序章 神は殺す!! 一柱残らずだ!!

第一話 クソ女神との邂逅

◆◆◆ 荒神裕也――


「この空間は――」


 白い白いどこまでも奥ゆきの存在しない謎の空間。

 目を覚ませば、見慣れない世界に俺はいた。


 記憶の前後が曖昧だ。

 僅かに痛む頭を押さえれば、瞬く間に記憶が保管され、自分はすでに死んでいたことを思い出す。


「そうだ。俺は、――あの時死んだはずだ。開耶の天叢雲剣に貫かれて」

 

 神気を込めた一撃が皮膚を裂き、穢れに蝕まれた肉をかき分け、薄汚れたきたねぇ魂を浄化させたのを確かに感じた。

 本来であれば四散した魂は跡形もなく空中に漂い、呪いによって保たれていた肉体は浄化の光によってそのまま死滅するはずだ。

 にも拘らず俺の肉体は未だに健全だった。刺し貫かれた胸部に穴は開いてないし、血が流れ出た痕もねぇ。

 あの祭りで天叢雲剣によって折れたはずの黒曜ですら完全に復元されている。


「ここがあの世って奴か?」

「うーん。まぁ似たようなものだけどちょっと違うかな?」


 不意に命の気配が背後に突然現れ、素早く身体を入れ替え、黒曜を構えた。

 なにもいなかったはずの場所から唐突に表れた存在感。

 そこには真っ白なローブを着た一人の女が立っていた。


 おおよそ俺の頭一つ分くらい小さい、線の細い女だ。異国の巫女のような儀礼服に身を包み、流れる金髪はまるで金糸のように鮮やかでなぜか胃がムカムカする。

 全身白づくめで顔も見せねぇとあっては胡散臭い存在であること間違いねぇ。

 そして何よりもこの存在力。


 人の身で神の魂を喰らってきた俺だからこそ測れる馬鹿げた存在力の塊。

 あの天照開耶の親父。天照大御神あまてらすおおみかみをも軽く凌ぐほどの化け物だ。


「……テメェ。いったいなにもんだ」

「ふふ。あなたに危害を加える気はありませんよ。荒神裕也さん」

「――ッ!? なぜ俺の名前を知ってやがる」

「あなたのことでしたら私、全てを知っていますよ? とりあえず友好的に握手なんてどうですか?」


 凛とした耳障りな声が鼓膜を震わせる。差し出された右手を一瞥し、鼻腔に神木を直接擦りつけたような香りが脳内に叩き込まれた。

 人間を引き付けるような魅惑の芳香。

 まるで陶酔感を覚えるようなこの香りには覚えがある。


「神気、か。それも馬鹿にならねぇほどの高い濃度」

「ふふっさすが神喰らい、百点満点の花丸をあげましょう」 

「はっ、馬鹿にしてんのか」

「いいえ。純粋にあなたの実力を称えてるだけ、他意はないわ」


 他人に自分を信奉させるような匂いを振りまいておいてよく言う。

 俺の場合はそうしている程度で済んでいるが、並の人間だったらこうはいかないだろう。

 悉く、この女を信奉し、崇め奉るに違いない。


「まっ、それだけあなたの存在力が強固な証拠に他ならないわね」

「何を言ってやがる」

「いいえ、こっちの話。あんまり気にしないで」


 いまのところ存在力がバカでかいってだけで敵意は感じられない。

 友好的な関係を築けるかどうかで言えば答えはNOだ。

 だが、現状はこの女に実情を聞かねぇことには話が進まねぇ。


 どうすべきか思い悩み警戒していると、謎の女が差し出した右手が唐突に震えだし、指先がゆっくり拳の形を作り出した。

 油断させてからの不意打ち。

 あまりにも無害な姿を匂わせるから反応が遅れた。

 巨大な一撃が見舞われるかと身構えていると、


「もう!! 天照ちゃんを置いてなんで死じゃったのよ!!」


 小動物を思わせるような力のない拳が何度も胸元に打ち出された。

 思わず漏れた声にも構わず、肉を打つたび白い空間からポカポカと馬の蹄のような間抜けな音が響き渡る。

 なんだ、このふざけた空間は。


「……おい、何の真似だこりゃ」

「もーう!! どうしてあなたが死んじゃうかなそこは共闘でしょうが共闘ッ!! こちとらせっかく天照ちゃんとの熱い共闘シーンが見れると思ったのに、なぁあああああんで死んじゃうかなぁあああ!! もうこのおたんこなす!! ツンデレ!! この、バカバカバカバカ馬鹿ぁああああああああああああああああああ!!!!」


 訳の分からねぇ恨み言に続いて繰り出される拳の嵐に、顔をしかめて振り払う。

 すると細い肩はすんなりと後ろに突き飛ばされ、甲高い淑女の悲鳴と共に、女の身体は簡単に地面に押し倒された。


 何がしてぇのかわからないが、とりあえず黒曜をきつく握りしめ、いつでも殺せるように身構える。


 駆け巡る疑問が、濁流のように押し寄せ次々と情報を整理していく。

 一瞬、巫女か何かかと疑ったが、存在力の大きさからして人間でないのはわかる。

 少なくとも俺の知り合いに、こんな辺鄙な野郎はいない。

 しかし、あの巫女のガキに調べさせた限り、天照の知り合いにもこんな珍妙な格好をした奴はいなかった。

 俺と天照のことを知り、なおかつあの最終決戦の結末を知る者。

 天照の知り合いでもなければ知り得ない情報を、この女はなぜ知っているのだ。


「そんなの簡単よ」


 すると、鼻を啜る音と共に凛とした声が聞こえ、立ち上がるなり胸を張るまな板女。その金髪ローブのまな板女を訝しげに見れば、肩を大きく上下させる女の口からありえねぇ言葉が飛び出してきた。


「だってわたし神だか――キャッ!?」


 ほとんど無意識に黒曜を振り下ろせば腰を抜かした女が白い地面に座り込んだ。

 頭頂部目掛けて振り下ろされた黒曜は空を斬り、手ごたえのない虚しい風切り音だけが手元に伝わってくる。


「チッ――、外したか」


「ちょ、ちょっとタンマタンマ話を聞いてくださいお願いします怖いからその木刀近づけないでッ!?」

「クソ神の野郎どもは全員ぶっ殺したと思ったんだがまだ生き残りがいたとは思いもしなかったぜ。……なるほど俺の役目はテメェをぶっ殺して終了と、そーいう訳か」

「はわわわわわっ、ちょっとストップすとーっぷ」


 黒曜を振り上げれば、その白い腕を大降りに回して静止の声が上がる。

 あまりにも緊張感がなさ過ぎて、いまいち真剣みに欠ける。

 小さく舌打ちして黒曜を引けば、大きく胸を撫でおろして息をつく女。ゆっくりと腰を持ち上げれば、シワのついたスカートを伸ばすように叩き始めた。

 そして改めて、ベールの奥で見えない顔を上げると、女は大きく咳払いをしたのち自己紹介の言葉が飛んできた。


「初めまして荒神裕也ちゃん。私は世界の転生、転移を担当している主神の娘、女神エルマネシュと言います。――以後よろしく」


 そう言って厳かに態度を改め、純白のローブのスカートを軽くつまむと、絹とも思えない光沢の輝きを放つ布を持ち上げ、軽く腰を折った。

 見慣れぬ仕草に面を喰らうが、何よりこの女は今なんといった。


「おいおいマジかよ。冗談じゃねぇのか、こんなまな板女が神、だと?」

「もう!! これでも最高神の娘なんだから、例え天照ちゃんの唯一の親友だからと言ってもそれは許しませんよ!? 特に後半のまな板は訂正しなさい、殺すわよ? ……あっ、でも天照ちゃんの恥ずかしいエピソード一つ語ってくれれば許します」


 そう言って狂ったように百面相を繰り出すこいつが神?

 黒曜を喉元に近づければ、きゅうりを見た猫みてぇに間抜けな動作で後退るこんな奴が?


 はずだが、一体どうなってやがる。


「ああ、それは貴方が活躍するアニメの設定のお話ね。実際は私みたいな女神が存在するのよ。えっと、見るのは初めてよね?」

「設定?」

「ええ、と言っても今のあなたは混乱するかもしれないからあえて語りません――と思ったけど何もかも包み隠さず話すのでその木刀はやめてください神気がゴリゴリ持ってかれるんですはい」


 呻くようにブーブー悲鳴をならすクソ女神を黙らせ、とにかく情報を引き出す。


 それから体内時計で言うところの小一時間語らせた情報によると、どうやら荒神裕也というこの存在は、人間そうさくしゃの手によってつくられたアニメのというものらしい。


 俺という概念を作った馬鹿がどのような目的であの狂った世界を構築したのかは知らねぇが、俺らが感知できない『第四の壁』という向こうの世界てれびの向こうから俺らの行動全てを俯瞰する形で娯楽として同類共オタクに提供されていたらしい。


 つまるところ俺、荒神裕也は虚構の存在であり命なき娯楽のために生み出されたちっぽけな存在だったという訳だ。


「狂ってやがるな。何もかもが」

「まぁ文句は私じゃなく原作者に言うしかないでしょうね。まだ死んでないからあれだけど」

「テメェはなにしれっと俺の思考を読んでやがんだクソったれ」


 そう吐き捨て女を睨みつけるが、実際はかなり混乱しているのも事実だ。


 死んで地獄の窯に投げ捨てられるのかと思いきや何だこの仕打ちは。

 全てが嘘で、偽りだっただと?

 他人の娯楽のために生きていたなんざ笑い話にもなりゃしねぇ。

 いや、そうなるとそもそもすりゃ怪しいじゃねぇか。

 懐に手を伸ばしたところでいつもの場所に煙草がないことに気付いて、再び舌打ちする。


「で、テメェの筋書き通り俺がアニメのきゃらくたーってのなら、俺はもう死んだはずだろ。少なくとも俺の世界ではそうだった。なんで俺が生きてる」

「あら、意外と立ち直りはやいわね。もう少し落ち込んだり嘆いたりするものだと思っていたのだけれど」

「なにしれっとカメラ出してんだクソ女神!? 喰われてぇのかテメェは!!」

「ああああぁッ!? だから木刀でツンツンするのやめてってば!? それ使ってるあなたならどれだけ危険なものかわかってるんでしょ!! うぅ~すっごくだるい。神気めっちゃ持ってかれてるよぉ~」


 この黒曜の能力を知っているのはごく一部の人間だけだ。

 あの天照開耶さえ、この黒曜の全貌を知らない。

 どうやら黒曜の特性を知っている点から考えても、このクソ女神が嘘を言っているとは思えない。

 とするなら俺と天照の幼少期の話を知っている点からもこのクソ女神の言葉は十分信憑性の高い情報という事になる。

 

 別に情報の正誤なんて関係ねぇ、嘘であればこの場で叩き切って終いだ。


「なんかすんごい物騒なこと考えてない?」

 

「テメェが嘘偽りなく答えりゃそれで丸く収まるんだ。で、どうなんだよ」

「もぅ天照ちゃんの嫁じゃなかったら切り刻んでやるのに。――ええ、そうよあなたは死んだわ。天照ちゃんをたった一人残してね。それとも貴方が死んでからの結末、知りたい?」


 こいつさっきから気になってたが天照の知り合いって訳でもねぇのに、妙に馴れ馴れしい気がする。

 少なくとも俺がクソ神どもを殺すときの執着心と同等か、それ以上の執念を感じさせる。

 ――というよりこいつがなぜそこまでして天照にこだわるのかわからねぇ。

 そんなことを頭の片隅で考えていると、先ほどまでしおらしかったクソ女神が黒曜を押しのけて、進み出てきた。


「そりゃそーよッ!! だってわたし天照ちゃんの大大大大ファンなんですものッッッ!! 天照ちゃんのことならすべてを知りたいのは当たり前でしょ!! 恥ずかしい思い出話から泣ける英雄譚までそアニメや漫画で語られなかったことの全て!!」


「キメェ」


 するとクソ女神の非難の視線が俺を睨みつける。

 ローブの奥で白い布切れが頻繁に前後していることから、興奮でもしているらしい。

 これがオタクという部類の生き物なのだろうか。

 頭から蒸気を吹き出す様はまさにシュールで、いっそ現実離れして笑えて来る。実際に鼻で笑ってやると再び猫パンチが飛んできて、なぜか虚しくなってきた。


 俺の全てをかけて殺してきた上位存在がまさかこんなアホだとは思いたくねぇ。


 というか半分涙声のクソ女神の訴えがさっきからうるせぇ。


「もう聞いてるのっ!! ホントにどうして天照ちゃんを置いて行って死んじゃったのよ。あなたが死んでから全部の真相を知って、天照ちゃんがどれだけ嘆き悲しんだかわかってるの!?」

「あん!? んだ、その冤罪は。おれには関係ねぇだろうが」

「というかなんであんなポッとでのクソ野郎にあなたが利用されなきゃいけないわけ!? そこんとこホントわかんないんだけど。ほんっっっと人類って残酷なことをするわ。アニメの中でくらいハッピーエンドあってもいいじゃない!?」


 もはや支離滅裂だ。

 あのクソ神どもみてぇに自分勝手に他人の運命を操って、好き放題己の謀略と享楽を享受していないぶん、なお質が悪い。


「だから、貴方のデータを全部無理やり救い上げてやったわ!! 神の権限でね」

「チッ――、これだから神は嫌いなんだよ。まるっきりでたらめじゃねぇか」

「神に不可能なことはあんまりないのよッ!!」

「だいたいよテメェが神ならそれこそあいつのプライベートの一から十まで覗き放題じゃねぇか。アニメがなんだか知らねぇが、それこそ神なら思いのままだろうが」

「それじゃあただのストーカーじゃないッッ!! 確かにわたしは彼の全てを知りたいけど、推しのプライベートをきっちり分けて見守るのが最高のファンよ。わたしの、天照ちゃんの想いを舐めないで頂戴ッッッ!!」


 キリッなんて下らねぇ擬音出したって間抜け面は変わらねぇよ。

 つか頭がいてェ。こんなポンポン好き勝手出来るんなら少しはテメェの頭の心配でもすりゃいいのに。


 面倒になって黒曜で額を小突いてやれば、熱と一緒に黒曜の中に莫大な神気が補充される。それでも軽いうめき声と共によろめく程度で、存在自体を食い散らかすことはできなかった。

 黒曜の特性がいい具合に鎮静効果をもたらしたのだと思いたい。

 ようやく我に返ったのか黒曜と俺を静かに交互に見据えるクソ女神。若干気まずそうに肩をすぼめ、ようやく落ち着きを取り戻していった。

 

「ご、ごめんなさい。少しだけ興奮してしまったわ」

「あれで少しなのかよ。神ってのは本当にメンドクセェ馬鹿ばかりだな」

「……仕方ないでしょあの子みたいにオープンなオタクじゃないんだから。あんまりうるさいと本当に大鍋でゆでて食べちゃうわよ」

「その前に、こいつでぜんぶ平らげてやるよ」

「ああごめんなさいごめんなさいそれだけは勘弁してホントにだるいんだから神気食べられるの~~」


 肩に黒曜を押し付ければ、怯えたようにクソ女神が身をよじった。

 通常なら、軽く小突いただけでも相当な質量の神気を喰らいつくすはずの黒曜が逆に喰いきれずにいるところを見るとやはり相当な高位の存在なのだろう。


「ちょ、ちょっとやめてってば」と堪えるように小刻みに震えるクソ女神を一瞥してから大きく息をつく。

 こんな間抜けな話、信じたくはねぇが認めるしかないようだ。

 俺はこのクソ神の所為せいでどうやら死に損なったらしい。

 逃げるように去っていく女神の後を追い、立ち止まれば、地平線が存在しない白い空間の向こうに大きな泉が広がっていた。

 

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