転生先の異世界で、魔王じゃないのに追われてます 2

 …………。

 ……。

 どこからか、声が聞こえる。

「うわあ、こりゃあ……酷えな」

 ひどいダミ声だ、とぼんやり思った。

 日焼けしていて、大男で、顎髭を蓄えた斧を携えて振り回していそうな声。

 山賊とか、荒くれ者のイメージがすぐに浮かんだ。

「先輩……これって」

 続いて聞こえたのは、対照的なか細い女の子の声だった。

 大人しそうな女の子が、先ほどのガサツそうな男を『先輩』と呼んでいることになんだか違和感を持った。いったい二人はどんな関係なのだろう。

 そう思ってそちらに顔を向けようとしたが、うまくいかなかった。

 いや、うまくいったのかもしれない。なんだかよくわからなかった。

 顔を動かそう——と思うことはできる。けれど、それが実行に移されているのかはいまいちわからない。

 なんだか、まるで自分の体という概念そのものがすっぽりと頭や意識から抜け落ちてしまったかのようだ。

 そもそも、ここは妙に真っ暗だった。

 夜とかいうレベルではない。街灯の明かりどころか、月や星の明かりすら見当たらない。

 どちらかというと、狭い箱の中に閉じ込められたのかような感覚だ。隠れんぼで押入れの奥に潜んだことがあるが、その時の暗さに近い。

 視覚が奪われているせいで、体の感覚もなくなっているのかもしれない——本当にそんなことが起こるのかどうかはともかく。

「ああ、ヤツの食べカスだよ。手足と、内臓がやられてる。遅かったんだな」

 男が結構エグいことを他人事のような口調で言う。

 それに対し、女の子は「そうですか……」と悲しそうな声を出した。

「そう落ち込むなよ。オレたちのせいじゃねえ。こいつはただ——運と、行動が悪かっただけだ。何たってこんなところにいやがったんだ」

 まるで今日の天気を話すかのような口調で男が言う。

 女の子の返事はなかった。代わりにはあ、と男の汚いため息の声がした。ため息の声が汚い、と思えたのは初めてのことだった。

「……こんなこたあ、オレたちの世界じゃよくあるこった。時期慣れる。さてと、本部に報告するかな」

 ばしん、と威勢のいい音がした。

「痛っ」

 女の子が小さく悲鳴をあげる。

 悪気はないのだろうが、女の子を叩くなんて酷いヤツだ。しかも結構すごい勢いで叩いたみたいだけれど。

 大丈夫か、と声を上げようとしたが、やっぱりうまくいかなかった。どうなっているんだ、まったく。

 がさがさ、と落ち葉を踏む音が聞こえる。

「本部、こちらは『密猟者』だ。グレイウルフは仕留めたが、犠牲者が一名。全身食われ尽くされてて、どの神に祈ろうが無駄ってヤツだな。避難勧告を無視してこんなところに一人でほっつき歩いていた理由は不明。それじゃあ、後処理は任せ——おい、何やってる?」

「先輩!」

 男の呼びかけに、女の子がまるで悲鳴のような声を上げる。少し驚いたくらい大きな声だった。

「この人から、生命反応が!」

 女の子の言葉が理解できない、というように、少し間が空いた。

「はあ? 生命反応って、この食べカスから? んなわけあるか、見間違えだろ」

「見間違えではありません! 先輩も見てください!」

 おう、と男が小さく返事をする。落ち葉を踏む音がする。その音でさえ、品がないように聞こえる。

「……確かに出ているけど、ありえねえよ」

 そこまで男は苦笑しながら言って、ん、とすぐに続けた。

「あー、いや、部下がな、食べカスから生命反応があるって言うもんだからよ。ああ、機器には確かに出てた。けど、腕も足も噛みちぎられてて、内臓も——心臓? 止まってるに決まってるだろ」

 いったい、なんの話をしているのか。

 やはり、よくわからない。真っ暗闇だし、どこに誰がいるのかもわからないし、第一声も出せないから話しかけることもできない。

「……本部も、機器の故障じゃないかってさ。帰還命令だ。おうちに帰ろうぜ?」

 かはは、と男が笑う。再びばしん、と陽気な音がした。

 女の子は、今度は痛がらなかった。代わりに、ひどく名残惜しそうな声で「……はい」と小さく答えた。

 それきり、声は途絶える。

 結局二人が何を話していたのか、そもそも何者だったのか全くわからずじまいだった。

 …………。

 暗闇の中、ぼうっとそんなことを考える。

 けれどいくら考えてもわからないので、やがてそんな生産性のないことをするのはやめることにした。

 まったく、いったいどうなっているのやら。そんなことを思いながら、どこかをじっと見つめていた。

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