黒い川の向こうへ
〇
さっきは鷹ちゃんさんに言い過ぎてしまったところがあったかもしれない。相手が落ち着くまで待てば、もう少し理性ある会話が出来たかもしれない。
自分への反省がある反面、鷹ちゃんさんももう少しうまく話せたんじゃないかという思いがあり、少し苛立ちが残る。
先程鷹ちゃんさんとの電話を切り、言われた通り堤防まで歩いてきた。堤防の脇にある石段を上って堤防へ登頂を果たした。
空が曇っている所為か、黒い川が俺の目の前を流れている。
さて、鷹ちゃんさんに言われた通り、右向いて歩き始めるとしよう。丁度いいから、歩いてるこの時間に鷹ちゃんさんへの謝罪文でも考えておこうか。頭を下げすぎず、相手の反省を誘う謝罪文を。
舗装されたコンクリートと靴裏が鳴らす音が静かな堤防に響くような感じがした。二つ道を挟めば、さっき俺がいた賑やかな道があるというのになんだか不思議な気分だ。
俺の左側に流れる川は右側に少し曲がっていて、それに応じて今俺が歩く道も右に曲がっている。街灯が並び、比較的整備されているように見えるこの道も、直線でなくなった瞬間先が見えなくなってしまう。
俺は歩くたびに一歩ずつ見えてくる道の先を見つめながら自分が鳴らす靴音を聴いていた。
今更になって電話を切るときに鷹ちゃんさんが言っていた『多重人格』のことが気になり始めた。その言葉とゆうちゃんが現在置かれている状況を重ね合わせれば、鷹ちゃんさんが言いたいことが少し見えてきた。
鷹ちゃんさんの仮説は、ゆうちゃんが多重人格を持っている人間であり、俺たちが知っているゆうちゃんともう一人別のゆうちゃんがいるということだろう。もう一人のゆうちゃんがいると仮定すれば、今残っている謎が一掃される。駅前であった、俺たちのことを知らないゆうちゃんや、鷹ちゃんさんが前に話してくれた、消えるゆうちゃん。そして殺しの疑いをかけられているゆうちゃん。この全てをこの多重人格という一つの事柄が解決してしまうのだ。しかしそんなに安直に考えても良いのだろうか?上手く事が運びすぎてしまうと、喜びよりも疑心暗鬼の方が先に来てしまう。
根本的にひねくれ者な部分を自分の所為ではなく人間の思考の所為にした。
急に目の前の景色の一部が点滅した。どうやら延々と並んでいるようにみえる街灯の一つが点滅していたようだ。
自分が歩くたびに延びていく道の先ばかり気にしていたが、ふと自分の足元を見降ろした。そこには携帯電話が一つコンクリートの上に転がっている。そして俺はこれをどこかで見たことがある。
「まさかね。」
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