第十一話 俊足のエルマ

 早々に大鬼の首が天高く飛んだ。


 俺を含めた総勢八人の少数部隊。

 対して大鬼の群体は、五十を優に超え、まだまだ増える。


 圧倒的、数的不利な状況。それでも騎士たちの連携が瓦解しないのはひとえにエルマの働きのおかげだった。


「二人一組で各個撃破!!。浮いた敵はボクがジャンジャン狩っていくから、駆逐より隙を作ること優先でお願いねー」


「「「「「――了解っ!!」」」」」


 指示を出したときには三つ、大鬼の首が切断される。


 いまだ森の奥から補充されるように大鬼だけでなく、ゴブリンやホブゴブリンの群れが奇声を上げて突撃してくるが、騎士の連携が途切れることはなかった。


 互いの死角を補い合い、流れるように組変わる人の群れ。

 決して深追いせず、かつ致命傷を負わない戦い方。

 誰がどのタイミングで持ち場を離れても、カバーしあうように別の人間が背後につく。まさに一糸乱れぬ連携の見本だった。


「どうです? ≪至宝の剣≫ヘルガ=レイブンクローの鍛えた銀翼の騎士の強さは? お気にめしました?」

「ああ、上等だ」


 魔素から抽出した剣を打ち振るヤエの言葉に、俺の口角は知らず知らずのうちに獰猛に持ち上がっていたことに気付いた。


 所詮、雑魚と侮っていたがどうやら評価を改める必要があるらしい。


 互いに背中を預けるように剣を振るい、討伐まではいかなくとも決して浅くはない傷を負わせて離脱する。その一瞬の隙を背後からエルマが短刀で首を切り離す。


 ハマってしまえばこれほどまでに強い。

 大鬼も決して弱くはない。胴を切り離す黒曜から伝わる魔素の量から考えても、今戦っている騎士が全員で襲い掛かって何とか勝てるといった具合だ。


 本来ならば十秒もしないうちに三人が地面の染みに変わってもおかしくない戦力差。

 それでも、彼らの動きは至って冷静で淡々としたものだった。


 棍棒を振るう大鬼の攻撃を盾でいなし、バランスを崩したところで一人が剣を走らせる。残った一人は瞬時に周囲の状況を判断し、フォローを入れ、隙を作ったり、大鬼の動きを阻害する。


 確かに個々では弱小と呼ぶにふさわしい騎士共だったが、五十以上の決して弱くない大鬼相手に誰一人、負傷する者はいなかった。


 個々では大鬼に劣る弱さでも、均一にならされた群としての強さは大鬼よりはるかに強い。


「……おもしれぇ」


 呟いたと同時に、大鬼の頭蓋をかち割り、返す刀で目の前のゴブリンの首をへし折った。小枝を折るような感触が手首に伝わり、血肉が黒曜を通して穢れとなって蓄積される。


 前日とは比べものにならない魔素の味。

 ヘドロのように纏わりつく舌先に、眉をひそめていると背後から、斧を振りかぶる大鬼が怒号を上げて振りかぶった。


「GAIIIIIIAAAAッ!!」

「るっせぇぞデカブツ。いまいいところなんだから邪魔すんな」


 邪気転化。


 黒曜に蓄積した魂や穢れを刀身に薄く纏わせ、筋骨隆々の身体を袈裟けさに斬り捨て絶命させる。

 すると、上空から背後に躍り出たエルマが煌めく短刀を大鬼の頭蓋に埋め、解体しつくした。


「助太刀に来ましたよっと――」


 左右一対の深紅の短剣。

 どす黒い血液が纏わりつく深紅の刀身はどんなに血の汚物で汚れても、その美しさが変わることはない。形状からしても刺突斬撃解体とその用途は多岐にわたる。

 おそらく使用者が望めば、その双剣は主の思うままに解体対象を惨たらしい肉塊に変えてみせるだろう。


 聖騎士が持つにはあまりにも禍々しい二振りだ。


 それがエルマの手の中に違和感なく収まり、調和しているのだから笑えてくる。


「何しに来た」

「一人で大変そうだなーっと思ったけど――、どうやら大丈夫そうですね」

「余計な気づかいありがとよ。んでもって邪魔だ」

「にゃははッ!! はいよっと――」


 上空から一斉に刀剣を振り上げた五体の大鬼の一撃を黒曜一本で受け止め、そのまま押し返した。


「GOAッ!?」


 重心を崩した大鬼が仰け反った頃には、全てが終わっていた。返す刀で黒曜の一閃で五体全ての胸部に、横一文字の傷がえぐるように走る。心臓ごと破壊しきったその一撃は、一瞬で大鬼たちの意識を刈り取り地面に転がるゴミに変えた。


 

「ひゅーッ!! やりますねー。オーガ五体を相手に木刀一本で殺してみせるなん――てッ!!」

「テメェの方こそ、よくそんな得物でこいつらの骨を断てるな。見たところ、ただの短刀じゃねぇみたいだが」

「まぁかなりの業物ですからねぇー。それにバケモノ具合だったら君の大事な彼女も負けてませんよー」

「んな関係じゃねぇっつってんだろが、ダボが!!」


 吹き出る血液の雨にも構わず、俺の攻撃をしゃがんで躱したエルマが、懲りずに向かってくるホブゴブリンの銅と首を解体する。


 チラリと背後で目配せするエルマの視線を追えば、そこにはやや離れた場所に立つヤエが群がる魔物の群れに対し一人で対処していた。


「ギュガグググ」

「GAGGAAAッ!!」

「もうっ!! そこに立たれるとせっかくの荒神さんの活躍が見えないじゃないですか!? 邪魔です死んでください!!」

「ギュギッ!?」


 光のように走らせる剣の軌跡が迫りくる化物を等しく肉塊に変える。奇声を上げて拳を振り、ヤエを捕まえようと手を伸ばすもその醜い腕はついぞ柔肌に触れることなく絶命していった。


 しかも、ちょこまかと不自然に動いては、振るう剣戟の最中に地面に散らばった聖釘を剣ではじき上げ、正確に地面に打ち込む始末。

 その表情は、俺の視線に気づいて手を振ってみせる程度には余裕そうだ。


「さすがにボクもあんな神業はできないなー、ねぇねぇ君はどう思う?」

「知らねぇよ。つーかいつまで俺の後ろに張り付いてるつもりだクソが。他人を羨んでる暇がありゃ、あいつらのヘルプに行った方がいいんじゃねぇのか?」


 押され始めてんぞ、と忠告するとキツネ色の瞳がいまもその場に堪える騎士団に向けられた。


「おっと――、そうだった。それじゃ、頑張ってねー」


 全てが等しく死の前に立たされる現状を目の当たりにして、笑顔で去っていくあたりあいつもかなりの実力者だ。

 さすがクソメガネに次いでの副団長の地位に就いているだけのことはある。


 ふざけているようでその動きには一切の無駄がない。


 打ち払うようにして円を描く黒曜の動きに合わせて、伸びあがるようにして空中に躍り出た。俺の背中を踏み台にしたツケは後できっちり払ってもらうが、その過程で三体の飛び掛かったゴブリンの身体が縦に三つに割けた。


 勢いを殺さず、物量に押されかけていた騎士の中に潜り込めば、その全てを掃討し、仲間を援助し始めた。


「末恐ろしいな」

「まぁあの子は文字通り、レイブン卿の秘蔵っ子ですからね。あれくらいは朝飯前でしょう」


 入れ替わるように乱戦に身を躍らせるヤエが背後から現れ、背中を合わせる。

 奇しくも昨日と同じダンスを踊る羽目になりそうだが、無駄話にはこれがいい。

 後ろの方に視線を投げかければ、黒曜石の瞳と目が合った。 


「終わったのか?」

「ええ、滞りなく♪ 褒めてください」

「甘えんな。元々テメェの仕事だろうが」


 あからさまに肩を落とすヤエが白銀の剣をすべるように走らせ、正確に大鬼の角と心臓を破壊する。


 儀式に取り掛かる上で半日という時間を有する最大の理由は、強すぎる聖宝具を設置できる者が少ないという点であった。

 先も言ったが騎士共の仕事は、神域を聖宝具で固定し力場を安定させる事にある。神域の損傷具合にもよるが、神気を帯びた道具を扱うのには当然それ相応の負荷がかかる。

 後ろにいる女は鼻歌交じりにこれをこなしてみせたが、通常は少なくとも一つの聖釘を神域に打ち込むのに一分かそこらの時間を要するのだ。


 それを指定の位置に計三百六十本打ち込まねばならない。


 そこまでしてようやく下準備。あとは村から続く聖宝具と、祠を直結させてエネルギーのパイプを確保する作業が残っている。

 祠まで伸びる動線の延長線上に邪魔な魔獣や魔物がいると神気が濁り儀式の効果が薄れるらしい。


 だからこうして群がる魔物をが徹底的に狩る訳だが――。


「魔物の数が減らねぇ」

「ええ、それどころかより一層群がってきますね。いくら斬ってもキリがありません」


 地面のぬかるみから、酷く錆び臭い深いな匂いが肺を満たす。

 迫りくる魔物どもは打ち捨てられた同胞の死体を気にせず踏みつけ、行進を続けてくる。

 あまりにも無謀な特攻。

 奴らは何が目的でここまで必死に俺たちを襲っているのかわからない。


「(いくら領地をおかされたっつっても、ここまで馬鹿正直に正面から特攻する意味はあるのか? これじゃあただの自殺と何ら変わらねぇ。むしろこいつらの目的は――)」


 にあるのか?


 五十という当初の数はとうの昔に超えた。

 溢れである魔物の数はそれでも途絶えることはない。


 いくら襲い掛かってきても無駄なことは奴らもわかっているだろう。その動きや連携を図ろうとする攻撃から鑑みても知能がないわけではない。それでも、奇声を上げて飛び掛かってくる奴らの表情には覚悟めいた必死さが浮かんでいた。


 だとしたらなぜ?

 そこまで考えて、聞きなれた声が聞こえ、視線を僅かに傾ける。

 

「にゃはーい、ヤクモさんにアラガミ君元気にしてるかーい」

「テメェは相変わらずだな」


 騎士の少数部隊を引き連れ、エルマが手を振っている。

 しかしその声は表情とは裏腹に切羽詰まったものだった。


 群がる化物は、俺の殺気に気を取られて背後の一団に気付いていない。


 その隙を射抜いて、一陣の風が醜い化け物の首を撫でる。


 俊足のエルマという二つ名は伊達でないらしい。

 緻密な身体運びで、背後にいることを気づかせずに首を撥ねていく。血しぶきが動揺に変わり、エルマを先陣にして生み出された『道』を残りの騎士たちが身体を張って潜り抜けてきた。

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