第18話

 文芸部の看板は三十分と経たずに完成した。こういうものはシンプルイズベストだということで、色付き画用紙に適当にレタリングした「文芸部」や「無料小冊子」といった文字を板に切り貼りしてしまえばそれだけである程度の見栄えは保証される。

「あ、すんません『小』の字逆向きに貼っちゃいました」

「てめえええええ」

などといった後輩のミスはあったものの、結果大きな問題もなく作業は終了した。

「なんか捻りがほしいですよね~」

と首を傾げていた二年の後輩女子に図書館の小冊子のレイアウトは任せるとして、バザー係の手伝いに回る。清流会館に一時収容、係の独断でいい加減な値段の値札を貼られた商品を第三講義室まで運び、陳列せねばならない。午後二時から始まる前夜祭に間に合わせなければならず、バザー係はぶっちゃけ今日が一番大変かもしれなかった。

「先輩先輩っ」

「あ、俺? どうした?」

 声に振り向くと、そこには顔見知りではあるが、実際の名前は知らない後輩女子が立っていた。名前ではなく先輩とだけ呼ばれたのは、おそらく彼女も俺の名前を知らなかったからだろう。

「すいません小冊子のPOPについてなんですけど……やるって言ってた子が今日学校休んでて」

「マジかよ」

 様々な商品を取り扱う今回のバザーでは、商品の種類ごとに売り場を大まかに区切り、「雑誌」や「衣類」、「食器」、「洗剤」といった風にそれぞれ看板風POPを制作する。そして今回、俺は図々しくもPOP担当の子たちに文芸部の小冊子についてもPOPを作ってはくれないかとお願いしていたのだ。そして、ここにきて文芸部用のPOPができていないという衝撃の事実。

「ふうむ……」

ここにきて俺の浅ましさに罰が当たったかと、俺は天を仰ぐ。そうだ思い出した、目の前の後輩はそのPOP担当の子だ。

「しかたない、自分で作るか。ごめんね、報告ありがとう」

「あ、いえいえ。なっちゃんがすみません」

 自分がPOPの作成をお願いした子の名前を、俺はようやく知ったのだった。



 商品の管理や飾りつけの準備は清流会館で行われていたため、大抵の材料や道具は清流会館にそろっている。

「お、あったあった」

 バザー係が利用しているのは清流会館の二階奥、最も広い部屋だった。畳敷きである。部屋に入り、適当な色画用紙とマジックペンを発見。畳にはいつくばって、書くべき情報を頭の中で整理して、下書きもなしに画用紙に文字を書き込んでゆく。こういうものは勢いが大事だと相場が決まっている。計算通り、文字はぴったりと紙の全面に偏りなく収まった。

「よくぶっつけ本番で書けるね」

「もっと褒めてもいいんだぜ」

「すごーいカッコいいー!」

「あ、やめて意外と恥ずかしかった……」

 トントンと柔らかな足音を響かせて俺の後ろに立った女子――日向は、手を両ひざに乗せてかがみ込むようにしてこちらをのぞき込んでいた。

「何してるの?」

「見てのとおりPOPづくり。そっちは?」

「食料調達と仮眠。ちょうどいいや、お昼一緒に食べよ」

 そう言うと、日向は大量の総菜パンを満面の笑みとともに取り出した。



「いよいよ前夜祭だね。はあ~緊張してきた」

窓から注ぐ太陽の光が温かい。カーテンを揺らす風は時折部屋にたまった畳のカスを舞わせるが、日光はそれすらも輝かせる。

「みんなちゃんと笑ってくれるかなあ」

「大丈夫だろ。大して面白くなくても場の雰囲気で盛り上がる」

「ええ~ちゃんと質で勝負したいよ。せっかく文芸部の部長様まで雇ったのに!」

「本当に何で承諾しちゃったかなあ……」

 思い返してみる。ああ、学校の備品(プリント用紙)を盗んだのがバレてて、それで脅されたのか。じゃあ他の……手芸部とお笑い研究部はどんな理由で頼みを聞き入れたんだ? と記憶をめぐらせるが、なかなか思い出せない。あの頃を随分と遠く感じた。

「まあ頑張るしかないね! 今までありがとう、如月くん」

「その言葉は劇が成功した後、もう一度言ってくれ」

「あはは、だよね~」

 日向は頭をかきながら言った。

「あ、お疲れさん。二人とも飲む?」

 自動販売機で購入した缶入りのアクエリアスと弁当箱を両手にバザー会長がやってきたのは、まだ昼食も摂り終えていない昼下がりの頃だった。

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