第6話
「副会長のことが好きなんだって、バザー係長さんよ?」
「……なんで知ってんの」
「日向が言ってた」
「あんの女ァアア」
HRが始まるにはまだ三十分ほど余裕のある早朝、人もまばらな玄関で、バザー係長であり、そして文芸部副部長でもある男は頭を抱えながらフラフラとその場で回転していた。
彼は幼馴染の実行委員長に半ば強制される形でバザー係長、ひいては副実行委員長の大役まで任されてしまった男である。背はすらっと高く、温和な性格の――簡単に言ってしまえば人のいい優しい奴だった。
脚本をやってほしいと頼みごとをするなら、日向は部長の俺なんて無視してさっさと彼に声をかければよかったのだ。きっとこいつならたとえどんなにバザー係長の業務が忙しかろうと断りはしまい。……まあ、そこの忙しさを鑑みて俺を頼ったのかもしれないが。
そんな優しい優しい彼のおかげで、今年は文芸部の小冊子と去年の部誌をバザー会場のレジ横へ陳列することが可能になったのである。例年は人のあまり寄りつかない校舎の隅に位置する図書館でしか小冊子を配布できなかったので、実はあまり配布実績は芳しくないのが実情だったのだ。つまりは今年、実績の大幅アップが見込める。
何という棚から牡丹餅。
持つべきものは権力者の友である。
「つーか如月、お前日向と知り合いだったっけ?」
「なんかこの前急に演劇の脚本をやれって部室まで訪ねてきた」
「あー生徒会の演劇か。何かしたいとは言ってたけど、アイツもよく分からんなあ」
二人そろって階段をのぼりながらバザー係長は話す。
「ていうか日向って生徒会なんだろ? アイツにも仕事はあるだろ。そんなことに首を突っ込んでて大丈夫なのか?」
「実行委員会の幹部が俺に訊いてどうする」
「みんながみんな自分の仕事で精いっぱいなんだよ。勉強なんて最近した覚えが全然ない。俺たち確か受験生のはずなんだけどな~」
「そういやこの前キタムーに呼び出し食らってたな」
キタムーとは俺やバザー係長のクラス担任の愛称だ。事あるごとに奥さんや娘さんの話題を出しまくるムキムキラガーマンでもある。
「模試で二十位とか取ったの久しぶりだからな……アレお前何位だっけ?」
「どこぞの副部長が文化祭のバザーに入れ込んでいるせいで、初めて一位が取れましたとさ」
「おめでとう」
「なんかウゼえな」
「まあそう言うなって」
そんなやり取りを交わすうちに、俺たちは三階の教室へと到着する。教室内の壁のあちこちには「最近勉強すすんでる?」だの「志望校はもうすぐそこだ!」だの、そんな感じの激励の言葉が紙に書かれて貼られている。
「――あ、ちょっと待て日向?」
椅子を引いて座ろうとする直前、バザー係長は何かを思い出したようにこちらを向く。
「アイツって広報係長じゃなかった? ほら、一番業務内容が多くてキツイっていう……」
なんでそんな忙しい奴がまた演劇なんていう、そんなメンドくさそうなことを始めるんだ――と、彼の表情と口調からは、そんな疑念が窺えた。
「だってやりたいんだもん」
バザー係長のそんな疑念を当の本人へぶつけてみると、彼女はまるでふてくされた子供のようにそんな返答をした。
時刻は夜八時。とりあえず笑える劇がいいって聞いたからコスプレっぽいの用意してみました! と意気揚々に衣装の紹介を始める手芸部の相手を日向と一緒にした、その帰りである。二人とも電車通学なので駅まで一緒に向かう。
「あそこら辺の部活はみんな活動内容があやふやで見えづらいから、目標やら明確な活動実績に飢えてるんだろうね」
とは日向の弁。暗にそこにつけ込んだと言わんばかりだ。
かわいい顔をして中々あくどい。
「やりたいだけで出来るなら誰も苦労しないよ」
「だいじょーぶ。如月くんが何とかしてくれる」
「無茶いうなよ、俺はただの生徒だぜ?」
物語の中にある文化祭を見て現実の文化祭に期待してはいけない。お化け屋敷はご法度だし、屋台で飲食物を提供することすら禁止されている。
実は今年で我が校は開校百周年を迎えたので、文化祭の開催期間を延ばそうという声もあったのだが(NHKが取材に来るという情報がそれを後押しもした)、それらは校長の耳に届く前に生活指導の教員の手によってもみ消された。生徒会長と実行委員長は何度もかけ合ったそうだが、おそらく無駄だろう。
当たり前かもしれないが、そう都合よく事が運ぶような権力は生徒たちにはないのだ。
「そりゃあ文化祭の日程をいじるのはさすがに無理だったかもしれないけど、でもそれとこれとは話が別でしょ? イケるって」
日向は右手で握りこぶしを作る。
俺は手芸部の面々の笑顔を思い浮かべながら
「俺は現代日本を舞台に脚本を考えてたんだけどな……」
と漏らした。
手芸部が見せてくれた衣装はそれはまあ多種多様なものだった。ドレスやスーツから始まり、各国の民族衣装や果ては着ぐるみまで……どうやってこれらを話に絡めろというんだと言ったら、おまかせしますと言われた。
「あれれ~? どんなジャンルでも書ける自信があるんじゃないんですか部長?」
「当たり前だ。むしろ題材が難しいほど燃える」
半眼で意地悪そうにこちらの顔をのぞき込む日向に俺は答えた。半眼にしたところで、やはり彼女の目は異様な存在感を放っていた。
通学に使う駅は新しい観光名所にでもなりたいのか、最近あちこちにイルミネーションを取りつけていた。お世辞にもきれいだと言えないのは、やはり配色が悪いからか。
「なんかワカメみたい」
向かいの電球の集合体を指して、日向はそんな風に評した。
「フッ……」
「笑ったな!?」
「アレをワカメ……嘘だろお前」
「いやいやいや! ワカメじゃん!」
「いいなそれ。今度の脚本にイルミネーションをワカメって言うキャラクターを出してもいいかもしんない」
「なし! 今のなしだから!!」
「忘れるもんかそんな台詞」
その後、目的の電車が来るまでその話は続いた。
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