ジェノベーゼを知らない君を俺は知らない
〇
「はぁ…あいつってあぁいう奴だったのね…。いや、あたしもあたしよ…。感情的になってたのは本当じゃない…。図星を付かれたからって支離滅裂なこと言っちゃって…。はぁ、あたしって嫌なやつ…。」
警察署から自分の言動への罪悪感と一緒に出てきたあたしは、素直にゆうちゃんの家に帰ることができなくて、以前から寝泊まりさせてもらっていたバイト先に向かっていた。
「ちょっとコンビニで夕飯買っていこうかしらね、こんなんじゃご飯作る気なんないわよ…。」
いつもよりも溜め息が多いことに自分でも気づいた。しかし気付いたところであたしの中で渦巻く気持ちには微塵の変化もなかった。
ぴろろぴろーりぴろぴろりー
『いらっしゃいませー』
「今日はなんだか塩っ気のあるものがいいわね。ジェノベーゼにしようかしら。それとー、タン塩も買ってと。炭酸も欲しくなるわよね。買っておこうかしら。」
店内奥にある飲み物コーナーからレジに向かう途中、なぜか雑誌コーナーに注意を引かれた。
「今月は買えないけど、少し中身チェックするくらいならいいわよね。」
お目当ての雑誌のタイトルを探していると、ふと、隣のオカルト雑誌の文字に目を奪われた。
「ん?多重人格?」
普段この手の雑誌をスルーしてしまうので、実際に手に取る自分自身に驚きを隠せない。
「多重人格ねぇ。一人の人間に一つの人格とは限りません。自分の知らない自分がいるかもしれません…かぁ。人格間の記憶が共有されるケースもあるが、別の人格として完璧に解離してしまっている場合は記憶共有がなされない。人格が入れ替わったのすら本人は知り得ない…と。面白いことがあるもんねぇ、人間の体って。」
あたしの中で何かが繋がりそうになった。
もしゆうちゃんが二つの人格を持っているとして、一つはあたしを知っているゆうちゃん。もう一人があたしを知らない、駅のバスターミナル前で会ったゆうちゃん。仮にあたしが知っているいつものゆうちゃんをAゆうちゃん、知らない方をBゆうちゃんとする。Aのゆうちゃんは、本人が気づかないまま人格がBのゆうちゃんと入れ替わり、Bのゆうちゃんが現れる。そして駅のバスターミナル前であたしが会ったゆうちゃんはBの方で、彼女はあたしのことを知らない。そして、講義に行かなかったことにも説明がつく。
でも、仮にBのゆうちゃんが殺人に手を染めているとして、どうやってゆうちゃん自身の潔白を証明すれば…。
「じゃあどうすれば…」
どうすれば、彼女の、あたしが知っているゆうちゃんの無実を晴らすことができるのか…。たとえあたしが考えるBのゆうちゃんの殺人を証明する何かを掴んだとして、それはAのゆうちゃんの潔白を証明する手立てになるのかしら。もし、人格解離の有無を意に介さない判断をされる場合、彼女は、あたしが知っているゆうちゃんは一人の人間として罰を受けなければいけなくなる。罰を受けるに足ることなんて何もしていないのに。
でも、あたしは多重人格の人が犯した罪の判例を知らない。だから、もしかしたらあたしが知っているゆうちゃんが助かる道があるかもしれない。そのためにはやっぱりAゆうちゃんが事件の内容について何も知らないことと、ゆうちゃんBが殺人をしたことを各々から聞き出して、証言として提示しなきゃいけない…。それにはあたしがまず、ゆうちゃんに出会わなければいけない。そして警察へ一緒に行く。正直杉田さんみたいな人がいるようなところに連れて行きたくない。けど、それは単なるあたしの気持ち。抑えることでゆうちゃんが救われるなら自分の好き嫌いなんてある程度我慢してやるわよ。
「ま、所詮は単なる仮説よね…はぁ。今日は疲れたわね。こんな状況だってのに、明日もいつも通り働くあたし。なんか複雑だわ…。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます