第四話 冒険者ギルド

◆◆◆ 荒神裕也――


 聖王都アルビニオンが誇る一大ギルドと言えば、皆が皆判を押したようにここの名前を上げるらしい。


 いかにも信者が貢ぎたくなるような贅を凝らした建築物を見上げ、小さく息をつく。

 どうやら権力者という奴はどいつもこいつも高いところがお好きらしい。

 それは腐った性根の神だけでなく、人間まで神の真似事とは嘆かわしくなる。

 白い大理石をふんだんにあしらい、権力と神威の象徴とも言わんばかりに鮮やかな細工の為された大聖堂。

 その神殿に祀られた五柱教の名のもとに目の前の建築物一帯は神が守護する完全な聖域と化していた。


 冒険者ギルド 五神のペンタグラム


 すれ違う信徒や冒険者の群れをよけて階段を上り切れば、胃がひっくり返るような神気の香りに鼻が曲がりそうになる。


 太陽が頭上から少し傾き始めたくらいの時間帯。

 第四区のギルド街中心部とあって、人の賑わいは一層豊かに喧しくなっていた。


「……案内人がいるって話だったが、いったいどこに居んだ」


 噴水の前で待ち合わせ、という話だったが誰が来るのかは聞いていない。

 そこに向かえとしか言われていないのだから顔も知らないのは当然だが、この人ごみの中で待ち人を探せと言うのは無茶がある。


 せめてわかりやすいサインでもあれば……。

 そんなことを考えていると、後ろの方から軽い足取りと共に衝撃があった。


「いましたいました。やっほー元気にしてたかいアラガミ君♬」

「テメェは……、エルマか?」

「そそっ、お久しぶり。皆が大好きエルマちゃんだよー。変装しすぎてわからなかった?」


 背後から飛びついてきた殺意なき衝撃に振り返れば、そこには自慢げにぶら下げていた尻尾と耳をフードの中に隠したエルマが立っていた。


 にゃししっ、と八重歯を見せて小さく手を振ってみせるエルマ。

 初対面であろうとなかろうと気軽に接してくるその掴みどころのない印象は、二週間前と変わらずそのままだ。

 二週間そこそこで人格が変わるとは思っていないが、何しろこいつは邪神討滅の一件で文字通り、肉塊になりかけるという経歴を持っている。


 生きながらにして喰われるという体験を経ても、精神が少しも変異しないというのは少し驚かされた。


「あの変態女から聞いていたが無事だったか、傷の方は……大丈夫そうだな。まさかあの状態で全快まで持ちなおすとは、俺も人のこと言えねぇがお前も大概化物だな」

「にゃふふー、おかげさまでこの通り。でもそういうアラガミ君こそ結構やばかったってヤエちゃんから聞いてるけど?」

「まぁな。しばらくは身体が使い物にならなかった程度で済んだ。もう日常生活に支障はねぇよ」

「そっか、ホントお互い命があってよかったねぇ。……まっ、つもる話もあるだろうけどとりあえずそっちは後にしよっか? まずは君の目的を終わらせないとね」

「……目的?」

「そっ、ボクがここに来た理由でもあるかな」


 話がよく見えねぇ。 


「まぁまぁそう警戒しなくても大丈夫だって。別に襲いやしないって」

「で、俺をどうする気だ。こっちはあのクソメガネから何も聞いてねぇんだぞ」

「あーそれなら大丈夫かな? 実は先方はもう待ってるんだ。ボクはその仲介人ってとこ。まぁとりあえずここでぼーっと突っ立ってるのもなんだから中に入ろう」


 そう言って腕を引かれるまま俺は豪奢なギルドの門を潜った。



◇◇◇

 

「それでいまさらだけど、例のモノは持ってきたかい?」

「ああ、コイツのことだろ? いきなり送り付けといてまだ使えねぇってのはなんかの嫌がらせか?」

「いやーやっぱり使えなかったかー。そうですそうです、これを持ってきてもらいたかったのよー」


 そう言って懐から取り出したのは一枚の小さな銀のプレート。

 人差し指一本分程度の小さなタグネックレスだが、やはり今日はこいつの不具合を修正するために俺をここに呼んだらしい。


 コイツがクソメガネの名義で事務的な書類一式と共に俺のもとに送りつけられたのは丁度、三日前のことだった。


 早朝に俺宛ての荷物が届いたかと思えば、『冒険者としての登録は済ませた』という事後報告の書類と共に、銀色のタグネックレスが入っていたのだ。

 訳も分からず一枚の資料に目を通すと、そこには簡単な詳細と共にが書かれていた。 


 冒険者認定証ライセンス・タグ

 通称、≪タグ≫


 その名の通り冒険者となる持ち主がギルドと教会に宣誓し、神個人からステータスの恩恵を受けたというある種の証明だ。


 添付された資料を読んだ限りと、冒険者証を持ってさえいれば最低限の身分は保障される、という事が簡素に書かれてあった。

 どうやらこのタグのあるなしで、公的機関の利用から取引まで他者の受ける印象に差がでるらしい。


 それほどしっかりとした信用を持つ身分証。

 出自から経歴まで一切の情報がこの世界に存在しない俺にとっては願ってもない物だった。


 しかし、どういう経緯でこんなものが俺に用意されたのかはわからない以上、気軽に使う訳にはいかなかったのだが、


「実際使ってみれば実は未登録でしたとか、おちょくってんのかアイツ」


 ちなみに何に使ったんですか? と聞かれれば「職質」と答えた。

 あー、と返ってくるあたり心当たりがあるのだろう。

 まぁ、あんな貴族が住むような区画に俺のようなならず者がいたのだ。近隣の住民が不審に思って通報してもおかしくはない――ということは自覚している。


 その時の憲兵には少し大人しくなってもらったが、それからしばらく外出を控えるようになった。

 その代わりに例のストレスで胃が崩壊しかけたが。


「それに関して何か申し開きはあるか? 一度なら聞いてやる」

「ボクに八つ当たりされてもねぇ。でもそっかー、それに関してはこちらの不手際だから何にも言えないなー」

「……で、いったい何が原因だ」

「少しトラブルがあってね。今日はそれを解消するためにわざわざ君にご足労願ったというわけさ」


 そう言って軽くウィンクして見せるエルマを見て俺は大きく肩を落とした。

 まぁ面倒な仕事を押し付けられるよりかはマシか。 


「ったく。身元不明、詳細不明の男によくこんなものを用意させたもんだな」

「なんでも相当えげつない手を使ったみたいだよ? なにせヤエちゃんの要求が思った以上に難題だったみたいでね。聞いてない?」

「……あいつの? そりゃいったい何の話だ?」


 すると驚いたように振り返るエルマが大きく目を見開き、そして人差し指を唇に押し当てた。

 唸るように眉を顰め、ゆっくりと首をもたげた。


「あれ? やっぱり聞いないんだ。この冒険者証、ヤエちゃんの邪神討滅の褒賞で発行されたものなんですけど……」

「あん? あいつの?」

「その様子だとやっぱり知らないかー。わかったわかったちゃんと話すからそんなに睨まない。……なんでもアラガミ君のだけじゃなく、ルーナちゃんとマリナちゃんでしたっけ? 彼女たちの冒険者証も非公式に発行しているみたいで、結構大変だったみたいだよ?」


 ……それは初耳だ。

 俺のならまだわかるがあのガキどもの分まで。

 控えめに首をかしげるエルマを見れば、茶虎色の髪を揺らしフードの隙間から覗く狐色の瞳が不思議そうに俺を見上げていた。


「一応聞いていいか。その情報の根拠はなんだ」

「あーこれたぶん伝えちゃダメな情報だったんだろうけど、レイブン団長に聞いたって言ったら信じる?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、妙な信憑性が生まれた。

 あの堅物メガネのことだ。あの変態だけではなく堅物メガネが絡んでいるとなると、厄ネタ以外のなにものでもない。


 おそらく何かしらの陰謀が絡んでいる。

 そう結論付け、舌打ちしたのち、煤けた灰がかった髪を激しく掻き揚げる。

 狐色の人意をのぞき込めば、一切の動揺が見られない。

 どうやら嘘はついていないようだ。


 なにやら俺の知らないところで、知らない話が推し進められていたらしい。

 隠し事はするな、なんて馬鹿な女みたいなことは言わねぇが、俺に関する情報が伏せられていたというのは些か気になる。


「通りであの変態がここ一週間、妙によそよそしかったわけだ。あいつ俺に隠し事していたわけだ」

「何かあったんです?」

「何もなかったから不気味なんだよ。あとでどんな面倒ごとを背負いこまされるかわかったもんじゃねぇ」


 苦々しげに顔をしかめて言い放ち、額に手を当てる。

 あの変態女のことだ、何かしらの理由があっての行動なんだろうが禄でもない予感がするのは俺だけか。


 どういう理由があってあのガキどもにまで冒険者許可証を与える必要があるのか、帰ったら問いただす必要があるな。


「まぁ、暗躍はうちの団長の趣味みたいなものだからねー。優秀な人材を引き抜こうとでもしたんじゃないですか?」

「クソメガネがよこした資料には恨み言以外そんなこと書いてなかったがな」

「ああ、じゃあ秘密にしてたんですかね? なんでも団長の話では『神々の魔の手からわたしの荒神さんを守るッ!!』とかよくわからない事を言ってたらしいけど」


 どうやら、また一つあの変態に問いたださなければならないことが増えたようだ。

 あの変態はいったい何の使命感に駆られてんだ。

 とりあえず変態女の件に関してだけは下らねぇ野望だったことだけは理解できた。


「んで、俺はいったいどこに連れてかれんだ。一階の受付はもう過ぎただろう」

「そんなに焦らなくてももうすぐだって。えっと、執務室執務室ーっと、これだ」

 

 探すような素振りをして、扉に指を躍らせていけばその指先が一つの扉の前で止まる。

 豪奢な神殿にはそぐわない、武骨で重厚感のある木製の扉。

 その目的の扉の前に立つエルマは一度大きく咳ばらいをすると、俺が後ろにいることを確認して、間髪入れずに三度の上品なノック音を廊下に反響させた。


「セルバスさん、エルマです。入りますよー」


 返事も待たずに扉に手をかけ、重厚な扉をものともせず勢いよく開け放つ。

 そして、その大仰な扉の向こう。

 逆光に照らされた窓辺に、一人の男が立っていた。

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