僕の復習計画

@fucci0121

プロローグ

 ここは霊安室。中にいるのは2人……僕とかえでだけだ。1人は生きている、もう1人は死んでいるそうだ。実感が湧かなかった。


 どうして楓は交通事故に巻き込まれてしまったのだろうか?


 楓は悪くない。惹起者じゃっきしゃが悪い。許さない。殺してやる。楓を悪くさせた奴は、みんな殺す。




 ────





 インターフォンが鳴った。


 楓かな……


 読んでいた本を閉じ、すかさず玄関に向かう。


「どちら様ですか?」


 ボヤけたガラス越しにでも分かる楓の姿。気持ちが弾みながらもすぐに扉を開けた。


「あ、慎太くん」

「とりあえず上がって」

「ありがとう」


 楓が片手にぶら下げている袋には、僕の大好物のポテチが入っていた。


「ポテチ……持ってきてくれたんだ」

「慎太くん、いつも食べてるからね」


 土日の昼頃には決まって楓は家に来る。これも最近になってからの事だ。理由はちゃんとある。楓の家庭の事情だ。


 どうやら楓の両親は仲が悪いようで、彼女自身も被害を受けている。だいぶ前の土曜日の昼、図書館に行く途中、楓の家の前に通った時、母親と思われる怒鳴り声が聞こえた。内容は楓に対しての人権否定だった。玄関前でも十分に響くあの声は、今でも耳に残っている。


 楓の口からも、両親の仲が良くないというのは聞いていた。


 とある日彼女に提案してみた。


「うちに遊びに来ないか?」


 彼女は、遠慮がちに否定していたが。最後は俺の押しに負けて、提案を受け入れてくれた。


 こうして毎週はうちに来ては一緒にテレビゲームや勉強したり、面白い本を紹介したり、遅くなるときには夕食を作ってもらったりもしている。


 女の子がテレビゲームというのはあまり印象がないが、僕がテレビゲームの面白さを教えると、楓は根を詰めたようにテレビと睨めっこしている。


 週末はこんな感じの繰り返しだ。


 そして、とある日を境に彼女の様子がおかしくなっていた。うちにいる時、ゲームもしてないし本も読んでないのに突然涙を流し始めたり、僕の話をぼーっとした様子で聞き流されてしまったりすることが多くなった。


 楓は学校で差別されているというのを聞いている。


 これが原因なのか?


 彼女に安心できる居場所を作ってあげたいという僕の幼馴染ながらの願いが、家にあげるとうのだが。学校では彼女の側にいて同情してあげることしかできなかった。彼女に対する具体的な差別相手が分からず、正直怖かったからだ。


 クラス全体の女子からの対応は冷たく、男子からは性的な目でしか見られていないというのは、長い間クラスに馴染んでいれば分かる。


 僕だけは裏切らないという意思表示のため、「何があっても僕だけは必ず側にいるから」という臭い台詞にも、彼女は涙を流していた。


 そして、彼女は行くところまで行ききってしまった。


 ある日、学校の帰り道に楓が急に泣き崩れ始めた。そして全てを打ち明けてくれた。楓の所持品は無くなったと思ったらゴミ箱に捨てられていて、脅されては体で代償を払わされてと。卑劣極まりなく、聞くたびに虫酸が走るものだった。ひたすらに彼女の背中をさすり、同情するばっかだった。


 僕はおかしくなり始めた。


 このまま家に帰しても親の虐待を受ける。うちに泊めた日には次の日、楓がどうなるかすら分からなかった。


 僕は何もできない自分を恨んでいた。


 そして僕の中の何かがブチっと切れる音がした。


「明日全てを終わらそう」

「……終わらすって?」

「ケリをつけるんだ」

「ケリ?」

「うん。警察に行こう」


 別に警察に頼ることなんか恥ずかしいことじゃない。これで人1人を救えるくらいなら。


「下準備があるから、せめて今日だけは我慢してくれ」


 ……そう、復讐の内容を練るためだ。楓に嫌な思いをさせた人間、全てに復讐するため。


 この時、僕は僕を見失っていた。


 復讐……つまり僕が僕として終わってしまうことを意味する。


 何を、楓にこんな思いをさせたんだ。そんなことどーでもいい。


「う、うん……」

「じゃあ明日……昼にうちに来て」

 

 そして楓を家の前まで送っていった。しかし楓は家に入ろうとしなかった。


「やだ……」


 静寂だけが僕と楓を隔てて、やった発した言葉がそれだった。同時に袖を掴んできたその手は僅かに震えていた。


 涙声……


 俺の心は締め付けられそうになる。


「我慢だ、今日だけ……明日から自由にしてやるから」


 感情的になってしまった。怒ったように捉えてしまっただろうか……


「分かった」


 楓はそう言って家に入っていった。


 その日の夜は寝る間も惜しんで、復讐の計画を立てていた。







 翌日、僕は机に突っ伏せて寝ていた。計画の途中で寝てしまったのだろう。


 そしてはっと我に帰った。


 今何時だ……


 時計の短針は11を指していた。


 まずい、準備をしなくちゃ。


 カーテンを開くと、太陽の光は差し込んで来ず、ただ灰色に気分を落ち込ませる色だけが僕の部屋を色付けた。


 適当に服を選んで、本を読んでいた。




 何時間経っただろうか……彼女が来る気配が一向になかった。


 嫌な予感しかなかった。楓は約束を守る人だ、来れなければ連絡が来るはず。


 居ても立っても居られなくなった俺は、すぐさま家を出ようとした。その時だった。


 バッグの中で、ベル音とともに携帯が振動していた。すかさず携帯を手に取り、着信相手を見てみると、楓という名前が記されてあり、すぐに繋げた。


「楓! 今どこだ!」

『……もしもし、慎太くんね』


 電話越しの相手は、落ち着いていて、少し弱々しい声だった。そしてきっと楓の母親なんだろうと察しがついた。


「楓はどうしたんだよ!」

『落ち着いて、聞いてほしいの』


 嫌な予感がした。


『あのね』

 

 楓の携帯から、楓の母親が出るなんて。


『……楓はね』


 やめてくれ……











『交通事故に巻き込まれて、亡くなったの』


 











 頭の中が真っ白になった。


 外からはザーザーとひたすらに雨が地面に叩きつけられる音が響いていた。

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