第六話 聖騎士ヘルガ=レイブンクローの依頼
◇
閑話休題。
それでこうして膝を交えてみれば、気まずいどころの話じゃない。
そこそこ広い納屋の一角に集うように人が密集している。
いままで無防備に近い格好であった寝巻のヤエをそのまま話し合いに混ぜるという訳にもいかず、とりあえず簡単な普段着に着替えさせるのには苦労した。
「わたしの魅力に照れてます?」なんてふざけたことを抜かしていたが断じて違う。ただ純粋に、奴の痴態が見るに堪えねぇからだ。
おそらく生きてきた中で羞恥心という感情をどこかに落としてきたのだろう。
平気で人前で着替えようとするあたり本物だ。慌ててルーナが止めに入らなければ、マジで素っ裸にでもなっていたかもしれない。
「ふぅ。お着換え完了!! いやー男どもの視線からわたしを守って貰っちゃって悪いねルーナちゃん」
「い、いえ。でもこれからはもう少し人前に気をつけましょう。その、アラガミ様の前ですし」
「うん。そのことに関しては後日じっくりたっぷりお話があるから逃げないでね?」
俺はいったい何を聞かされてんだ。んでもって 右隣に腰かけるクソメガネの圧がすげぇ。
ルーナはルーナでどういう訳か俺から離れようとしねぇから、謎の圧を送るヤエに怯えてさらにしがみつき、見事な悪循環を形成してやがる。
正直、俺の身にもなってもらいたいもんだ。
「で、俺はいつまでテメェ等の夫婦漫才に付き合えばいいんだ」
「そんな夫婦なんて心外です!? わたしが愛するのは荒神さんだけ。確かに今朝からあんまり構ってあげられてないですけどこれからはちゃんと全力で愛を注ぐんでヤキモチ焼かないでくださいでもその呆れた顔もいい!!」
マジキメェ。
どういう思考回路をすればその結論に至れるんだこいつは。
「……んな下らねェもん誰が焼くか。で、実際、俺をこのクソメガネの隣に座らせた真意はなんだ」
「特に深い意味はありません。ただ愛する荒神さんに私の友人を紹介しておこうかなぁと思っただけです。断じてダブルメガネ降臨ご飯三杯イケるとかそんな邪なこと考えてません。ええ考えてませんとも」
愛というワードに耳ざとく反応するクソメガネ。
そんな目で俺を見るな。俺だってこの変態に関わるのは不本意なんだからよ。
二人の逢瀬を邪魔されたと言いたげな不機嫌さで目尻が吊り上がるクソメガネと視線がかち合う。
「あれあれ? なんだかただならぬ空気ですけどもしかして知り合いだったりします?」
そしてこの険悪な空気を目ざとく脳内変換させるのが変態たるゆえんだ。
狂ったように黒曜石の瞳を輝かせ、俺とクソメガネを交互に観察しだした。
「もしかして生前追い求めていた親友とかそういうムネアツの展開ですか? いやまてよ荒神さんの出生状況から考えると――はっ!? ま、まさか。あの伝説上にしか存在しない『あいつ夢で見た!!』展開ですかあああッ!?」
「「ただの敵だ」」
「息ぴったしじゃないですかヤダー!!」
何を興奮してんのか知らねぇがろくでもねぇ想像をしているのは確かだ。時折「鬼畜×堅物もゆる!!」とかほざいている辺り絶対に関わらない方がいい。だから余計なやぶを漁ろうとするのだけはやめろルーナ。テメェまで戻ってこれなくなる。
「さっさと現実に戻れ馬鹿」
「あいた!?」
話の流れについて来れないであろう、レイブンを横目で見れば件の奇行に眉を顰めていた。
こいつもまた英雄と変態のギャップに苦しむ哀れな奴なのだろう。
冷静な裏の仮面に、動揺を隠しきれていない。
「……おい、大丈夫か」
「ふっ、貴様に心配されるほど私は落ちぶれてはいない」
そうは言うが手が震えてんぞお前。
まぁ気持ちはわからなくもねぇが、強く生きろとしか言いようがねぇ。
するとどうトチ狂った解釈をしてんのか。震えるレイブンを見て柏手を打つヤエが思い出したかのように声を上げた。
「そうことならなおさらレイブン卿にも紹介しなきゃいけませんね。こちら、私の親友のルーナちゃんと、私が最も敬愛する愛じ――ふぐっ!?」
「テメェはまだ懲りてねぇようだな」
案の定、余計な情報まで付け加えられそうだったので迅速に黙らせる。
手の平でヤエの顔面を握りつぶす。モゴモゴと喚くブサイクな面の変態を放っておいて、勘違いがないよう堅物メガネに釘をさす。
「荒神裕也だ。俺はただの流れモンだ。このバカとは何の関係もねぇ。変な邪推すんじゃねぇぞ」
するとショックから立ち直ったのか、眼鏡を指の腹で持ち上げるレイブンが至って長い息を吐き出し首を横に振った。
その声はどこか自分を納得させるような響きがある。
「んだよ。無学なゴロツキとは喋りたくもねぇってか」
「ふっ、わかっているではないか。だが、そうか。いやそうであろうな。貴様のような育ちの悪い下衆に彼女の伴侶が務まるわけがない。余計な心配をしていた私が馬鹿であった。貴様にヤクモはふさわしくない」
「………………レイブン卿?」
そこで自力で拘束から解放されたヤエが笑顔で首をかしげる。
あーあー、自ら地雷を踏みぬきやがった。
さすがの騎士様も愛しき姫騎士さまの言葉には逆らえないのか、僅かに息を詰まらてみせる音が聞こえてくる。ヤエの鋭い視線に押し負け、重苦しいため息をついたあと、右手を差し出すさまは見ていて痛々しい。
「聖王都アルビニオン所属、銀翼の騎士団。団長のヘルガ=レイブンクローだ。彼女とは貴様より長い間共に戦場を掛けた戦友だ」
「そいつはさぞ苦労したことだろぉな。同情するぜ」
さすが堅物。あっさりと右手を差し出してきやがった。
クソメガネも素直に手を握るとは思っていないだろう。
期待に応えて、差し出された右手を払いのければそれで満足したのか。己の右手を一瞥し、忌々しそうに鼻を鳴らすレイブンの姿があった。
するとその自己紹介を聞いて、いままで大人しく黙っていたルーナが声を上げた。
「それでヤエ様のことをあんなに心配されていたんですね」
「へ? そうなの?」
初耳だと言わんばかりに顔を向けるヤエに、ルーナは大きく頷いた。
「はい。すごい剣幕でこの納屋に訪れていましたよ?」
「へー、それは意外だな。てっきり窮地に立ったら一人で何とかしろっていうタイプの人かと思ってたのに。……心配してくれてたんですか?」
ニヤニヤと意地の悪い身を浮かべるヤエに、
「ふん、当然だろう。貴様は私が認めた数少ない人間の一人だ。そこの男より付き合いが長いぶん安否の一つや二つ気になるのは当然だ。むかし何度か共に戦場で巡り会い、刃を交わした仲でもあるからな」
そっぽを向くようにして息をついた。
これがヤエが言う男の『つんでれ』と言うやつか。たしかに見ていて気色悪いな。
しかし、合点がいったようにルーナが手のひらを合わせれば、自慢げに語ってみせるレイブンの表情にも誇らしげな色が乗っていく。
ルーナの奴。うまく持ち上げたのかその表情はどこか上機嫌だ。――が、いちいち目の敵にされるのは鬱陶しくて仕方がないがそれでもクソメガネの言葉は続く。
「貴様と出会ってから一昨日で丁度、五年になるだろうな」
「ああ懐かしい。たしか王都防衛戦線の話ですよね? 私、あの頃は国の情勢とかまるっきり興味なく暴れまわってたからどっちが悪者なのか測りかねて、手あたり次第斬った覚えがあります」
「ああ。あの頃の貴様はその白銀の鎧を敵の返り血で染め剣を振っていたな。当時は忌々しい部外者だと考えていたがいまにして思えば、あの頃から私は貴様に夢中だったのかもしれない。貴様と死線を交わすたび、その風にたなびく黒髪をいつしか追うようになっていた」
「その言い回し、相変わらずで安心しました」
どうやらポンコツ同士波長が合うらしい。
会話の剛速球は相手を気遣う素振りはないまっすぐだが、クソメガネの恋文を肝心のヤエが理解していないのがまたツボだ。
本人同士が満足しているのならそれでいいが。
「そう言えばレイブン卿に一つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「なんだ改まって、私と貴様の仲だ何でも聞くがいい」
「それじゃあ遠慮なく聞きますけどこの惨状は一体なんですか? すごい戦闘痕でほぼ倒壊寸前の状態なんですけど」
「ふん知れたこと。貴様が野蛮なゴロツキに隷属を強要され、夜な夜な納屋で悲鳴が上がっていると村の長から報告があったのでな。不届きものを処罰しようとした結果だ。貴様が気にすることではない」
いっそ清々しいほどおくびれもなく言い放ちやがった。
話だけ聞けば全部俺が悪いみてぇじぇねぇか。
現場に巻き込まれたルーナがあまりにも哀れでならねぇ。
しかもテメェはテメェで「そっかー」と訳知り顔で頷いてんじゃねぇ。
すると変態の中で何かが引っ掛かるものがあったのか、語尾に疑問符をつけて小さく唸りだした。
「あれ、そういえば今までスルーしてましたけど、ここって確かリオン卿の領地でしたよね? どうしてあなたがこの村に?」
「本来なら卿が直接、貴様を訪ねるはずだったのだ」
「しかし、間が悪いことにリオン卿はカルディア帝国に不審な動きありとの報告を受けそちらに赴いている最中でな。使いを走らせるような案件ではないがゆえに、卿に頼まれて今回は私が代わりにこの領地に赴いた次第だ」
「ああなるほど、そういう訳ですか」
どうやらこの村の領主はこのキチガイ堅物メガネではないらしい。
ということはこの堅物メガネ。自分の領地でもない場所で好き勝手暴れていたという事になるが。
隣を見れば僅かに苦笑をこらえるルーナと目が合い、頷きが返ってきた。
まじで傲岸不遜だな、このクソメガネは。
「それでヤクモよ。仕事の話に入る前に一ついいか?」
「なんですか? そんなに改まって、それこそ私とレイブン卿の仲じゃないですか。何でも聞いてください」
胸を打つ仕草をするヤエの言葉に、険しく引き攣った切れ目が一層鋭く光る。そしてその青玉の瞳は、素早く俺を凝視した。
「そうか。なら遠慮なく問いかけるが、ヤクモ。貴様、この男に何か非道な真似はされたというのは真か」
「へ? 非道な真似ですか?」
「ああ、そうだ。私は村長からこの隣にいるクズの所業を余さず聞いた。その上でもし真実であるなら隠さず答えてくれ。私が神の代わりにそこの男を斬り殺してみせる」
剣の柄に右手を添え、いまにも斬りださんばかりに僅かに腰を浮かせるレイブン。キョトンと呆気にとられた表情を浮かべるヤエが、俺と堅物メガネを交互に見た後、なにか納得したように破顔してみせた。
「まさかー、そんなことありませんよ。昨日は残念ながら何にもありませんでした。きっと村長さんの勘違いでしょう。ねぇ荒神さん?」
テメェも目配せなんてしてくるんじゃねぇよ、余計な馬鹿までつられてんじゃねぇか俺を巻き込むな。
「……そうか。それを聞いて安心した。貴様がよもやこのようなチンピラに穢されたとあって我慢ならなかったのだが、どうやら私の勘違いだったようだ」
「あいかわらずレイブン卿は心配性ですねぇ」
「馬鹿を言うな。貴様に勝る存在などこの世にそういないが、それでも貴様は女だ。いつ何が起きるかわからんのだ、少しは自分を労われ」
「わかってますよ。でもルーナちゃんのことも心配してください。あなたに巻き込まれて怖い思いをしているはずなんですから」
俺はいったい何を見せられているのだろう。
このまま生ぬるい会話を聞かされ続けるのはごめんだ。
「貴様。たしかルーナと言ったか? ヤクモの友人のようだが先ほどは巻き込んですまなかった。部屋に二人女性が捕らわれていると聞いて気が動転していたのだ」
姿勢を正し、改めてルーナに向き直る堅物メガネ。物言いは相変わらずだが、これがこいつなりの礼儀なのだろう。
頭を下げるレイブンの姿を見て恐縮しきったルーナが、慌てたように顔の前で両腕を振ってみせた。
「そ、そんな困ります顔を上げて下さい!? それより父がすみませんでした。レイブン様のお手を煩わせるような頼みをしたばかりか、勘違いさせるようなことまで――」
「いいや気にするな。貴様のような美しい少女を傷つけずに済んだのは幸運だ。……そうだ。これは謝罪の印だ、取っておいてくれ」
そう言って、懐から布袋を取り出したのは握りこぶし二つ分の大きな袋だった。それをルーナの手の中に置けば、堪らず少女の腰が僅かに折れる。
その重量感のある小袋は少女の手に収まりきらないほど大きい。
断りを入れて紐を解けば、なかには大量の金貨がぎっしりと詰まっていた。
その輝きに目を見張り、続いて激しく首を振るルーナ。金額の大きさより惧れが先に勝ったのか、その声色は僅かに震えていた。
「そんな――、こ、こんなにいただけません」
「謙虚なのは美徳だが受け取ってくれ。守護を任されたリオン卿の領地を荒らしたとあっては私の家紋にも泥がつく。申し訳ないと思うのなら、遠慮の代わりに受け取ってもらえると助かる」
「ですが――」
「ならこの家の修繕費にでも当てるといい。私とこいつで随分と壊してしまった。これなら修復するより立て替えてしまった方が早いだろう。それに村長の娘である貴様にも頼みたいことがある。受け取りにくいのならばその前金と思ってくれればいい」
「……そういう事でしたら」
しぶしぶ受け取るルーナ。
金貨の価値がどの程度のものだか知らねぇが、ルーナの反応を見る限り相当な金額だったようだ。
なぜか途中で、俺を一瞥し鼻で笑われた気がするがこちらもいい大人だ。いちいち突っかかってテメェの品位を落とすことはしねぇ。
そしてすべての問題が片付いたのか改めて姿勢を正すレイブン。そのクソメガネにしては殊勝な態度を見て、ヤエの表情が僅かに引き締まった。
「それで。わたしに用って何ですか? あなたが出張るという事はずいぶん緊急の案件みたいですけど」
「ああその通りだ」
それこそすべての私情を殺した瞳でヤエを見つめ、
「昨夜、神託が下りた。上層部はぜひ貴様にも力を貸してもらいたいとのことだ」
聞きなれない言葉が室内に響いた。
神託。
つまり神からの依頼という事か。
左隣を見れば呼吸が止まったように顔を白くさせるルーナが俺に寄り掛かり、黒髪を掻き揚げるヤエもどこか複雑そうに顔を歪めていた。
「あー、使徒がいた時点で覚悟してましたけど、やっぱりそうなりますか」
悪ふざけをすべて押し殺した鋭い声が、事の深刻さを際立たせる。
「神託となると依頼内容は堕ちた土着神の討伐ですか?」
「ああそういう事になる。さすがの貴様とて今回ばかりは無事では済まないだろう。なにせ六百年ぶりの邪神の出現だ。データがなさすぎる」
「たしかにわたしも文献でしか見たことがありません。……ちなみに聞きますけど、わたしに拒否権は?」
「もちろんない。今回の神殺しは我らアルビニオン単独で行うように神託が下っている。四人いる≪至宝の剣≫のうち動けるのが私しかいない以上、貴様には前線で働いてもらう予定だ」
聞いていればあまりにも横暴な内容だが、その権力がこいつにはあるのだろう。
ヤエもそのことを理解しているのか不満を漏らすそぶりは見せなかった。
「もちろんできうる限りの報酬は準備するつもりだ。だが、相手は堕ちても神だ。私の私兵を使っても生きて帰れるか怪しい」
「ええそうでしょうね。専門家がいない以上わたしだけじゃ難しいかもしれません」
どういう訳か含みのある言葉と共に、黒曜石の瞳が俺に向けられる。
意気消沈して助けを求めている目ではない。
あれはあのクソ女神が見せた瞬く喜びと期待を称えた女の目だ。
本能が逃げろと警告している。
いやな予感に素早く席を立てば、手を伸ばし縋り寄ってくる変態が俺の足に縋りついた。
「待ってください!! こういう時こそ荒神さんの出番です!! あなたの二つ名の所以を見せてください。生でッッッ!!」
「やっぱテメェそれが目的か!! ふざけんな、んな面倒ごと誰が手伝うか。さっさとこの手を離せ!!」
「そんなご無体な!? わたしと荒神さんの仲じゃないですか。ちょっとくらい手伝ってくれても罰は当たりませんって後生ですから手伝ってください!!」
「テメェに関わると碌なことにならねぇって学んだばかりなんだよ。――足にしがみつくな、離せっつってんだろ変態が!!」
「いっふょにがんばりまひょうよぉおおおおおおおお!!」
女の顔を足蹴にするのに抵抗はねぇが、こいつの場合は顔面を潰しても惜しくはねぇ。
強引に振りほどいてやれば、何を勘違いしてんのか声を荒げるクソメガネも俺に掴みかかってくる。
「貴様、先ほどから気になっていたがヤクモとどういった関係だ。可憐なこの娘にすり寄ってどんな邪なたくらみを考えている」
「むしろあの変態がすり寄ってくんだよ。そのメガネは飾りかクソが」
余計な問題が次から次へと。
にらみ合い殺気が膨れ、苛立ちに頭が沸騰しかけたところで余計な茶々が入る。
「待って!! わたしのために争わないで!?」
本日二度目のヒモがブチ切れる音が脳内に響いた。
問答無用で鉄拳を叩き込む。
向こうの壁まで吹き飛び、頭を打ち付ける変態。
その顔は残念ながら恍惚に輝いていた。
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