第六話 依頼内容


「……ほう、受けおったか」


 落ち着きを払った驚きの声が火花と共に飛び散る。


 打ち据えた衝撃の波動が部屋の家具や調度品のほとんどを四散させるほどの衝撃。通常であれば俺の身体は真っ二つに裂け内臓が白い床にまき散らされている。

 それでも俺がこうして立っていられるのは、奇しくもあのクソ変態のおかげだ。


 ギリギリと異音を響かせ鍔ぜりあう戦斧と黒曜。

 何もない空間から一瞬で顕現させた黒曜を頭上から見据え、セルバスの口元が薄く笑った。


「アイテムボックスか。なかなかどうして便利な魔術を体得しとるな」

「ここに来て初めてあの変態に頭下げてまで教わった術式だよクソッタレ」 


 刀身に薄く纏わせた邪気の波動が波打ち、深紅の戦斧を押し返した。

 無作法にテーブルに足を掛けていたセルバスが僅かによろめき、その一瞬の隙をついて黒曜を振るえば、湾曲した斧の刃で軌道が逸らされた。


「どれ、まだまだこんなもんじゃないじゃろ。もっと本気をみせい」

「――ッ。≪邪気転化≫ッッ!!」


 足場のテーブルすら粉砕させる重い踏み込み。命脈する戦斧から放たれる命を取りたてる分厚い断罪の刃。

 一合二合と打ち合う、身体が悲鳴を上げる。

 攻撃の全てが重い。

 それでも部屋の中心で涼しげに深紅の戦斧を振るうじじい。加速する剣戟は室内であろうと繊細に、それでいて豪快に対象物だけを粉砕しにかかる。


 ここまでくれば、もうあはや破壊の嵐だ。

 寸分たがわず深紅の刃が急所に迫り、俺の身体を僅かに仰け反らせた。


 深紅の刃に黒曜を重ねれば、威力に押し負け俺の身体が斜めに崩れる。


「――くッ!?」

「とどめじゃな。戦法≪散華≫」 


 弾けるような紅蓮の芳香があった。

 五つに枝分かれした斬撃の花びら。


 降り注ぐ刃の重圧が頭上に死の影に変え落ちる。

 見上た先。深紅の鉄槌の重圧が空気を圧し潰し、家具ごと俺の頭蓋を粉砕させた――かに思えた。


「この距離でアレを躱すか」


 ごっそりと床を削る五つの花弁を一瞥し、土煙の先。後ろに転がるようにして回避し、黒曜を構える俺を楽しげに睨みつけた。


 天翔。

 巻きあがる粉塵をかき分け、一瞬で老人のもとに肉薄する。


 周囲の魔素を喰らい、邪気転化により強引に能力向上させたこの身体。

 安っぽい味だが一瞬の肉体強化には十分だ。


 そのまま勢いを殺さず黒曜を振るえば、二度目の鉄槌が頭上に影を落とした。


 ガキッッッ!! と交差する硬質な轟音が響き渡り、ピュスッと遅れてセルバスの首筋から赤い飛沫が飛んだ。


「チッ――、浅いか」


 振り向きざまに舌打ちし、瞬時に黒曜を構える。

 その瞬間、堪え切れなくなったようにセルバスの口から豪快な笑い声が部屋を古っわせた。


「ふ――、ふっはっはっは!! なるほど、なるほどな。レイブンのが言うように確かに骨のあるやつだな。儂の攻撃を受けてまだやる気とは」

「あん?」

「いきなりすまんかったなアラガミ君。試験は終了じゃ」


 怪訝に眉をひそめれば、戦斧をゆっくりと肩に担ぐセルバスから殺気が消えうせた。

 順繰りと部屋の惨状を一瞥し、大きく息をつくセルバス。

 そして――、


「今回は儂が折れよう。そうあの坊主に伝えとけ」

「ほんとに合格でいいの?」


 ひょっこりと窓枠の外から顔を出したエルマが首を傾げた。


「殺す気でやって相手が生きていたら認める、これはそういう約束じゃったしな。彼にはその資格が十分にあると儂が判断した。……これでいいんじゃろ?」

「ぃやったあああああああああああああ!!」


 そう言ってセルバスが肩をすくめてみせれば、真っ先に安全地帯を確保していたエルマが後ろから興奮気味に抱き着いてきた。


 どうやら本格的な品定めは終わったらしい。

 俺も黒曜を降ろし、小さく息をついてみせれば、煎餅をかじりながら抱き着いてきた。


◇◇◇


「これで登録完了っと。はい、ギルド加入おめでとー♪ これでアラガミ君も天下のヤエちゃんと一緒に大手を振って冒険者として正式に全ての恩恵を受けれるようになったわけだねー」

「こんな簡単に終わんなら今までの茶番は一体何だったんだよ」

「まぁまぁそう言わず。はい、これでこれは君の物だよ」


 荒れ果てた部屋のなか手渡された銀のタグを一瞥し、改めて首に通せばエルマの方から満足げな反応が返ってきた。

 どうやら一度、契約というものをやってみたかったらしい。


 冒険者登録というものはものの数秒で終わってしまった。

 針で指した血を一滴、タグの上に垂らして魔術の火で炙るだけ。


 一見、意味のない行為に見えるがこれがこの世界での契約方法らしい。


 肉体に直接作用するような類の炎ではないらしく当然熱さは感じられない。

 詳しく話を聞けば、どうやらほとんどの商談や契約ではもっぱらこの契約方法が取り入れられているということだった。


 名を≪朱焔しゅえん≫というらしく、契約や約束事に本人の証明として神に証を立てるべく契約者の血を用いて使う契約魔術の一種らしい。

 拘束力はそれほどないにしても、契約を破れば契約に登記されたペナルティが課せられるとのことだった。


「俺は何も詳しいことは聞いてねぇが、冒険者になる上でなにか罰則でもあんのか?」

「うーん、まぁ今回はタグの登録だから特にペナルティはないよ。まぁ、失くしたら再発行できないけどね。まぁ基本的なルールはあるけど、君はこの世界の法則のとおり何をするにしても自由かな」

「まぁある程度のギルドのルールは守ってもらわねば困るがの」


 付け加えるように奥の執務机に契約書類をしまうセルバスが苦笑気味に肩をすくめてみせた。


 本来ならこの後、教会で五柱の神の前で宣誓を行い、冒険者に必要なステータスの恩恵を受けるという作業が残っているようだが俺は受けなくてもいいらしい。


 亜人や亜獣と言った魔物の住まうこの世界でステータスの恩恵を受けないという行為は自殺にも等しい愚かな選択だ。

 普通の人間が魔物に勝てる道理などない。

 その鋭い爪に引き裂かれて無残に死ぬのがオチだろう。


 それが普通の人間であれば、の話だが。

 だが俺は元々、あのクソ女神からステータスを授与を拒否した身だ。

 端から神に誓いを立てる気もねぇし、いまさら恩恵を受け入れようとも思ってもいない。 


 それにどうやら俺に神の恩恵とやらを受けてもらっては困る類いの人間がいるらしい。


 思い浮かぶ人物はただ一人。

 何やら変な企みがあるらしいが、我欲で俺を巻き込むのも大概にしろと説教せねばならないようだ。

 にしても――。

 

「……いいのか、こんな簡単にすまして」

「よくはないが他でもない坊主との約束じゃし、とりあえず、といったところじゃろう。初めは他の連中のやっかみが酷いじゃろうがお主なら大丈夫そうじゃしな」

「……それはどういう意味だ」

「なぁにそのままの意味じゃよ。お主なら、たとえ嫉妬に駆られた姑息な馬鹿どもが手を出ても穏便に始末してくれるんじゃろ?」


 つまりこの先嫌がらせが続くという事か。

 まぁ宣誓を受けなかった人間がいきなり銀階級のタグを与えられたなんてことが噂になれば、当然そういう輩も出てくるのもわからなくはない。

 弱者のありきたりな反応だ。そういうのには慣れている。


「だが、そういうのは長のあんたが諫めるべき立場だろう。まとめ役のあんたがそれを言っていいのかよ」

「ふっ、そんなもん知らんよ。依頼でヘマしたガキどもの尻拭いは儂の仕事だが、くだらねぇ喧嘩の後始末までは見るほど儂も暇ではないんでの」


 そう言ってどことなく年相応の疲れた笑みを浮かべるセルバス。

 どうやらまとめ役と言っても一筋縄ではいかないらしい。

 よほどの問題児がいるのか、それとも今後の対応を憂いているのかどちらかだ。

 しかし、こうして冒険者の資格は手に入れた。


 あと残すはこれまでの騒ぎの焦点となる本題だけだ。


「んで、なんだその馬鹿に太い縄は。俺をどうする気だクソ猫」

「いやー、タグの権利だけ手に入れてあとはとんっずらしかねないんで念のためと思いまして」


 そうして隣を見れば、さっきからソワソワして落ち着かないエルマが鬱陶しい。なにやら多大な使命感を帯びているのか、それともただ俺をおちょくりたいだけなのかその表情はどこか楽しげだ。


 そんな落ち着きのない猫耳女を一瞥し、


「わぁったよ。お前みたいな奴から逃げると後が面倒なのは経験済みだ。……で、俺になにをさせる気だ」

「にゅふっふー言質は取りました。ならこの縄はいりませんね。……とにゃーっと」


 と言って芝居がかった口調で、縄を外に投げるエルマ。

 ため息交じりに重い口を開けば、茶虎色の尻尾と耳を上機嫌に揺らすエルマがセルバスを押しのけ正面に躍り出た。

 その表情は、満足げを通り越して気味の悪い笑みが張りついていた。


「うんうん、さっきからずっと乗り気じゃなかったようだったから、よーやくやる気になってくれたようでおねーさん嬉しい♪」

「ほぼ無言の強制じゃねぇかクソが」


 セルバスに認められなければ斬って捨てられ、タグの申請を受理されれば恩着せがましい依頼を受ける羽目になる。

 どのみちここに来た時点で断れないようにできていたのだ。


「んで、もったいぶってねぇでいい加減話せ。依頼内容によってはあのクソメガネの顔面を叩きわりにいかなきゃなんねぇからな」


 少なくとも二週間、屋敷の中で退屈させた代償はでかい。

 もし下らねぇ内容なら問答無用で斬り捨てて、簀巻きにして水路に流してやる。


 すると上機嫌だったエルマの表情が唐突に引き締まり、まじめな口調に変化する。


「じゃあ伝えるけど拒否権はないからね? ……君の実力を見込んで一つ、レイブン団長から依頼を預かってきた。それは――」


 淡々と吐き出された言葉が鼓膜を震わせ、心臓を大きく昂らせる。

 なるほど。この時のためにあのクソメガネは俺に銀のタグを与えたがったのか。


 全ての事象に納得がいき、それと同時に自然と口角が吊り上がっていくのがわかる。


「――というわけさ。どう? 後悔した?」


 言い終わると同時に皮肉気に肩をすくめてみせるエルマ。

 その表情は、どこか楽しげで期待に満ちた色をその狐色の瞳に浮かべていた。


「まぁぶっちゃけ横暴だって言われても仕方ないけど、そこら辺の感想は?」

「……いいや、おもしれぇ」

「そう言えるのはおそらく君くらいなものだと思うよアラガミ君」

「まったくお主も面倒な奴に気に入られたもんじゃな。まさかあそことは――」


 二つの苦笑気味の笑みが返ってくる。

 まぁその反応も当然だろう。


 なにせ、依頼内容は軽いものなのに場所が場所だ。

 誰も行きたがらなくて当然だ。


 依頼内容は、荷物の運搬。

 目的地は、嘆きの樹海。


 それは亜人と魔獣が混在する≪未踏領域≫の外れに存在する防衛拠点の一つ。魔物の侵攻から人類を守護する城門のある聖地の名称だ。


 まるで解りきっていたかのように頬を掻くエルマ。

 彼女は大きく息を吸うと、困ったように俺を一瞥し、


「ねぇほんとにわかってる? ボクは君に死んでくれって頼んでるんだけどな?」


 明日の天気でも尋ねるような気軽さでそんな言葉を口にした。

 ……どうやら俺の二週間の退屈はこんな形で報われるらしい。

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