少女への策謀はお気軽に

「相田さんだよ。アリバイはなし、動機だってしっかりしている。しかし証拠がない。証拠がないんだ…!」


 「え?あの子が殺したって…。えっとーあの…何を言ってるんです?そんなわけ…だって…」


 「杉田さん。その話を聞いてて、ゆうちゃんが怪しくないっていう方がおかしいかもしれない。」


 「あんたねえ!?」


 「でも!…杉田さんたち、あんたたち警察だって確証がないわけだろ?」


 「あぁ。彼女の母親殺しの殺害の件はもう手詰まりだった。原因となる事件から既に長い月日が経っているからな。証拠なんてもうないようなもんだ。しかしな、最近起こっている連続殺人の件、君たちは何か知っているか?」


 「連続殺人って、あの…あたしたちがあった人のことですか、佐伯さん?」


 「そうなんですよぉ。あの黒いマントの怪しぃ人ですぅ。」


 「何か彼女と関係があるんですか、杉田さん。」


 「関係がないようであるんだ。君たちが見た黒マントの男はまさしく件の犯人であり、非常に危険な人物だ。そして彼の殺しは非常に残虐で、遺体の判別がいかないまでぐちゃぐちゃの状態で発見されることが多いんだ。」


 「そして、この連続殺人とは別に、違う系統の殺人が起きている。ここ数年の未解決殺人の中に同じ傾向がみられる殺人があるんだ。そう、右腕だけが切り取られているんだ。しかも前科がある男性だけが狙われている。」


 「そんな…。でもあの子そんなことする子じゃ…信じられない。」


 「もちろんこれは単なる俺たちの推測だ。未だにこの繋がりを証明するものはそろっちゃいない。しかも、この線で捜査を進めなければいけないのにも関わらず、この操作の動機を根こそぎとるようなことがあるんだ。」


 「ゆうちゃんが犯人じゃなくなる可能性があるってことですか?」


 「いや、それはちょっと違うかもしれない。…君たちは黒いマントの男を見たと言ってたな?なにか特徴的な容姿は確認できたか?」


 「特徴っていったって…身長は平均くらいで細身?声は高めくらいしかあたし分からなかったけど。」


 「四本の傷…」


 「そう。彼の顎には四本の傷がある。相田さんの過去を語る際に一つ言い忘れてたことがある。彼女の母が殺害されたとき、彼女も犯人に手をかけられそうになったんだ。そして彼女は抵抗して犯人の顎を、爪を食い込ますように握りしめたようだよ。齢10歳の女の子にどうしてそんな力があったのかは分からない。あれが火事場の馬鹿力ってやつかもしれないな。」


 「え、待って。繋がらないわ。ゆうちゃんのお母さんを殺した犯人の顎には特徴的な傷がある。でもその犯人は誰かに殺されたってさっき言ってましたよね?どういうこと…。」


 「繋がらなくて当然なんだ。俺たち警察だってそれが原因で行き詰っている。」


 「ただの別人なんじゃ?」


 「普通に考えたらそうなんだ。でも、顎に四本の傷が残っている人間がこの世に何人いると思う?しかも四本だぞ?きっかり四本、三本でも二本でも一本でもなく、四本。ありえると思うか!?」


 杉田さんが激昂した。そうとう精神的にきているのだろうか。


 「杉田さん、落ち着いてくださいよぉ。図星突かれたからって怒らないでくださぁい。」


 「くそ。佐伯に言われるといやにむかつくな。…取り乱して悪かった。こちら側でも俺の意見は少数派なんだ…。証拠も出ない女性を付け回してないで確実な犯人の確保を急げってな。まぁ彼らが言ってることは真っ当なことなんだ。何もおかしいことはない。けど、俺にはこの二つの、傍から見たら全く関係ないような傾向が重要な何かに繋がるんじゃないかと思わざるに入られないんだ。」


 「…」


 「話は理解しました。それで、杉田さんが俺たちをここに呼んだ理由は何ですか?」


 「うーん…。君たちが今聞いた通り、この件に関して、警察全体が行き詰っている。事件の予防に努めようにも、相手の狙いがほぼランダムなんじゃ予防のしようもないのが現状だ。しかし、数日前に別部署の佐伯から俺の耳にこんな情報が入ってきたんだ。杉田さんが調べている女性の友人とコンタクトを取ることができた、と。俺たちにとっちゃ、この状況を打開する術が目の前に急に降ってきたようなもんだ。」


 「質問に答えてないですね。つまり理由は何ですか?」


 「端的に言うとですねぇ、彼女の近くにいる君たちを利用して、今の自分の推測を本当だと証明したいんですよぉ。」


 「これだからお前の垂らした餌に食いつきくなかったんだ。先輩の顔に泥を塗るのがお前の専売特許だからな…。 はぁ…正直言うと、今ここで俺たちが話しているということはあまり話さないでほしい。」


 「杉田さんの周りの人たちが知ることによってあなたの立場を不利にしないようにするため…。」


 「最低…。会ってすぐの人にこういうことを言うのはあれですけど、杉田さん、あたし見損ないましたよ。人間としてっていうか、うまく言えないですけど…あたしたち市民が信じる警察ってこういう感じなのかって…。それに、あなたがやろうとしていることは、ただあたしたちの友情を踏みにじる行為だってことに気付かないんですか!?」


 「承知している…。それを理解しているうえで、君たちに彼女がボロを出すかお願いしているんだ。もし鎌をかけて何もでないようであれば、君たちが彼女への疑いを晴らせられる。悪い話じゃないだろう?」


 「そういう話じゃないんです。あたしが疑いの目で彼女を見て、試すようなことをすること自体を友達としてしたくないんです。」


 「杉田さん、これ以上は駄目ですよぉ。相手が嫌だという姿勢を示したんですからもうこれで終わりですぅ。お二人ともありがとうございましたぁ。」


 「あの…。」


 「どうしたんですかぁ、名無しの方。」


 「俺は正直やってもいいと考えてます。」


 「あんたね!?何を…。ただ利用されるだけ利用されて、ゆうちゃんとの友情を傷つけられるのよ?分かって言ってるの?」


 「杉田さんはこうして困ってる。ゆうちゃんも殺人犯かそうじゃないかっていうグレーな状態のままでいたいとは思わないだろ?鷹ちゃんさんは俺よりも断然ゆうちゃんのことを知っているから、俺よりもより‘友達’だからそういうことはしたくないんだろ?」


 「ちょっと待って、友達の期間が長いとか短いとかっていう話じゃないの。あたしは友達の期間が長いからどうこうっていうのを前提にして話してるんじゃない!あなたは、あなたの友達が犯人だと疑われて、あなた自身が、ゆうちゃんの一人の友達として、彼女を試すようなことをしたいのかって聞いてるの!」


 「他の人に踏みにじられたくないから俺たちがやらなきゃいけないんじゃないのか?それに、俺はその先で得られるものの話をしてるんだ。試すようなことをして自分が嫌な気分になるかどうかということが大切なんじゃなくて、彼女の疑いが晴れるか晴れないかってところが問題なんじゃないのか?彼女が潔白であることを証明したくないのか?」


 「別にあたし自信がどうって話じゃないでしょ?彼女を試すこと自体が友達としての関係を崩しかねないって言いたいの!」


 「鷹ちゃんさんができないっていうんだったら俺がやるさ。恩返しのつもりで俺が勝手にやることだ。鷹ちゃんさんは何も悪くないし、この杉田さんの件自体を聞いていなかったことにしてもらったって一向にかまわない。それでどうだ?」


 「だからそういう話じゃないでしょ?なんでそう無神経なのよ!?」


 「逆になんでそう感情的なんだ?友達の為の損得勘定くらいちゃんとやってくれ。」


 「…」


 「…」


 「あんたの決意は固いわけ?」


 「そうだな。少なくともあんたよりかはゆうちゃんを楽にしてやれる図ができあがってるよ。」


 「じゃあもういいわよ。勝手にして…。ごめんなさい皆さん、あたし今日はここで失礼しますね…。」


 鷹ちゃんさんは荷物を持って部屋を出て行った。


 横顔しか見えなかったが、哀しいとか起こっているとか、そういう一言で例えることができない顔をしていた。


 「…君たちには申し訳ないと思っている。しかしこれも事件解決のためなんだ。」


 「分かってます。僕は協力するつもりですよ。それで、なにをすればいいんですか?」


 「そうだなぁ…恐らく一番付け入る隙がある部分は、彼女が君たちに嘘をついている点だ。社会をほぼ知らない、いや、知ることができなかった児童保護施設出身の高校生が大学への入学を果たしたのにも関わらず何故出席すらもままならぬような状態になってしまったのか。そこから掘り出していけば、辻褄が合わない部分が出てくるかもしれないし出てこないかもしれない。結果は俺にとって都合の良いものになるかもしれないし、君たちにとって都合の良いものになるかもしれん。君は了承の上で話を聞いてくれていると思っているが、最後の確認だ。本当にいいんだね?これはもしかしたら君たちの関係を終わらせる可能性があるんだよ?」


 「彼女が罰せられるに足ることをしたのなら素直にそれを受けるべきだと俺は思います。友達の定義は人によって違うと思いますが、俺はそう思います。」


 「そうか。」


 「名無しくんって相田さんと会ってまだ数日しか経ってないのではぁ?君は彼女の何を知っているのぉ?」


 「おいっ、佐伯。お前、今黙ってろ。」


 「確かに俺と彼女の関係は、友達と呼ぶには短すぎる時間でできているかもしれない。たとえ傍から見て友達じゃなくたってそれは正直どうでもいい。彼女は何も知らない俺の手を引っ張ってくれた。俺は、彼女が将来生きにくくなる道よりも、彼女が生きやすい未来を作りたい。でも、彼女が既に何かを犯してしまっているなら、それは彼女自身が償わなければいけない。」


 「あなたが私たちに協力しなければ、彼女が殺人を犯しているという証拠を私たちが見つけられないかもしれないんですよぉ?それでもやるんですかぁ?」


 「おいっ!」


 「ごめんなさいぃ。少ししゃしゃり出過ぎましたぁ。」


 「こいつが煽るようなことをして申し訳ない。詳しくは追って伝えるよ。ところで最近、彼女の素行で気になることはあるか?」


 「最近も何も、俺は彼女と数日しか接していませんし、昨日から家に帰ってきてませんし。」


 「帰ってきてないだと!?」


 「は、はい…警察へ捜索願を出そうと思ったんですが、恐らく取り入ってもらえないと思って自分たちで探していました。そこを多田さんに声をかけられて…」


 「今の話を聞いてて分かっただろ!?彼女は今俺たちにとって!」


 「俺にとってじゃないですかぁ?」


 「お、俺にとって重要な人物なんだ。姿をくらまされちゃ困る!いつから会ってないんだ!?」


 「え、えーと…昨日からです…けど…」


 「けど?」


 「さっき見た目も苗字も彼女と同じ人に出会ったんです…。」


 「すまん俺が興奮しているからだろうか…すまん、一旦落ち着こう。…もう一回言ってくれ。」


 「さっき見た目も苗字も彼女と同じ人に出会いました。俺も…鷹ちゃんさんも正直動揺しています。でも、見た目や声はしっかりゆうちゃ…相田さんでした…。だから俺たちが会った女性が彼女だったのかどうかは、ちょっと分からないです…。」


 「駄目だ。理解できない…。と、とりあえず整理をしたい。君たちが確実に会ったと言えるのは昨日の夜でいいんだな?」


 「はい。」


 「そしてついさっき、彼女と同じ様相をした女性に出会ったが、君や鷹田さんが思う限りその女性は相田さんではない?どちらにせよ、彼女の居場所が分からない?」


 「そういうことになります。」


 「まずいですねぇ。」


 「なんでまずい状況だって分かってんのにニヤニヤしてんだよお前は…。まぁ俺も何故か落ち着いているが。」


 「彼女に殺人の容疑がある以上、彼女の居場所が分からない状態が続くとまずいってこと…ですよね?」


 「その通りだ。君には悪いが我々は、少なくとも俺は彼女が何かをしでかしている悪人という疑惑の目を常に持って接しなければいけない。」


 「先程の話を聞いておいてそんなことに目くじら立てません。仕方のない事です。」


 「なんというか…いや、やめておこう。」


 杉田さんが俺から目を少し逸らした。


 「もうこんな時間だ。遅くまで付き合わせて悪かった。相田さんへのアプローチの詳細はまた追って連絡するよ。これ、俺の電話番号。あと、相田さんの捜索は明日開始する。佐伯、入り口まで送ってやってくれ。」


 「いえ、ここで大丈夫ですよ。これから忙しくなりそうですし、俺なんかより仕事をどうぞ優先してください。」


 「そうか。じゃあここで。夜道には気をつけろよ。」


 「分かりました。では。」


 俺は珍しく気を使って今いる部屋を出てエレベータールームへ向かった。

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