第八話 護衛任務

◆◆◆ 荒神裕也――


 森の中腹まで差し掛かったところで、一行は休憩に入った。


 結局、ここまでの道中、亜人や魔獣と言った類の化物が現れることはなかった。

 ヤエの話では、祠に存在する土着神が邪神に堕ちたとき周辺の魔素が増大して魔獣や亜人の類が活性化するらしい。


 そのため当初は魔物の集団暴走スタンビートが予測されていた。

 故に祠に向かうための護衛はどうしても必要とのことだったが、どうやらそれも杞憂に終わったようだ。あとはなだらかな坂を三十分も歩けば祠に到着する。


 森の中心にある祠に近づくたび確かに不快な香りが漂ってくるが、それ以外の獣臭は感じられない。

 そしてそれとは別に忌々しい香りが背後から漂っている。


「にしても村に残った騎士共はなに運び込んでんだか。ずいぶんと大層な匂いを村から漂わせてんな。鼻が馬鹿になりそうだ」


「ここまで匂います?」


「独特だが神気の匂いだ。それも馬鹿みてぇに濃い」


 いっそ鼻を塞げればどれだけ楽だろう。

 風に乗って漂う香りが、まるで澄んだ神木の香りを鼻腔に擦りつけられているように感じさせる。

 この時ばかりは何も感じないやつらが羨ましい。


 現に至って平静な顔つきのヤエが人指す指を躍らせ、兵士たちの運んでいた荷物を指さした。


「十中八九、聖宝具の力ですね。儀式場で神を降ろし世界に固着化させたうえで退治するためのいうなれば疑似神域みたいなものです。今回はレイブン卿が使うみたいですけど――あっ、これ配給水ですどうぞ」


「自分勝手に動いて周りに迷惑振りまく癖に、こういう時は気が利くのなお前」


「ふふん、苦しんでいる子に手を差し伸べる。こう見えてわたしはできる子なので辛いときはドンと私生活の何から何まで任せてもらっていいんすよ?」


「それはぜってぇに拒否する」


 受け取った配給水に口をつければ、なにか香辛料と共に柑橘系の何かが混ざっていたのか、鼻に抜ける香りがの匂いをかき消していく。


「助かった」と礼を言えば、頬を主に染め「どういたしまして」と返ってくる。


 普段このくらいなら、意思疎通も取りやすいのだが高望みするべきではないとここ数時間の教訓が訴えかける。


 それにしても――


「疑似神域か」


 おそらくこの強烈な匂いの正体は、人間用に調整された神気が醸し出すなのだろう。

 通常、人間い神域を作り出すことはできない。

 それは才能云々ではなく、単純に魂に規格が違うからだ。

 どういう経緯でこれだけの神気を集められたか疑問だが、おそらくクソ女神のような神々が関わっているのは間違いない。

 

 そうなると考えられるのは、聖王都で信仰されている五柱教の神々の誰かという事になる。


 道理で強い神気を背後から感じるわけだ。

 ヤエの説明をうのみにすればこの世界を創造した神々の力だ。

 この場で厳重に封印された状態で運ばれる荷物でもこれだけの異臭を放つのだ。

 村に保管された本命は一柱相当の量込められている神気が存在しているに違いない。

 確かにこれでは聖別礼装が、使う人間を選ぶはずだ。


「これだけの神気を人間に預けるたぁ、天上の神々って奴もバカしかいねぇのか」


「まぁ、魔素には対となる神気が一番効果的ですからね。神には神。ということで五柱教の神々が作り出した神造兵器を用いれば何とかなるでしょう」


「……つぅことは、昔もこういった事例があったのか」


「はい。納屋でも話しましたけど最近だと六百年前のザトラス連邦付近にあった土着神の邪神化ですかね。当時は、新造兵器なんてなくて魔術や信仰から得た神気を駆使して戦っていたらしいんですけど、暴れ狂う邪神に少なく見積もって四千人の戦士と、五人の英雄がなくなったそうですよ」


 それは想像を絶するような地獄だったに違いない。

 むしろ四千程度の犠牲でよく勝てたものだ。


「それでその邪神はどうなった」


「事態を深刻に見た四ヶ国総出の攻撃で事なきを得たそうです。それでも地形が変わり、今では邪神の墓場として誰も寄り付かない魔素だまりになっています」


「それがわかってんのにこんな少人数で挑もうってか。マジで鬼畜だな、あいつらの神、――ッ!?」


 言葉を切って反射的に後ろを振り返った。

 黒曜を向けた先。揺れる茂みの奥には誰もいない。


「どうしました急に振り返って」


「……いや、なんでもねぇ」


 いくらなんでもこんな場所に一人でいるはずがねェ。

 そう思い直して、黒曜をゆっくり地面におろす。

 見知った顔を一瞬だけ見たような気がした。いや感じた、という方が近いか。


 直感のようなものだが、俺の勘はよく当たる。


 一瞬、とてつもなく強い神気を嗅ぎ取ったが、すぐに薄れて消えていった。


 しかも――


「(あの感じ――、以前どっかで)」


 全身を刺すような痺れにも似た感覚。

 現に魔物の群れを殺して得て体内にため込んでいた≪穢れ≫が跡形もなく消失している。並みの神域でもこうはならねぇ。少なくともあのクソ女神クラスの神気が必要なはずだ。

 それが一瞬で『浄化』された。


 あと考えられるのは――


「なぁ一つ聞きてぇんだが、なぜ土着神が堕ちると使徒が現れんだ」


「へ? わ、私に言ってるんですか?」


「テメェ以外の誰がいる。俺の気が変わらねぇうちにさっさと話せ」


 この世は諦めが大事だとようやく骨身に染みて思い知った。

 無知は罪だ。

 変に意地張って精神を摩耗させるくらいなら、適当に褒めてぬか喜びさせた方がマシだ。


 案の定、溢れんばかりに瞳を輝かせるヤエが、涙ぐみながら俺を見ている。ないはずの尻尾まで減資させるあたり相当こじらせているらしい。


「ついに。ついに荒神さんがデレてくれた」


「テメェに対してだけは絶対にありえねぇ。それに、一応前提条件を知っときたいだけだ。今後この世界で生きる以上は知っておかなきゃならねぇ知識だからな」


「うんうん。それにこの件に関しては半分、君たちにも責任があるようなもんだし知ってて損はないと思うよ」


 勢いよく身体を軸にし座ったまま黒曜を振れば、背後に飛び退る影を捕らえる。

 は軽やかな動きで黒曜の反りに足を乗せると、そのまま空中で身をひねるように三回転した後に地面に着地してみせた。


「とっとっと――。もーう、怪我したらどうするのさ危ないなー」


「人の背後取っといてよく言うぜ。で、何の用だ」


「いやなーんか楽しそうな話してるなーと思って近づいただけ、他意はないよ」


 そう言って猫耳少女が楽しそうに声を上げた。

 確か獣人だったか。ほぼ人間よりの容姿だが、身体の至る所には人間にあるまじき部位が追加されている。

 薄い銀色の鎧の動きに合わせて長い猫の尻尾がたおやかに揺れ、寅色の猫耳が何度も動く。髭の代わりなのか頬には二本赤い薄紅が引かれ、笑うたびに唇から鋭い八重歯が光った。


「にゃはは。ただ気になっただけさ、それより急に話しかけてごめんね。びっくりしたでしょ? ボク気配を消すのが得意だからさつい癖で」


「……そんで、俺達が事件の原因ってのはなんだ」


「うん? やっぱり気になる?」


「テメェで話題振っといてそらねぇだろ」


 そう言って肩をすくめてみせれば、首をかしげる猫女がにゃふふーと自慢げに息をついて指を躍らせて見せた。

 どうやらご機嫌らしい。

 あえて出しているであろうデコが太陽を反射させ、きらりと光る。


「使徒ってのはね。いうなれば堕ちた神を退治する断罪者の名称なのさ」


「断罪者? あの人形どもがか」


「そそっ。堕ちかけた悪い神さまを邪神になる前に討伐するね。五柱教にはそういう地上にいる土着神をまとめる神様がいて地上に使徒を遣わしてるのさ。それで、君達はその使徒を止む終えずとはいえ壊してしまった。――ボクが何を言いたいのかわかる?」


「その世界の自浄装置を俺らがぶっ壊したから今回の件が浮上した。そんでもってその尻拭いが王都に回ってきたってところか?」


 もしかしたらヤエが聖王都と懇意にしていたから、という可能性もあるが、ギルドは他の三ヶ国にもあるのでおそらく違うだろう。


「なるほどな。それで俺達にも責任があるか。……あんがとよ。訳の分からねぇ問題に勝手に組み込まれる前に事情が分かった」


「それでどうするの?」


「適当に落としどころでも見つけるさ。少なくともこの護衛任務くれぇなら引き受けてやってもいいくらいにな」


 で、テメェは誰だ、と聞けばその猫目を大きく見開かせて、意外そうに鼻をひくつかせる猫女が身を乗り出してきた。


「あれ? 僕の名前知らない? エルマ。銀翼の騎士団副団長のエルマさ。けっこう噂になってると思ってたけど聞いたことない?」


「こっちはあいにくと無学のゴロツキなもんでな世間の常識って奴を知らねぇんだ」


「ふーん。副団長の名前を聞いてもビビらない。いいね君!!」


 いきなり手を握られ、面を喰らえば、唐突に別れを告げられる。

 気がつけばもう他の誰のもとに走っている。


 ヤエとはまた違った自由さを持つ女だ。


 その証拠に周りの騎士に進捗状況を話しかけては、すぐに興味を失ったように去っていく姿はまさしく猫だ。


「んだよそのブサイクなツラして」


「なんでもありません」


 あからさまに不満げな表情を受けべ明後日の方向を向くヤエ。

 その視線は自由気ままに動いて回るエルマに向けられていた。


 すると聖宝具を地面に突き立て整備していた騎士が立ち上がり、確認作業をしていたレイブンに近づいた。


「――神々の聖釘せいてい固定完了しました。あとは神の祝福を流せば問題ありません。いつ邪神が現れても儀式は滞りなく進められるでしょう」


「よし、ではあとはどううまく邪神を誘導できるかだな」


「あの、討伐ではなく封棺することはできないんでしょうか?」


 いままで何かをレイブンと話し合っていたであろうルーナがか細く言葉を漏らした。するとあたりで作業していた全員の視線がルーナに向き、それぞれが顔を逸らしはじめた。


 話が討伐に傾いていいる以上覆らない真実だが、どうやら今まで守護してもらった守り神を殺すのに彼女の中でためらいがあるようだ。


 信仰に準ずる騎士たちも共感できる心理だったのだろう。少女の訴えに誰もが同情の視線を送るなか、空気を読まず口を開いたのはエルマだった。


 静まり返った森の中で、少女の軽い言葉が森に響き渡る。


「うーんそれは難しいんじゃないかなー。だって、ここ近年でも守り神の籠も落ちてたわけでしょ? 使徒が天から降るくらいだしここの神様はもう駄目だと思うなー。 堕ちかけだったらまだ希望もあったかもだけど」


「エルマ、口を慎め」


「はーいごめんなさーい」 


 そうして口を押えるエルマを一瞥したレイブンが、少女の肩に手を置き諭すような口調で口を開いた。


「私も神に仕える身。村の者である貴様の訴えはもっともだが、封棺の保証はしかねる。部下のエルマが言った通り神託が下った以上、邪神になり果てている可能性が高い。おそらく封棺が不可能なほど汚染が進んでいるのだろう」


「そう、ですか」


「残念だが受け入れるかない。……では私たちは村に戻るとしよう」


「テメェは仕事しないのかよ」


 俺の一言に動きを止めるレイブンが、あからさまに眉根を寄せて振り返る。

 

「ふん。忌々しいことに神討ちの祝詞を唱えられるのは私しかいないのだ。聖宝具を完全に使用するための準備もせねばならない。貴様は精々、ヤクモの邪魔にならぬよう励むことだ。――エルマ」


「はいはーい了解です。アラガミ=ユウヤの監視はこのエルマにお任せください」


 そう言うのは黙ってるもんなんじゃねぇのか?

 と思ったが口には出さなかった。

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