第六話 荒神、世界の常識を知る
不滅の楽園、アルレヒア。
それが俺がクソ女神に送り飛ばされた世界の名称らしい。
全ての平行世界に存在するであろう力を内包した完璧な世界。魔術も魔法も超能力すら神々の天恵として与えられる世界はまさに不平等で生きる価値のある楽園だった。
聞きなれない言葉が多いなか、それでもはっきりとわかるのはこの世界はまさに俺が求めていた理想郷であったという点だ。
十四番目の渡航者曰く、
「まぁ荒神さん好みの世界という事は賛成ですね。わたしも一度この地に転生して、もしかして≪Suicide Crown≫の未来の世界線!? ――と思って期待して裏切られたのを覚えてますから」
といって肩を落として見せた。
確かにこの世界は俺の知り得る世界に近しいようで全く違う。
今更だがこうして当たり前に異世界の言語を聞き取れているあたり違和感しかないが「そういう仕様なので納得してください」なんて言われてしまえば納得するしかない。
『情報は正しく使わねばゴミ』という信条の俺からしてみれば考えられない怠慢だが、この世界に飛ばされ変態どもを目にして、時に諦めも肝心という事を学んだ。
今更グダグダ文句を垂れたとしても事実は変わらない。
ここはこの世界の常識として飲み込むしかないのだ。
初めてヤエにこの世界の事情や常識を説明させた時、胸に去来した言葉はまさに『自由』だった。
亜人、亜獣。魔獣から竜種まで生命が辿るであろう進化の系譜をすべて内包した混在するこの世界に基本的にルールはない。
他人を殺すのも。国を亡ぼすのも個人の思想に委ねられる。
まさにあのクソ女神が言うように全ての行いが許された世界。犯罪も救済も各々がしたいようにすることを容認された世界がこのアルレヒアだ。
幸か不幸か現在のアルレヒアには強力な魔獣や竜種といった驚異的な存在もあり、各々が団結し秩序を守るという形が出来上がっており、悪にまみれた混沌とした世界にはなっていない。
それでも人間や亜人が自由に国を興し、時に争いながら多くの命がこの世界で気ままに生活していると聞いたときには年がいなもく胸が躍った。
「ならこの森の近くにも国や領土は存在するんだな」
「はい。ここ『始まりの森』周辺は色々ややこしい制約や条約があって面倒な状態ですけど、四つの国境に囲まれてますよ?」
永遠の富と資源を持つ北の巨大都市、『機構興国ドラグリア』
五柱教が最も盛んに信仰される西の『聖王都アルビニオン』
多くの亜人が国を興し、様々な人種が混在する東の『ザトラス連邦』
最も巨大な軍事力と国土を有する南の『カルディア帝国』
と指折りに数えるだけでも四つの国境に囲まれて存在しているらしい。
そして四つの国々が不可侵領域としてこの森を囲っているという。
この森のほかにも巨大な大陸にはダンジョンや魔窟など人が到底住めないような土地や領地が存在するらしく、そう言った場所は基本的に人が住めないことから『未踏領域』と呼ばれ、世界の共有財産として世界に点在しているらしい。
故にここ『始まりの森』も不可侵領域のはずなのだが、ルーナたちが住むロンソン村は聖王都アルビニオン領に属しているらしく色々面倒な扱いをされているという。
そこまで説明されて疑問が残る。
確かにゴブリンと言ったような化け物は存在するが、人が住めない環境というほどではない。そのロンソン村とかいう村のように、森を中心に囲むように村を形成し、国を作ってしまえばそれで終いではないのだろうか。
すると俺の覗き込み、疑問を読み取ったようにわざとらしく咳ばらいをするヤエ。
どうやら説明したくて仕方がないらしい。
ここで長引かせるのも面倒くさいので話を促してやれば、さらにわかりやすく表情がほころび、笑みを輝かせてみせた。
「その理由は至って簡単です。この始まりの森は初代の勇者。つまりエルちゃんが初めて異世界からアルレヒアに呼び起こした渡航者の第一人者の出生地だからです」
そう言って自慢げに解説を続けるヤエは得意げに息をついて指を振ってみせた。
そしてその言葉だけですべての話が繋がった。
「ああなるほど。あらかた理解した」
「ちょっとーそれはないじゃないですか荒神さーん!? こっちだってあなたの役に立ちたいんですから説明さーせーてーくーだーいーよぉ!!」
「袖引っ張るんじゃねぇ!! ……はぁ、それでなんで面倒なことになんだよ」
自分で促しといてなに自慢げに胸を張ってやがんだこいつは。
ふふん、と鼻を鳴らし踊るように歩きながら回って見せる。
「勇者と呼ばれるようになったその方に続いてこの森から超人的な能力を授かった渡航者の排出されるようになったのが原因ですね。いまはどういう転生システムをしているのか知りませんけど、いくら自由を尊重された世界でも世界を変えうる力を持つ渡航者の存在は貴重ですから、各国で戦争が起きるようになったんです」
「それで不可侵領域、ねぇ。結局、自由を歌っても人間てやつは突き詰めちまえば最後に頼るのは力ってのは皮肉だな」
「ええそれにはおおむね賛同ですね――と、どうやら近くの公道に出たみたいです」
草木をかき分け進むこと約二十分。ようやく舗装された公道に出た。ただ見てわかる通り地面までの高低差が十メートルほどあり俺やヤエは別として、幼いマリナやルーナが飛び降りるにはキツそうだ。
一度逡巡するように顎に手を当てるヤエ。
こんなもん俺とヤエが一人ずつ小脇に抱えて飛んじまえばそれで終いだろう。何を考える必要がある。
「……そうですね。じゃあ、とりあえず荒神さんが下りて、そのあとにルーナちゃんやマリナちゃんを受け止めてもらっていいですか?」
まぁそれでも別に構わねぇが。
しかしその言葉に明らかに動揺する人間が一人いた。
言うまでもない姉のルーナだ。
「えっ!? こ、ここを飛び降りるんですか!! もう少し丘を下ればそんなことせずとも――」
「いいから行くぞ」
「へっ? ちょ、待ってくだ――きゃああああああああ!?」
今さらしり込みされるのも面倒だ。有無言わさずルーナを小脇に抱えて小さな崖を飛び降りる。横から甲高い絶叫が鼓膜を震わせるが関係ねぇ。
迫りくる地面を見極め、着地と同時に衝撃を殺す。身体にかかる負荷を最小限にとどめ着地すると、抱えたルーナの方から息を詰まらせる音が聞こえてきた。
「――うっぷ。……も、もうちょっと手加減してくれても」
「うるせぇ無事なだけありがたいと思え、――んで、問題はあいつか」
口元を抑え地面にへたり込むルーナに厳しく吐き捨て、崖を見上げれば恐怖でしり込みしているマリナが見えた。
まぁいきなり飛べってのは無理があるか。
安全を証明する上で姉のルーナと飛んだが、どうやらそれが逆に恐怖心を植えてしまったらしい。明らかに飛ぶのをためらっている。
助けを求めるように右往左往する視線。これはもうダメか。諦めて俺がそのまま迎えに行こうと崖に手を掛けたとき、ヤエがマリナに何かを耳打ちしているのが見えた。
ヤエがそのままマリナを抱えて飛ぶのかと思えば、頭上で突然の奇声が響き、
「マリナ!?」
ルーナの絹を裂くような叫びが聞こえた。
瞼を力強くつぶり、崖から飛び降りたのだ。
後ろでルーナの悲鳴が聞こえるが今はどうでもいい。咄嗟にバックステップで十分な助走距離を確保する。その視界の端でヤエが親指を立てて笑顔を浮かべていたのが見えた。
「あの野郎」
舌打ちのあとに助走をつけて宙を跳んだ。
落下に合わせて服をはためかせる小さな体躯を受け止め、
「やああああああああああああ――わっぷ」
着地する。
滑り込むように着地の勢いを殺せば、いままで硬く瞼を閉じていた自殺志願者と目が合い、左右に顔を動かしたと思えばカラカラと喜びに満ちた声を上げ始めた。
「ナイスキャッチ荒神さん!! それとナイスジャンプマリナちゃん」
「テメェ。落としたらどうするつもりだったんだボケ!!」
「荒神さんがそんな凡ミスするわけないじゃないですかヤダなー、信じたうえでの決断ですよ。それにマリナちゃんのお願いでもありましたし」
いい仕事したな―とほざいて額の汗を拭くフリをする馬鹿から視線を移せば、照れたように微笑むマリナの姿があった。
何が目的でこんなふざけた余興をしたのか理解できねぇがここで俺が怒鳴り散らすのは筋違いだしキャラじゃねぇ。
もっと適任の奴がいる。
大きく脱力して後ろに控えた姉にルーナを投げ渡せば、微笑みから一転。少女の表情が硬く強張り、背後で鬼のような説教が繰り広げられた。
まぁ自業自得だ。今回はたまたま興が乗ったから助けたが二度はないと思え。
そして――、
「荒神さーん。私も受け止めてぇえええええええええ!!」
「キメェ」
両手を広げて無防備に頭から飛ぶとか正気の沙汰じゃねぇ。
そして生憎、おれはそんな博愛精神に満ちた天照でもねぇ。
二度目はない。
迫りくるヤエに対して、無慈悲に身体を半歩横に逸らす。案の定、慣性と重力に捕らわれた馬鹿の身体は放射線を描くように地面に激突した。
その途中、裏切られたような絶望的な表情を浮かべたヤエが見えたがいい気味だ。おろし金よろしく顔面から地面に激突し、バウンドして動かなくなる。
残念ながら骨が折れる音は聞こえなかったから死んではないだろう。
すると思った通り何事もなく起き上がったヤエが鼻を抑えて、死人よろしく頼りない足取りで歩いてきた。
「うぅしどい。酷い裏切りを見ましたよ荒神さん」
「俺とテメェのどこに信頼なんて曖昧なもんがあんだよ」
鼻っ柱を抑えて呻くヤエだが負傷らしい負傷はない。
これも天恵の恩恵なのか。俺が言うのもなんだがあまりにも人間離れしてやがる。
「……渡航者ってのは便利なもんだな。普通、首の骨一本追ってあの世意気だってのに、腕一本落としても生え変わるんじゃねぇのか」
「いやいや、わたしトカゲじゃないんで無理ですねそれ。まぁ、これは冒険者としての天恵補正ですかね? これくらいのかすり傷ならレベルによってはあっという間に回復しますよ? ――ほら」
そう言って手を離して見せれば赤く腫れていた鼻が元の白さを取り戻している。
にしても、
「冒険者? なんだそれは」
聞きなれない単語に首をかしげると、ややあって納得したように柏手を打つ音が聞こえた。しかし、前方で俺たちを呼ぶルーナたちの声が飛んできたので、ヤエは肩をすくめるようにして荒く均された道を指さした。
「そうですね、とりあえず道すがら説明しますね」
そう言って俺とヤエは無邪気に先走る二人の後を追うように歩き出した。
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