第三話 第四区 ギルド街

◆◆◆ 荒神裕也――


 優雅とは程遠い城下町。

 俺とルーナは第四区の商業区画に足を伸ばしていた。


 通称、ギルド街。


 商業区というだけあって行き交う人ごみは活気に満ちており、上流貴族が住まう第七学区とは違う意味合いで実に様々な身分の人間が入り交じっていた。


 石畳を敷き詰めた街路を進んでいけば、様々な露店が顔をだし、賑わっている。

 大人から子供、数は少ないがエルマのような亜人まで様々な人種が物を売り買いしている。


 そんな街中で、いかにも異物感を漂わせた俺が街を練り歩いても誰も気に留めないのは、その名の通りここが冒険者のために作られた区画だからだろう。

 

 自分で言うのもなんだが、ここには俺と似たような厳つい格好の人種が数多くいる。


 装備を整えるためか剣を取っては店主と値切り交渉する鎧の男や、ローブに身を包み怪しげな草を買う女。はては賊のような格好をした亜人まで実に多種多様だ。

 冒険者と言っても一口でいろいろな奴がいるらしい。


 人ごみを避けながら移り行く街並みを眺め、俺は小さく口笛を吹いた。


「おーおー、安息日ってだけあってすげぇ人ごみだな。大通りを歩くだけでこれか。第七区とはえらい違いだぞおい、……人混みが鬱陶しったらねぇな」

「すみませんアラガミ様。荷物持ちにつき合せてしまったみたいで。どうしても足りない食材があったのに気づいて……」

「別に構わねぇよ。あの変態に付き纏わり続けられていい加減頭がおかしくなりそうだったからな。単に逃げる口実ができて正直助かった」


 申し訳なさそうに俺を見上げるルーナに素気なく言葉を吐き出せば、ほっと胸を撫でおろすような反応が返ってきた。


 俺をこうして買い出しに誘ったのも、過剰すぎる変態の対処に疲弊した俺を気遣ってのことだろう。


 実際、あの屋敷に居座り続けて得することは何もないことは、少なくともここ一週間の生活で身に染みた。

 一人になろうとしてもすぐあの変態が居場所を嗅ぎつけ妨害してくるのだ。

 正直、気が休まる時間がねぇ。


 現在、俺達はポンコツメイドに勧められた店から買い出しを終え、物見遊山の感覚でギルド街に立ち寄ったところだった。


 そこまで距離はないし、余計なものを買う必要もないのでただ見て回るだけかと思ったのだが――、 


「……まぁ、ここまで買い込むとは思ってなかったがな」

「すみません。つい目移りしちゃいまして」

「別にいいけどよ、これがついって量かよ」


 女の買い物は舐めない方がいいと誰かから聞いた覚えがあるがどうやらその通りだった、

 二つの紙袋を抱え直すと、恥ずかしそうに俯くルーナも同じように荷物を抱え直し、小さくみじろぎした。

 予め買う食料とは別に。パンパンに膨れ上がった紙袋が大きく揺れ、赤い果実が零れそうになる。

 

「こんなに買って食いきれんのか?」

「はい。これでだいたい一週間分くらいでしょうか。何せ五人もいますからね、作り甲斐があります」


 そう言ってはにかむように笑って見せるルーナ。


 道中、目ぼしい食材を片っ端から買い込んでいった結果がこれだが、厨房担当のコイツが言うなら大丈夫なのだろう。


 店主の反応を見る限り目利きは確かなようだが、後先考えない無謀っぷりは肉体的に死んでも変わらないらしい。

 俺が後ろから声を掛けねば紙袋は『四つ目』に突入していたことだろう。


 まぁ一度、乗り掛かった舟だ。

 今更グチグチ説教を垂れる気はねぇ。

 それでも女と一緒にお買い物など昔の同僚にでも見られたら爆笑されそうな光景だなと自分でも思う。


 俺らしくねぇし似合わねぇ。

 そんなことを考えていると笑顔から一転、ルーナの表情が僅かに曇りだす。


「……あの、やっぱりご迷惑でしたか?」

「あん? そりゃどういう意味だ?」


 いきなり横からか細い声が漏れたと思えば、驚いて隣を見る。

 袋一杯になった食材を危なげに抱えるルーナ。

 その表情には何やら自信のなさが見られた。


 言いにくそうに口ごもり一向に話そうとしないので、急かすように話を促せば、


「いえ最近、外に出られないアラガミ様の気分転換になるかなぁと思ったのですが……、私ばっかり楽しんでるのが申し訳なくって」


 どうやらこいつが気にしているのは、そこらしい。

 コイツらしいと言えばコイツらしい悩みだ。

 さっきからやけに何か悩ましげだと思っていたがそんなくだらねぇことで頭を悩ませていたのか。


「ガキがいちいち俺に気なんか使ってんじゃねぇよ」

「こ、子ども扱いしないでくださいってばッ!? これでも成人してます!!」

「十六なんざおれに言わせればまだまだだガキなんだよ」


 そう言ってやればブサイクなふくれっ面が返ってくる。

 そうやってあからさまに反応してみせるところが子供なんだ。

 どうやらコイツは未だに大人と子供の区別がついていないらしい。


 そんなことを考えていると、隣の方から素朴な疑問が飛んできた。


「そういえばどうして私の買い出しに付き合ってくださったんですか?」

「いままで引きこもってた俺が外に出るのがそんなに不思議か?」

「あ、いえ、レイブン卿の指示で外に出られなかったのは知っています。……ただ不思議に思っただけです。もちろん変な意味じゃありませんよ? もしかしてアラガミ様もこの第四区に用事があるのかな? と思っただけです」


 慌てたように付け足すあたり何かやましい感情があるらしい。

 知りたがりの琥珀色の瞳が俺に向けられる。

 まぁ別段、隠すようなことでもないので手短に答える。


「面倒だがギルドの方に用があってな」

「ギルド、ですか?」

「ああ、なんでも俺に話があるんだとよ」

「そうですか。……夕食には帰れそうなんですか?」

「そればかりは俺にもわからねぇ。一応急ぎで終わらせるつもりだが、最悪その辺の屋台で済ませるってあのポンコツメイドにも伝えとけ」

「わかりました、伝えておきます」


 そう言って素直に頷くと、ちょうどギルド街の大通りを抜けたところだった。

 大きな円を描くような噴水広場。

 その石畳で舗装された道路を多くの荷馬車がすさまじい速度で横切っていった。


「昼時前だからか、空いてるな」

「よかった。昼食前に片づけないといけない仕事があったので助かります」


 そう言って、ルーナが大きく右手で手を振ると噴水の近くでたむろする男たちがこちらに気付いて立ち上がった。

 その胸に馬と蹄の描かれた運送連盟の企業マークが刺繍されている。

 安心安全を謳う運送ギルド、ホルホース。

 いわゆる顧客を目的地まで運んで運賃を得るという馬借のような仕事を生業としている者たちが集うギルドらしい。


 駆け寄ってくる男に行き先を告げ、荷物を預けるルーナ。

 身軽になったことで小さく安堵の息を漏らしたのち、振り返ってお礼を言ってきた。


「今日は買い出しに付き合ってくださりありがとうございました。私ばかり楽しんだみたいで心苦しいですけど、また機会があればまたよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げ荷馬車で去っていく少女を見送り、俺は問題のギルドの方角へ踵を返した。

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