるってわかっただけでも十分な収穫だ」


 獣人の彼女でさえ嗅ぎ取れないほど僅かな痕跡。

 元々、あの城門都市でも流行していたのだ。この国にも存在するとは思ってはいたがこうまで民衆に普及しているとは想像できなかった。


 すると同じ道をたどるように歩き出していた背後から、唐突に擬音の声が飛んできた。


「あのー、素朴な疑問一ついいですか?」


「あん? なんだ突然降ってわいた問題に不安で怖くでもなったか?」


「いやいや、そんなわけないじゃないですか。ただ、英雄を彼女にするってどんな気持ちかなーという興味本位が突然降ってわきましてね」


「そっちかよ。つぅか誰があんなクソ女の彼氏だ頭沸いてのか? どこをどう結び付けりゃあの馬鹿と恋仲になるんだよ。俺だってまともだと言えた義理じゃねぇが、あんな女選ぶくらいならもっとましな女選ぶわ」


「ほほぅ、『綺麗』な女は好みじゃないと。でしたら今晩いっしょにどうですか? 前の約束もありますし素敵な夜にしてみせますけど……」


「面倒ごとに巻き込まれんのはごめんだ。それに胡散クセェテメェと肉体関係を持ったらそれこそ何を要求されるか分かったもんじゃねぇ」


「にゃははー、いやー信用されてませんねぇ。蜘蛛の巣を払って進んでくれるからてっきりボクに気があるのかとばかり。いやーボクったら恥ずかしい」


 わざとらしく照れてみせたってそれが全て演技だという事はわかっている。

 例の秘薬のヤバさは国のトップの一人が実感したばかりだ。

 それこそ城門都市が危うく陥落しかけたというニュースは様々な国に知れ渡った。

 麻薬が人を魔物に帰るなどと公表すればそれこそ余計な混乱が起きかねない。

 いまのところは聖王都が情報規制を行って真実をうやむやにしているようだが、それも時間の問題だ。


 レイブン辺りが何か手を打ってきそうなものだがいまの所、その兆候は見られない。


 おそらくエルマの頭の中では、つい先日禁制にされたはずの薬の出所を探っているところだろう。


 すると、飛び交うような轟音が頭上の橋を揺らし、遅れてやってきた歓声が路地裏を木霊した。

 頭上を両手で抑えるエルマ。今は帽子をかぶっていてただの人間に見えるが彼女は獣人だ。やはり聴覚の大部分はそこに集中しているのだろう。

 僅かばかりの苦笑を浮かべ、頬を掻くとエルマの視線は件の方角に向けられた。


「それにしても今回の祭典はずいぶんと盛況ですねぇー。久しぶりに四ヶ国からですかねぇ」


「……これがデフォじゃねぇのか?」


「いやー、ここまで熱狂的なのは例年では考えられませんね。なにせ最近まで帝国とは犬猿の仲だったからね。帝国の代表が代理人とはいえ、過去の歴史から考えれば帝国が聖王都の誕生を祝うなんて絶対にありえませんよ」


 路地裏を受け光差す大通りに出れば、火を噴く道化たちが面白おかしく踊り狂い、子供たちがそのあとを追ってはしゃいでいると所だった。


「それで自分を囮にしてまで強行した調査の方はどのようにするおつもりで?」

「……なんの話だ?」

「またまたー、レミリアちゃんの苦しみ方に『心当たり』があるからそんな険しい顔して飛び出したんでしょ? リオン卿から報告はボクの方にも届いてますよ? 奴隷身分の少女を無理やり引き取ったんですってね」


 ピタリと動きを止め、遅れて顔を僅かにしかめて小さく舌打ちする。

 これでは俺の方から認めてしまったようなものだ。

 後ろを振り返れば、案の定したり顔のエルマがニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべていた。


「おおかた見当はついています。リオン卿の特権術式の不備。もしくは何か別の呪いに反応していたりしちゃったりとかそういう事考えてますね?」


 確かにエルマの言葉は的を得ている。


 実際、レミリアの奴隷契約紋に細工したのは俺だ。


 ルーナの時と同じように契約術式ごと黒曜に喰わせて、分離できるかと言われればもちろん可能だ。

 ただ、現在もレミリアの契約が解除されていないことからもわかるように。黒曜を使い一時的に呪いの飲み込んでも、何度も自動的に『刻みなおされる』結果となれば話は変わってくる。


 おそらくあのクソ女神のような神々の力の介入があると考えていいだろう。

 でなければ、あのお人よしにわざわざ頼るような真似はしない。


 無理やり引き剥がすことはできても何度も刻みなおされるのであれば、術式の契約者である大元を叩かなくては意味がない。


 故に、現在は呪いを喰らうのではなく大部分の契約内容を書き換えることで、契約の縛りを散らし、ほぼないに等しい状態にまで維持していたのだ。

 このことに関してはレミリアもあのお人よしですら知り得ていない情報だが――。


「そこまでしてあの奴隷の少女が大事? まぁ確かにかわいいですけど、君ほどの人間がそこまで必死になるほどの価値なんてないと思うけど」


「またそれか。……価値とかどうとかの問題じゃねぇよ。俺はただアイツが気に入ったから無理矢理ご主人様とやらから奪い去りたいだけだ。ああいった憐れなガキの心境はテメェ自身がよく理解できんじゃねぇのか?」


「にゃははは―アラガミ君は想像豊かですねぇ。おねェさん感心しちゃう。でも今はなんのことでしょう――とだけ誤魔化しておきますか」


「ごまかすならそれでもいいが後できっちり情報源の出所を吐いてもらうからな」


「そうですか。ならやっぱりボクは君に協力しなきゃですね」


「……頼んでねぇんだが?」


「一人より二人。二人より三人。それに面倒な連中が絡んでいるのなら騎士団の副団長として見逃せないしね。それで勝算は?」


「五分五分つったところか。奴らにどういう狙いがあって襲撃したのかはまだ不明だが、俺かあのクソ変態に用があんのは確実だ。人目につく群衆の中で襲ってきたことを考えても身バレしねぇ絶対の自信があるらしい。だから――」


 そこでいったん言葉を区切り、無意識に腰にぶら下げた『餌』に手を走らせる。

 すると右手はありもしないはずの質量をつかみ取り――


「こうやって適当にぶらついてれば向こうからやって来るって寸法だ」


 僅かに身を固くする声と共に右腕に僅かな重量が加わる。

 そのまま掴み上げ腕を吊り上げれば、右手の先にはボロを着た少年の姿があった。


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