第20話
文化祭は成功のうちに終了した。小冊子は全冊配布を達成し、バザーの売り上げは過去最高金額に達し、近所に多大なる迷惑をかけながら行われる後夜祭での伝統行事「水文字」は、強風のため一時は中止も危ぶまれたが、何とか敢行され、そんなこんなで、煌々ときらめく巨大な魂の文字が生徒たちの思い出の一ページにしっかりと焼きついた頃には、前夜祭で行われた演劇なんて当事者以外の記憶からはすっかりと消失していた。
「もしもし……どした?」
「慰めて」
「はいはい愛してる~」
当日は緊張や感動、その他さまざまな感情に振り回されて涙を流してばかりだったバザー係長――今はそんな役割も終え、文芸部副部長か――からそんな電話を受けたのは、清流祭翌日のことだった。
「副会長にフラれた……」
「マジかよ告ったのかよお前」
「うん……」
ひどく素直な返事だった。
「今はまだ男性として見られない、友達としてからならいいよだって。それと」
「それと?」
「今は受験に集中したいって」
「あー、確か東大目指してるんだっけか彼女は」
文化祭ようやく終わり、いよいよ受験に本腰を入れる頃合、恋愛なぞにうつつは抜かせないと。それも含め、鉄板の断り方だった。
「でもそういう所が好き……目標に向かって強い心で突き進んでいくところがカッコよくて、めちゃくちゃ尊敬してる」
「でもフラれたんだろ?」
「だから慰めてくれよ~」
「フラれたってまあ大丈夫さ。何も苦しんでるのはお前だけじゃない。世界は広いぞ」
「いや、そんなアフリカでは満足に食事を摂ることすらみたいな話じゃなく――」
「なんたって、俺も今さっき日向にフラれてきたところだからな」
「は?」
「慰めてくれ~」
マジである。一目ぼれだった。彼女が笑うとき、あの吸い込まれそうな大きい瞳はまるでシャッターを切るかの如く細められ、そしてその笑顔は俺の心にドストライクだった。でなければどうして脚本やその他多くの頼み事を引き受けようか。まずあそこまで手助けをするほど俺は女子に優しくはない。俺は別にライトノベルの主人公ではないのだ。
「で、どんなふうにフラれたの」
「なんかよく分からん。哲学的な話をされた」
「哲学的? 人は何のために生きるのかとかか?」
「そうそう、その話もされた」
おそらく副部長の頭にも過日の記憶はよみがえっていることだろう。
「たぶん如月くんは理想主義者なんだよ」
人の生きる意味は何か。当時のバザー係長は「幸せになるため」と答え、副係長は「死にたくないから」と、そして俺は「意味などない」と答えた。
日向は唐突にその話を持ち出して言った。
「意味なんてない……そんな君の答えを副係長は現実主義者だってそう評したけど、私はそうは思わない。むしろ真逆だよ。如月くんはとんでもない理想主義者だよ」
私のどこが好きなのという、そんな実に「らしい」質問に対して「笑顔」と、そう素直に本音を明かした俺に、日向はどこか悲しそうな表情で応えた。
「如月くんが意味なんてないって答えたのは、自分の想像すら超えた壮大な生きる意味を、心のどこかで渇望してるから。でしょ? 自分の理解を超えた何かを常に待ち続けているのが、君だよ」
それに、と、どういう意味なのか言葉を継ごうとした俺を制するようにして日向は続けた。
「印刷室の前で文芸部の人たちと話しているのを偶然聞いたけど、如月くんいちご100%の中では東城が好きなんだって? 電影少女ではアイが好きで、ラブライブ! では穂乃果が好きと……みんな明るくて、純真で、まるで世界が彼女たちを中心に回っているんじゃないかってくらい世界に愛されてる。すべてはメインヒロインだからなんだろうけど、あんなの、明らかに現実的じゃない」
「……」
「やっぱり、どう考えても君は理想主義者だよ。そして私は、そんな理想なんて言葉は似合わない」
そう言って、日向は帰っていった。
「訳が分からん」
「だろ?」
俺の話を聞いた副部長は俺の抱いた感想と一言一句違わない言葉を述べた。
ともあれ、文化祭とともに始まった俺の恋は文化祭の終わりとともに終わった。後から振り返ってみればとても短く感じるだろうし、もっと言ってしまえば文化祭の熱に浮かされた一過性のそれとも思われる恋だったが、しかし、青春という魔法の言葉はそんなちんけな恋ですら優しく包み込み、ほろ苦い思い出へと変換してくれたのだった。
その後日向は家庭の事情で転校し、俺たちが再び会う日がないものと思われたが――現実は奇妙なものだった。
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