伝馬を歩く君を探してる

あたしが今立っているコンビニの雑誌コーナーからは中央分離帯を持つ大通りが見える。大通りを跨ぐと、そこにはビジネスホテルがいくつか並んでいる。そのうちの一つのホテルから出てきた人物、ゆうちゃんに似ている。しかも一人ではなく、彼女の年齢より一回り上の男性と歩いている。


 いや、紛れもなくゆうちゃんだ…!


 「あの子…。」


 カゴに入っている商品なんて気にする暇なく、あたしは店を飛び出した。


コンビニから出るとすぐ目の前に横断歩道があるにも関わらず、赤信号。


 「ゆうちゃーーーーーーん!」


 流石市内でも屈指の大通り、伝馬(てんま)通りだわ。車の通りが激しくてあたしの男勝りな声も届かないみたい。


 赤信号が変わるまでにできることを考えると、あの喧嘩別れした奴の顔が出てきた。


 「あーもうっ!役に立ってよね!」


 苛立つ気持ちを抑えつつ、携帯電話をポケットから出して、ゆうちゃんの携帯へ電話をかけた。


 prrrr


 「あ、はい。もしもし。」


 「あ、あんた!?今どこ?」


 「え、あの、さっき警察署を出て駅へ向かってる…。さっきはごめn」


 「もうさっきのことはどうでもいいわよ!」


 「どうでもいいとはなんだ!折角この俺が良心の呵責に苛まれていたというのに!」


 「目の前にゆうちゃんがいるの!」


 「ゆうちゃんが?…、でも、今日出会ったドッペルゲンガーさんの可能性もあるんじゃ…」


 「多重人格よ!多重人格ってことを証明出来たらまだあの子が潔白だって言えるかもしれない!」


 「多重人格…もちろん、肯定はできないけど否定もできない…」


 「あんたも説得手伝ってよ!今から場所の詳細送るからそこに来て!なるべく早くね!」


 「わ、わかった。」


 了承を得たので即座に電話を切った。それと同時に目の前の信号が変わった。


 電話中でも彼女から目を離さなかった。彼女は大通りから入れる細い道に入って行ったのは確認した。


 道路を走って渡ってその細道にあたしも入っていた。が、その道に彼女らの姿は見えない。


 「あれ…どこに…。」


 周りを気にしながら、とりあえずはあのヒモ馬鹿野郎に現在地を送った。


 「こっちだと思ったんだけど…あぁもう!」


 確かこの先には堤防があったはず。夜の散歩には最適…でもなんであんな歳が離れた人と…。


 一瞬、過ぎってはいけないイメージが頭に現れた。もちろん一瞬で拭い去ったが、一時でもあんなこと考えるなんて…。


 「ゆうちゃんが円光…なんて…ありえないわよね…」


 今はあたし自身の勘を信じることしかできない。だから堤防へ走った。


 

―堤防―


 コオロギと蛙の鳴き声が良く響く堤防。舗装された歩道には一定の幅で街灯が並んでいる。


 「静かね…ここだと思ったんだけど。でもここらで他に行くところなんて…」


 いや、この道を真っ直ぐ堤防に沿って進んでいけば、右手に大きめの公園があったはず…。


 「ここでゆうちゃんを助けなきゃ…。っていうか、あいつが言った通り、あたしたちが解決に導くのが一番良い選択だったんだ…。図星を突かれて感情的になって…結局のところあいつが正しかったんじゃない…バカみたい…。」


 無意識に眉間に皺が寄っている自分に気付き、自分の過ちにも気づいた。



―公園―


 コンクリートの上を、左に流れる川を横目に歩くと暗い夜の中で更に黒い影が見えてきた。階段を下りて、街灯でうっすら明るい公園の方へ歩く。蒸し暑かったはずの空気を死に、肌寒く感じる風があたしの傍を通った。


 生い茂る木々の葉っぱたちが擦れる音、先程の堤防で聞いたのとは比べ物にならない程の種類の虫の音。なんだか気味が悪い。


 「と、とりあえず一通り見てみましょうかね…。」


 あたしは、男と女が休憩できそうな場所を探した。公園のベンチ、遊具、公園に隣接している神社、一応の事も考えてトイレまで確認した。ここにはいない。


 「もうどこ行ったのよ…!」


 それにしてもホントに不気味ねぇ…。


 prrrr


 「ヒィッ!」


 ヒモ馬鹿野郎から電話が来た。


 「はい、もしもし。びっくりさせないでよっ!」


 「電話かけただけじゃないか…。それよりも今伝馬通りのルーソンの前に来たところ。ゆうちゃんは見つかった?」


 「いや、まだよ…信号に引っかかって見失っちゃったのよ…今五社神社の隣にある公園よ。でもここにはいないみたい。とりあえず交流しましょっか。じゃあ…あなたが今いるルーソンを北に歩いていくと川にぶつかるわ。それを右に曲がって川に沿って歩いてきてちょうだい。そしたら会えるわ。」


 「わかった。じゃあまた後で。」


 ピッ


 「なんかデジャブね…」


 あたしは文字通り、来た道を戻って堤防に出た。


 歩き始めて十数秒は頭の中に何もなかった。友人が容疑者だのなんだのって言われてるってのに、なんというか自分の呑気っぷりに嫌気がさした。もし疲れで頭が回らなくなってたとしてもそうあるべきではない…。


 「はぁ…。」


 自然に溜息が出た。


 今思い出したけど、あいつに会うってちょっと気まずくないかしら…謝るセリフとか考えておいた方がいいのかしら…。


 そんなことを考えながら堤防のコンクリートを進んでいると、右手の河原の方に人影が見えた。


 あたしは悪寒を感じ、恐る恐る芝生で覆われた坂を下っていった。


 あの髪の毛、後ろ姿、見覚えがある。


 「ゆ、ゆうちゃん、なの?」


 その女性はあたしの方に振り返った。


 「あれ?鷹ちゃん?」

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