第4話

 我が校の文化祭「清流祭」では、我こそはと手を挙げた猛者たちを中心に実行委員会を前年度のうちにあらかじめ設立、それに生徒会のメンバーが加わって運営準備が行われる。ほかの高校の文化祭がどのように管理運営されているのかは知らないので、別に俺たちはそれを普通だとも特別だとも思わない。というよりも大多数の生徒にとってその辺りのことは別にどうでもいい。実行委員とは毎回毎回クラス展示を巡ってやれ規制だなんだと偉そうにしてくる嫌な連中である、くらいにしか捉えてはいない。

 だから彼ら生徒は、裏で実行委員会の面々が毎日日付が変わる寸前まで学校に居残って作業を進めていることを知らないのだが、それはまた別の話。

 で、もちろん俺だってそんな大多数の生徒と同様に、実行委員及び生徒会とはそこまで深く関わってきたわけではない。というわけで

「そうそう、この生徒会長は書記のこの子が好きなんだけどね、実行委員会のゲート係長と付き合ってて、だから生徒会長とゲート係長は仲悪いんだ、気をつけてね……あ、いっそこの二人の敵対関係をテーマに書いてみる?」

「あと、バザー係長も副会長のことを好きかも。副会長の彼女は東大目指してるんだけど、なんかその目標に向かって真っすぐ突っ走れるところとかにバザー係長は憧れてるんだ。彼、おそらく私の見立てだと卒業式あたりに告白するね」

お節介にも、日向は生徒会および実行委員会の面々のプロフィールをこうして細かに教えてくれている。

「いやいや、大体俺自分で好きな話考えるのが好きなタイプだし。それに俺が得意なのはSFだし」

「関係ないよ! 求められてるのは緻密さや壮大さじゃなくて笑いどころなんだから――大丈夫だって、私がいるじゃん! 一緒に考えよっ」

「……」

 生徒会の演劇は清流祭の前夜祭で披露されるらしい。前日の午後に二、三時間、実行委員会の主導で行われる、軽い決起集会のようなものだ。パソコン部作成のプロモーションビデオの上映や、有志でバンドやコントやボイスパーカッションやオタ芸などが場を盛り上げる。要はそこに生徒会も一枚噛みたいと、そういうことだろう。

「そもそも、一回きりの演劇なんだもん。記憶には残っても記録には残らない。そんな場で難しい話をされても困っちゃうでしょ?」

「なんか俺の作風を全否定された気がするう!」

「大丈夫、如月くんなら出来るって! 君の作品読んだことないけど」

「せめて俺の小説を読んで『す、すごい……この人なら任せられるかも!』とかなってから脚本を頼んでほしかった!!」

「これも青春だよ、楽しもっ」

「青春と言えばすべて許されると思うなあ!」

 ――記憶には残っても記録には残らない。

 その言葉はいやに俺の記憶にまとわりついて、そしてついぞ離れなかった。

 青春の一ページの、その切れ端にも満たないであろうわずか数分間の演劇。きっと文化祭本番が終わるころには当事者以外、誰もその内容を覚えていないだろう。

では当事者は? 

分からない。

分からないが、もしその瞬間を切り取れるならば、それはどんなにいいだろう。

 日向はこの日も邪気のない満面の笑みを浮かべていた。

 その笑顔は相変わらず向日葵を思わせて、つくづく彼女の名前が葵でないことを忘れそうになる。

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