鏡に映る自分とのにらめっこには勝てない
〇
『昨日未明、静岡市内在住の三十四歳、女性が遺体の状態で発見されました。遺体には首元を刃物で切り付けられた痕があり、警察は調査を進めています。』
昨夜、あんなことを聞かされてしまったからに俺の心は今も乱れている。彼女にあんな過去があったなんて…それを隠して生きていくのはどれほど大変なことなのか俺には到底見当もつかない。例え自分が吹っ切れることができてこの社会で生きていくと決心しても、親が通り魔に殺されたという事実を周りに知られた瞬間、不自然な気遣いをされ一歩引かれた状態を維持される。もちろん例外はいるだろうが、殆どの人間がそうなるだろう。そして彼女の過去を知らない、今の彼女を好いてくれている鷹ちゃんさんには余計に知られたくなかったんだろう。きっと不安だったんだ。
「あら、あなた戻ってたのね。」
「俺は一回水分補給のために帰ってきただけ。そっちは?」
「あたしもここら周辺は探したわ。というか朝になっちゃったわね。何か作るわね」
「食べたらまた再開しよう。」
「うん…。まさかあのまま出て行っちゃうなんて…。」
俺は黙ってテレビの電源を切った。
そう。昨夜の話には続きがある。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「鷹ちゃんさん、聞いてたんですね。」
「起こさないように静かに入って来たのが悪かったみたいね。盗み聞きして悪かったわ。あの子にはわたしから伝えるわ。なんだかごめんなさいね。」
「鷹ちゃんさん、俺は隠しておくことをお勧めしとく。今、彼女はあなたがあの話を聞いたことを知らないし話したとしても良い方向に向かうとは限らない。」
「その通りなのよ…。けどね、あの子の友人としてそれはしたくないの。彼女の過去を知っても変わらない友情があるってことをあの子に教えてあげたいの。そうして、あたしだけじゃなくて友人の輪が広げることだってできるかもしれない。」
「あれ、鷹ちゃん、何でいるの?仕事じゃないの?」
「ちょっとだけヘルプに行っただけよ。さっき帰ってきたの。」
「話聞いちゃってたってことだよ…ね?」
「聞いてた…でもね!」
鷹ちゃんさんの言葉を最後まで聞かず彼女は玄関から走って逃げた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あのとき話す順番を変えていればよかったのかしら…そうしたら最後まであたしの話を」
「もう後悔しても遅いって。とりあえずは俺たちで探そう。今の時点で警察に捜索願をだしても大丈夫なのか?」
「いや、単なるプチ家出だと思われて本腰は入らないでしょうね。」
「そりゃそうか…。とりあえずは俺たちで探そう。今日一日で無理なら警察にも連絡。それでいいだろ?」
「…」
「そんな心配しんでも、きっと見つかるって。大丈夫。」
「あなたにフォローされるのはなんだか癪だけど、あたしの所為よね…。反省するわ。」
「今日は仕事あるの?」
「今日はないわ。その分昨日無理に入れられたからね。」
「了解。じゃあまた手分けして捜索しよう。」
「じゃあゆうちゃんの携帯使いないさい。それで連絡とりましょう。」
「ありがたく貸してもらうよ。で、再三聞くけど、ゆうちゃんの居場所に心当たりはないんだよな?」
「これが漫画とかだと当てがあるんだけどね。残念ながら現実にはないわよ。」
「そうか。とりあえず俺は彼女と一緒に行ったところを周りながら街周辺を探してみるよ。」
「分かったわ。じゃあまずは街にでないとね。」
俺と鷹ちゃんさんはバスで街に出た。
雲を掴むような思いだが、当てがないなら闇雲に探すしかない。俺たちは互いに携帯を持って、街での捜索を開始した。
初めて彼女と会った交差点、いざこざがあった市役所、雑貨屋、喫茶店、ボーリングをした場所、道中に寄ったコンビニ、彼女と足を運んだ場所は思いつく限り周った。しかし見つからない。
辺りは既に日が陰り始め、空が寂しい色になっていった。
プルルルルプルルルル
「もしもし鷹ちゃんさん?今どこにいる?」
「今は駅前の噴水があるところよ。一旦集合する?」
「そうしよう。バスターミナルのところに来てもらえるとこちらとしてはありがたいんだけど。」
「分かったわ。じゃあ今から行くわね。あなたはどこにいるの?」
「俺は今百貨店の近くを歩いてる。目の前にバスターミナルが見える。」
「そうなのね。じゃああなたの方が早く着くと思うわ。じゃあちょっと待ってて頂戴ね。」
「了解した。」
鷹ちゃんさんが言った通り俺のほうが少し早くバスターミナル前に着いたようだ。先程はまるで噴水の場所が分かっているように話を進めていたがもちろん知らない。まだこの世界で過ごすようになって数日しか経っていない俺がそんな地元トークできてたまるか。
突然、俺の注意を引く何かが現れた。目の前を見覚えある顔が通り過ぎて行き、それを目だけで追っていく俺。何かが唐突に起こると対処できない人間。一秒ほどおいて、やっと口から言葉が出た。
「あの!」
「は?何?ナンパ?そういうのやめてくださいって。警察呼びますよ?」
「あ、あの、君はゆうちゃん?」
「ゆうちゃんって誰?叫びますよ?」
「僕と君は会ったことある?」
「この反応見て会ったことあると思う?ないでしょ(笑)」
「そうだよな…。最後に君の名前だけ聞いてもいいかな?」
「え?やばー、マジもんの変態じゃん(笑)」
「頼む。」
「なんでそんなマジな顔してんのさ…変なの…っつうかわたしこの後シフト入ってんだけど。もういい?」
「…ゆうちゃん?」
視線をずらすと、鷹ちゃんさんの姿が目に入ってきた。
「あ、鷹ちゃんさん、この子。どう思う?」
「紛うことなくゆうちゃん…よね。違うの?」
「だから違うってば!何なのあなたたち!あたしは相田!もういいでしょ!どっか行って!」
「ちょっ!」
「しつこいとホントに警察呼ぶよ?」
俺たちはもう何も言葉が出なかった。ここまで聞いて何も無いのだったら彼女はゆうちゃんではないのかもしれない。
「こういうのなんて言うんだっけ?」
「ドッペルゲンガーかしらね…。」
「それだ。」
「でもね…。相田って、ゆうちゃんの苗字よ?」
「!?本当か!?」
「でも!もう追わないでね。あなたも分かってると思うけど、あの人はあたしたちが知ってるゆうちゃんじゃないわ。多分別人…。」
「でも、ドッペルゲンガーで苗字も一緒ってそんなのありえるのか?確かに、あれ以上やってたらホントに警察呼ばれてもおかしくはなかったけど…。」
「実際に起こっていることだもの、仕方ないじゃない。見た目は同じでも話し方だってゆうちゃんじゃなかったわ。」
「そうだけど…。」
もちろん鷹ちゃんさんが言っていることは尤もだ。でも、納得はできない。だって…ありえるのかそんなことが?
「あの、お二方、失礼します。ちょっとお話伺ってもよろしいです?」
あぁ…想定していた中で最悪のこ事態になってしまった…。
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