第12話

「えー、先週は校閲ありがとうございました。校正済みのデータは既に預かって、もう編集は済ませてあります。ということで今日は印刷製本を一気にやっちゃいましょう!」

 これまで文芸部の活動日は不定期だったのだが、昨年度から新しく顧問となった先生が中々精力的で、こうして毎週火曜日には集まろうという習慣が出来たこの頃である。そのおかげか作業がまあ捗ろうというもの。

 今日の活動は清流祭特別号『らむぷ』の作成、その最終回だった。

「えーと、何部刷る?」

「例年はどうだったんですか?」

「去年は変則的だったからなあ……五十部作って三十部はごみ箱行き」

 和綴じ本とかいうのを作成してみませんか? みたいな企画だった。思い出したくもないほど絶望的な作業量だったことだけは辛うじて思い出せる。

「一応先生からは二十部でいいんじゃない? とは言われてるけど、今回はバザー会場でも配布できるからなあ」

 先日行われたレイアウト会議の段階で、すでに配布場所は押さえてある。レジのすぐ横だ。バザーのレジの機械は一つしかないので、必然お会計には長蛇の列が見込める。列に並んで手持無沙汰になったお客さんの目に飛び込んでくるのは我が文芸部の小冊子という寸法だ。スーパーのレジ近くにあるキシリトールガム、あるいはコンビニのレジ近くに置いてあるチロルチョコのような役割を果たしてくれるだろう。しかもタダ、無料である。どうして小冊子を手に取らないことがあろうか。

「よし、五十部いこう」

 俺が出した決断を聞いて、文芸部の面々は一様に落胆の姿勢を作った。さすがに「えー」と露骨な反応こそなかったが、なるほど、みんな製本を手早く済ませてとっとと帰りたいと見える。

「大丈夫、俺を信じて。きっとこれでも全部配布できると俺は信じてる」

 言って、職員室横の印刷室のドアを開ける。事前に顧問から使用許可とカギを頂いていた。もちろん印刷に使用する紙は我々文芸部の部費で購入したものだ。不正はない。

 あらかじめ用意しておいた元原稿を縮小して、それぞれ五十枚ずつ一ぺージ一ページ印刷してゆく。出来上がったものは随時隣の裁断機へと運ばれ、裁断係が冊子のサイズに合わせてそれをザクザクと切る。それが終わったら一冊一冊紙をページ順に並べ直して本の形にして、ホチキスで留め、ホチキス痕の上にテープを貼って完成となる。

 この作業、実は一番テープを貼るのが難しく、最後は仲良く、みんなで椅子に座っての工程となった。すでに日は沈みかかっており、作業開始から二時間が経とうとしていた。これでも早い方で、人海戦術の素晴らしさを再確認する。

「私のクラスはお化け屋敷ですね。といっても実行委員会が厳しくて全然怖く出来ないんですけど」

 雑談におけるもっぱらの話題は、清流祭はクラス企画で何をやるのかについてだった。一、二、三年生が各々の企画についての自慢だったり愚痴だったりを披露してゆく。

「部長のクラスは何をするんですか? 確か副部長も同じクラスでしたよね?」

 二年生の後輩女子が俺に話を振る。副部長はバザー係長としての役目に忙殺されている最中で、ここには顔を出していなかった。

「俺のところは……何だ、グダグダでよく分からん。映画を撮ろうとする一派と黄色い全身タイツを着て騒ぎたい一派とで争って……どうなったんだろうな?」

「ええ……いいんですかそれ」

「俺も文芸部やほかにも秘密のお仕事があって関われないからなあ」

 企画案提出日の前日はクラスLINEにコメントが四○○もあったとか。

「まあ何にせよ普通科は男しかいないからまともな企画にならないんだよ。理数科とかもう外装からしてガチだからな、勝てない」

「でも映画とか面白そうじゃないすか、いちご100%みたいで」

「だよなあ!」

 一年生の後輩男子の言葉に思わず俺は声を大にして反応していた。

「そうなんだよ、俺はクラス企画が映画に決まった場合の脚本まで用意していたというのに……!」

 マジである。というか一回は映画に決まってすらいたのだ。それが翌日になって陸上部の奴らが議論を蒸し返して、そして映画への決定は結局うやむやになってしまった。

「いちご100%の文化祭は楽しそうだったなあ、特に三年生のそれはそれぞれがそれぞれの思惑と共に文化祭に臨んで、それぞれの思いが揺れ動くさまの描写がピカイチで堪らないんだ……」

「いちご100%ってジャンプのですよね? ……その頃私たち生まれてましたっけ?」

 対して、二年生の後輩女子はいまいちピンときていないようだった。首をかしげている。話題についていけない彼女を無視するようにして一年生の後輩男子は俺に話を振る。

「先輩は誰が好きでした? もちろんにし――」

 その言葉は俺の逆鱗に触れた。

「東城だろボケエ!」

「うわ何かキレた!」

「もちろんってなんだ勿論とは!? 論じること勿いだとお!? 西野なんて読者人気のおかげで真中と結ばされた偽物ヒロインだ! いちご100%のヒロインは中学生編の初めっから東城じゃこらあ!!」

「うーんキレどころが分からない!」

「そもそも私は何の話か分からない!」

 俺が息を整えて気分を落ち着けている間に、後輩男子は後輩女子にいちご100%についてある程度の知識を教える。

 古来より、ラブコメ漫画には三角関係がつきものだ。少年漫画なら一人の男に二人の女、少女漫画なら一人の女に二人の男といった具合に三人の男女が愛憎入り混じらせて物語を紡いでゆく。もちろんいちご100%もラブコメ漫画の一つであり、真中という一人の男に東城と西野という二人の女を合わせた三人の男女が愛憎を入り混じらせる。

 問題はそこからだ。話のテーマからいっても、真中の初恋の相手からも、どう考えてみても明らかに最後に真中と結ばれるべきは東城なのである。

しかし現実は逆行した。別の高校へ行きフェードアウトしたはずの西野が再登場を果たすたびに読者アンケートの満足度が高まるのだ。商業誌で連載している以上、人気の出る方を選ばねばならなくなるのは必然。西野の人気は高く、東城は誰とも結ばれることなく一人の女性として自立、成長した未来像を読者にささやかに提示して物語を去ってしまう。

「いや~でも改めて読み返してみると東城ってマジで何もしてないじゃないですか。三年生の文化祭でようやく告白するまで、お前は一体何をしていたんだよ、と。その点、話の都合上、積極的にアプローチを続けられる西野が恋愛というバトルにおいては優秀だったんすよ」

「ひょっとしてお前アレか、メインヒロインよりもサブヒロインを好きになる系読者か」

「それはまあ」

「というと先輩はアレですか、サブヒロインなんて眼中になく、メインヒロインしか好きになれない系読者ですか」

 何となく概要を飲み込めたらしい後輩女子が話に入る。後輩男子は腕を組んでう~むと唸って、そして矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。

「電影少女で好きなのは?」

「アイ」

「じゃあアイズなら?」

「伊織」

「とらぶる」

「ララ」

「ニセコイ」

「千棘」

 後輩男子は生粋のジャンプっ子のようだった。

「……つまり?」

「部長さんが今言ったキャラクターは全員メインヒロインで、サブヒロインは一人もいないんす」

「うへえ」

「オイなんだその目は後輩女子」

 そう露骨に距離を取られると傷つくのでやめてほしい。というか後輩男子はさっきから手が止まってるぞこの野郎。

「いいか、メインヒロインってのはなあ、初めから主人公と結ばれる運命にある存在なんだよ! メインヒロインは存在がメインヒロインであるというだけで、全てのものに愛され、作品内では女神のごとき扱いを受けるべきなんだ! メインヒロインはメインヒロインであるというだけで最も可愛い!」

「アイマスで好きなのは?」

「春香」

「ラブライブ!なら?」

「穂乃果」

「ダメだこの人」

「さ、早く作業終わらせちゃいましょう」

「人をそんな目で見るなああ!」

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