第七話 ステータス機能

◆◆◆ 荒神裕也――


 結論を言えば、俺の極秘探索計画は呆気なく失敗に終わった。


 ガチャガチャと鎧が重なり合う音と共に、吹き荒れる風が鼓膜を震わせる。

 うんざりと頭上を見上げれば、てっぺんに上った太陽はいつの間にか西へ傾き、揺れる木の葉が森全体に柔らかな光を入れていた。


 一人で探索すればそこそこ面白い森の探索も、これじゃあ何の意味もねぇ。


 荒ぶる変態を簀巻きにして部屋の隅に転がしたのが三時間前のことだ。

 それまで追ってこなかったところを見ると、どうやらクソメガネに足止めされていたらしい。

 そのまま村を飛び出し、森を一人探索していたところ怪鳥のような気色悪い奇声と共に解き放たれた変態が迫り、いまに至る。


「終いには俺の行動まで読んで待ち伏せなんて舐めた真似しやがって」


 道理で太刀筋に本気が感じられないわけだ。

 逃げた先に複数の命の気配を感じたが、林を抜けてしまえばすべてが遅かった。


「まぁまぁ元気出していきましょう!! ため息ついたら幸せが逃げていきますよ?」

「俺はテメェから逃げるために村を飛び出したんだがな。全部無駄になった」

「ふふん。わたしの執念を舐めないでください。なにせ荒神さんのためなら例え血の中水の中!! あの世の果てまで探し出してついていきます」


 実際、マジでやりそうだから笑えねぇ。

 こんな奴に一生付き纏われるとか冗談でも考えたくない。

 それに――


「だいたいテメェどうやって俺の位置を特定しやがった。俺はお前にだけは見つからねぇように徹底的に痕跡を消して歩いたってのに」

「それはもちろん、わたしのほとばしる愛と情熱とステータスのおかげです!!」

「……あっ?」


 声が漏れた。

 いま何か不可解なワードが聞こえたような気がする。

 自慢げにニコニコ笑みを浮かべてるコイツは自分が何を口走ったか気づいてねぇようだ。


「おいテメェ、いまなんつった。もっかい言ってみろ」

「ですからほとばしる愛と情熱と――」

「そうじゃねぇ。テメェ、ステータスだと!? なに細工しやがった」

「あっ、やべ――」


 しまったといった風に口を押えるヤエ。

 しかし口に出してしまえばもう遅い。

 本気で顔中に汚ぇ汗を浮かべる大きく喉を鳴らすと、

 

「勝手に登録しちゃいました♪」


 てへぺろ、と自分で口にし舌を出してみせた。

 つまりどういうことだ。そのステータスに登録すると――


「使いようによっては位置情報まるわかりですハイ」

「消せ」

「いやです」

「消せっつってんだよ!!」


 即座に帰ってくる否定の言葉に拳骨を落とす。

 激しく首振って駄々こねても無駄なんだよ。道理で時間をかけて痕跡を消したはずのルートが簡単に暴かれるわけだ。

 そのステータスから発信される位置情報が俺を示してんなら簡単に見つけられるだろうよ。


「今すぐ消すか、ここで死ぬか選べ」

「またまたー、殺す気なんて微塵もないくせにー。わたしわかってるんですよ? 荒神さんが本当はわたしに対して徐々に心を開きかけてるというのがああっ――!? ちょ、ちょちょッ本気のアイアンクローはマジで痛いですし引きづってます!? 幸せだけど首がッ、首がもげますッッ!!」

「もう充分生きただろ、いい加減死んじまえ」

「トーンがマジっぽいんですけどッッ!? じゃなく、まだあなたの雄姿を見ていないんで死んでも死に切れませんので話していただけると幸いですハイ」

「……ちっ」


 このまま捩じり切ってやろうと思ったのだがそうはいかねぇらしい。

 騎士共の視線がうるさいので、その細い首から手を離す。

 咳き込む変態が大きく呼吸を整え、深呼吸を繰り返す。


「で、そのステータスってのは他になにができんだ」

「へ? 荒神さん、あの女神さんから聞いてないんですか? というか自分のステータスを見ればそれで終了なのでは?」

「んな便利なもんが使えんなら初めからテメェなんぞに頼ってねぇよ」

「あれ? そうなんですか? この異世界に飛ばされた渡航者は例外なくステータスの恩恵にあずかれるってエルちゃんが言ってましたけど」

「俺はあのクソ女神からの受け取る一切の恩恵を拒否してんだよ」

「あ、なーるほど。道理でわたしの天恵を使ってものぞけないわけです。じゃあ僭越ながら、不肖ヤクモ=ヤエが説明いたしましょう!!」


 そうして白状させると、ステータスにはいろいろな使い方があるらしい。

 一つ目は、魔素を介して行う通信魔術。

 二つ目は、ステータスを介して味方の力量をおおよその概算で表す戦力の視覚化。

 そして最後は、この愉快なクソ野郎が行った位置情報の取得だ。


 これらの機能は本来互いに同意したうえで初めて使える機能らしいのだが、この変態は他者のステータス機能を覗くだけでなく、勝手に弄れるらしい。

 クソバカ変態ストーカー曰く。

 

「天恵≪魔導の探究者≫は全ての情報を開示する力を持っているんです。だから、荒神さんが使徒で戦っている間に抗して我慢できずに覗いて弄っちゃいました」


 とのことだった。


「つまり、テメェが俺のそのステータスに勝手に介入したって訳か。消せ、今すぐテメェとの関係を断ち切ってやる!!」


「絶対にいやですー!! 例え、荒神さんが今後喋ってくれなくてもこれだけは承服しかねます。あなたはわたしのアイドルなんだからいつも監視できるポジションにいなくちゃいけないんですー!!」


「その使命感はどっからくるんだボケ!! 殴っても蹴ってもめげずに付き纏いやがって。ちったぁ周りの迷惑を考えろ」


「でも、そこまでやっても黒曜を使わない荒神さんマジ濡れる!! ちゃんと手心を加えてくれてるのはわかってるんですから、そりゃ全力でぶつかなきゃ損、……おおっと、どうしてそこで黒曜を握るんです? あれなんかミシミシ嫌な音が鳴ってるんですけど、ああ振りかぶって、ちょっとそれはさすがのわたしでも厳しめかもッ!?」


「……そのまま立ってろ。一瞬で楽にしてやる」


「ガチトーンじゃないですかヤダー!! でも痛いのはわたしにとってもご褒美なんでむしろそっちの方でもウェルカムです」


「どうしろってんだよクソが」

 

 頬を赤らめ気色悪く腰をくねらせる変態。 

 いっそこのままここで埋めちまえば全てが闇に葬られるんじゃないか。

 そんな浅知恵が頭によぎるほど、かつてないほどの苛立ちを感じていた。


 まったく気力を消耗せず逆に生き生きとするこいつの精神構造が納得いかねぇ。


「……俺のステータスなんか覗き見ようとして何が楽しいんだよ」

「それは、ほら尊敬する人の全てを知りたいっていう欲求ですよ。でもまさか、荒神さんが女神からの恩恵を受け取っていないとは。……ん? ちょっと待てよ」


 そこで言葉を区切り、妙な真顔で固まる変態野郎。

 いやな予感がするのは俺だけじゃないはずだ。

 震える唇が徐々にヒートアップしていく。 


「という事は荒神さんはステータスの恩恵なしの素のままで使徒をぶっ倒したっていうことですよね? 素の荒神裕也。つまりアニメのまま強さの荒神さんがこの異世界で大暴れ、えッ、何その神展開すんごい萌えるですけど」


「おい――」


「しかもこの先、神々が勝手に強さを弄った荒神さんじゃなくありのままの荒神裕也を観察できる、だと!? なんだそれなんだそれ!! 一緒に周りの空気を吸えるだけでも最高なのに、神はわたしに味方したという事なのかッッッ!?」


 ワナワナと打ち震え「み、な、、ぎ、って、きたぁああッ!!」と訳の分からない妄言を呟いては天に吠え出す変態。

 温かい時期ってのは総じて頭が狂った奴を生みやすいと聞くが、まさかこんな隣に重傷者がいるとは思わなかった。

 まだ救いがあったと思ったがどうやら手遅れらしい。

 もはや俺の手には負えねぇ。

 

「もう死んでくれねぇかマジで」

「諦めちゃダメです。天照ちゃんも言ってました。『絶対にあきらめちゃならない。希望は必ずある!!」って――」

「だとしてもテメェに希望なんてねぇ」


 これ以上付き合うとストレスで本当に狂っちまう。

 しかも――、


「なんでテメェ等の事情に俺まで振り回されなきなんねぇんだよ」


「まぁそこは一宿一飯の恩返しということで、頑張っていきましょう!!」


 森の中で不本意にも待ち伏せされた一団にいきなり組み込まれたと思ったら、このざまだ。 

 どうやらあのクソメガネを説得したのは隣で鼻歌なんぞ歌うこのクソ野郎らしい。


『貴様を自ら監視すると推挙したヤクモの心遣いに感謝しろ』


 と言っていたが、感謝どころか殺意しか湧かねぇ。

 どう話がまとまれば俺まで任務に駆り出される方向に纏まるんだよクソったれ。


「祠に続く道の安全確保なんざ俺の知ったことじゃねぇ」


「もー、そんなこと言わないでくださいよ。これもわたしを助けるためだと思って協力してください。あとでおごるんでいっしょに王都のパフェ食べに行きましょ?」


「なにシレっとついて来る気でいんだよテメェ。あとなんだこのメンバー。神殺し舐めてんのか?」


「これでも十分人が集まった方ですよう? なにせ今回は突発的な邪神の出現ですからねぇ、人が少ないのも仕方がないのかもしれません」


「俺が言いてぇのは、人数じゃなくこの愉快なメンツのこと言ってんだよ。どこぞの村で見世物でものすんのか」


 ざっと見ただけでも俺以外に変態と眼鏡の他に、知らねぇ猫耳の女とクソガキまでいやがる。

 ルーナは当然論外として、他の五人は精々荷物持ち程度の役にしか立たねぇ。神を殺すにしても使えるのは俺を含めたくらいなものだ。

 それでもその邪神の力量次第じゃ足りない可能性だってある。


「なに考えてんだあの堅物メガネ。あのクソガキを使ったって何もできねぇのはわかり切ってんだろ」


「うーんなんかちゃっかり愛されてますねぇ? わたしが寝てる間になにがあったんです? 怒らないから教えてください。だってあれ絶対、事――ごッ!?」


「テメェの頭にゃそれしかねぇのか」


「い、いまのは効きました」


 生まれた小鹿のごとく足を震わせ、気持ち悪い笑顔を浮かべる変態。

 右手が穢されたような気分になるが、これくらいの力加減が丁度いいのだと学習できただけでも儲けもんだ。


「で、実際、あのクソガキ連れてくる意味あったか? 道案内ならお前でもできんだろ」


「たぶん何か意味があるんだと思いますよ? あの人無駄なことしませんし。伊達に知将って呼ばれてませんから」


「だといいんだがな」 

 

 どうにもテメェと同じ残念な匂いがすると感じるのは俺だけか?

 あいつどこかのネジが絶対にはじめけ飛んでやがる。


 女の趣味と言い、何もかもが最悪だ。

 さっさと引き取ってくれねぇかと本気で思う。


「それとどうでもいいが、なんで俺がテメェとセットで組まされてるのか納得いかねぇ。もちっとマシな人選はなかったのか。主に俺の精神面で」


「それは仕方ないんじゃないですか? ぶっちゃけ騎士さんたちじゃあ荒神さんに逃げられますし、まだ信用ならないあなたを野放しにするわけにはいかないっていうレイブン卿の判断です」


「……いつから俺は子守の必要なガキ扱いになったんだよ」


「たぶん、村への報復防止も兼ねた監視だと思いますよ? なんでわかるかって? もちろんわたしが提案したんで!! ぶっちゃけこう言っておけば嫌がる荒神さんと行動できる口実ができるんで、わたし的には大勝利!! って感じです」


 そう言って輝く笑みを浮かべる変態が、鬱陶しくテンションを跳ね上げてサムズアップを決めてきた。

 ようするになにもかもテメェのせいじゃねぇか!!

 都合三度目の本気の拳がアホ面に飛んだのはもはや言うまでもない。

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