癇癪感謝感激
皿を洗い終わるとほぼ同時に洗面所から鷹ちゃんさん出てきた。
「お待たせぇ。」
「う。」
鷹ちゃんの肌が不自然に白い。そして臭い。香水かけすぎなんじゃないか?
「う、って何よ。」
「いや何でもない。じゃあ行こうか。」
ガチャン
鷹ちゃんさん曰く、街へはバスに乗っていくらしい。バスの乗り方はこの間ゆうちゃんに教えてもらったし大丈夫だろう。お小遣いを貰って街へでる甲斐性無しと思われても仕方ないが、これも社会勉強の一環。成長には過程が不可欠。俺が生きていくに必要なことなんだ。誰がなんと言おうと俺は街へ行く!
ー街ー
ということで街に到着した。勇んだはいいものの、隣に鷹ちゃんさんがいるので何も心配する必要はなかったのだ。たとえ世界が滅びることがあっても俺を救ってくれるに違いない。
「着いたわね。とりあえず早めに終わっちゃう市役所の方に行っておきましょうか?どのくらい時間みておきましょうか?」
「この間の感じだと一時間そこらか。」
「なるほどね。じゃああたしそこの雑貨さん覘いてるから終わったら連絡…そういえば携帯持ってなかったわね。じゃあ、終わったらそのお店来てもらえるかしら?すぐそこのあの青い看板のところ。」
「わかった。」
鷹ちゃんさんとはバス停で別れ、僕は昨日行ったばかりの市役所へ足を運んだ。
とりあえずはこの間ゆうちゃんと来たときと同じ要領で回っていこう。
「すみません。戸籍を調べて欲しいんですけど…」
「戸籍をお調べ?戸籍抄本のお求めでよろしいですか?お名前と身分証明書をお願い致します。」
「いえ、俺が誰かを教えてほしいんです。」
「えーと、少々お待ちくださいね。」
そう言うと市役所のお姉さんは厚い本を調べだした。
「申し訳ありません。お名前を教えていただいてよろしいですか?」
「わからないんです。どうにかならないでしょうか?」
「失礼ですが、記憶喪失を起こしたということは…?」
「記憶はこの世界に来る前から元から無かったのであなたが言う記憶喪失に当てはまるのかちょっとわからないです。」
「ちょっと私の担当外ですので、生活相談の担当にお繋ぎしますね。」
こいつもかよ。人の話くらい聞けよな…。クソ。
「またたらい回しか?」
「いえ、そういうわけでは。」
「たらい回しなんだろ?」
「面倒くさいやつが来たとか思ってんだろ?言っちゃえよ?俺の戸籍どうにかできるのか?」
「えーと…。」
いきなり後ろから腕を掴まれた。ゆうちゃんだ。
「なに癇癪起こしてるんですか。ほら行きますよ。申し訳ございませんでした。失礼します。」
彼女は市役所のお姉さんに一礼すると俺の腕を黙って引っ張って出口に向かった。
―市役所駐車場にてー
「正直あなたがああいう癇癪を起して怒鳴り散らす人だとは思いませんでした。もちろん記憶喪失で情緒が少し不安定になってはいたんでしょうが、それを考慮したとしてもちょっと幻滅です。」
「別に怒鳴り散らしてはない。でも突っかかったのは悪かったと思ってる。また腫物のように扱われるのが嫌だっただけだ。すまんかった。」
「感情に振り回されて今後の生活を棒に振るなんて勿体ないですよ。あんなことはもうしないでください。今は確実な解決策が見えないだけです。焦らずに探していきましょうよ。ね?」
「うん。気を付けるよ。」
「二度としないでください!」
「わかったよ…。もうしない。」
「よろしい!そういえばここまでどうやって来たんですか?」
「鷹ちゃんさんと一緒に来た。そこの青い看板の雑貨屋にいるって言ってた。」
「そうなんですね。じゃあ向かいましょう。案内してください。」
「わかった。」
二人で雑貨屋に歩き出した。
先程のことを思い出して少し憂鬱になっている自分がいる。自分でもあんなことがしたくて市役所に向かったんじゃない。前の記憶があった自分はあんなすぐ癇癪を起す人間だったのかと考えるとなんだか自分自身を大嫌いになってしまいたい思いに駆られた。
「そういえばなんで市役所にいたんだ?大学終わってすぐに来たってこと?」
「まぁあなたに早くひとり立ちしてほしいですからね。暢気にしてないで、時間があるときにできることをやっておかないとね。あ、でもこれは焦る必要があるって言ってるわけじゃないですよ?そこは勘違いしないでくださいね?」
さっきのことがあったからか分からないが、やけに申し訳ない気持ちになった。
「あ、あそこの店。」
「あぁあそこの店だったんですね。いつも覘いてるあの店。鷹ちゃんお気に入りのとこですよ。」
店の方に足を進めていると丁度良く店のドアから鷹ちゃんさんがでてきた。
「あら、グッドタイミングだったかしらね。ゆうちゃんも一緒なのね。見てよ、こんなに買っちゃった。」
「うわぁ…。またそんな散財しちゃって…。もうお金貸せないよ?」
「別に散財じゃないもん。この店の中で見えるすべてのものが魅力的に見えちゃうのが悪いんだもん。」
「もん♡って…」
見た目の屈強さからは想像しえない言葉に、ついつい無意識に鼻で笑ってしまった。
「もん♡」
鷹ちゃんさんの顔は笑っているが黒い何かを感じる。
「…」
「だろ?」
「はい。その通り、もん♡です。すみませんでした。」
背中でSOSを発信したら、どこぞの顔面ビショビショ美少女が助け船を出してくれた。
「はいはい…。で、このあとどうしましょうか?」
「うーん、そうね。おなかすいたかしら。何か食べに行くのはどう?」
「それだけ買っておいてまだお金使いたがるの?」
「そりゃね、買い物は女の性(さが)ですもの。」
「じゃあとりあえずそこの喫茶店入りましょうか?値段抑え目でおいしいのよ。」
「はーい。」
ジョエルという名前のお店に入った。お店の外観から小洒落たところではないというのは分かっていたが、良く言えば懐かしさがある、悪く言えば古臭い、そんな印象を与える喫茶店だ。窓からは漫画本がずらっと並んでいる本棚が三、四個見える。
カランコロン
『いらっしゃいませー空いてる席どうぞー』
「じゃあそこの席にしましょうか、日が当たらなそうだし。」
俺たち三人は店の奥にある角の席に座った。
「メニューはこれね。ここのポーションサイズ大きめだから、お安くたらふく食べられるわよ。」
「へぇ良心的なお店なんだね。あ、私はこのカツカレーにしようかな。」
「因みにそれ相当多いわよ…。ま、食べられなかったらあたしが食べてあげるし心配は無いわ。大船に乗ったつもりでいてよ!で、あなたはどうするの?」
「じゃあ、このカツ丼で。お金はいずれ…。」
「何今更言ってんですか。今はそんなに気負わなくてもいいんですよ!仕事見つけたら返してもらえばいいんですから。」
「じゃあ決まりね。すみませぇーん、注文お願いしまーす。」
俺たちは各々が注文した料理を黙々と食べた。俺は腹が減ってたからペロッとイケるんじゃないかと思ったけど、思いの外ギリギリ食べられた感じだ。ゆうちゃんは案の定残して、鷹ちゃんさんに助けを求めてた。一方鷹ちゃんさんはエビフライ定食のご飯を二回、味噌汁を三回お替りして尚且つゆうちゃんの分も食べていた。恐ろしい。あのガタイの秘訣はここにあるのだと確信できる。
「あなた、今ちょっと失礼なこと考えてたでしょ?顔で分かるわよ?」
やっぱり女の勘は馬鹿にできないようだ。俺は話を逸らすように今日の予定を聞いた。
「た、たらふく食べたな。この後はどうする予定なんだ?」
「知っての通りあたしは休みだし、暇ね。」
「私は…市役所に行ってまた聞こうかと思ってた、けどまぁ今日はもうやめておいた方がよさそうですね…流石にアレの後にまた行くのは勇気がいります…」
「野郎、なんかやったな?」
でたよ。男性ボイス。ホントに脅し目的ならその声はピカイチだよ。
「ちょっと感情的になってけんか腰になってしまった…。今では反省しています。」
「もう二度とやるなよ」
「はい…肝に銘じておきます…。」
「え、えーと…話を戻しますけど、私は授業も終わったし今日はもうフリーですよ。」
「えー?そうなのー?いいわねぇ。」ニンマリ
「鷹ちゃん、何企んでるの?」
「いやぁね、あたし今日給料出たのよ。一杯遊べるわけ。でも一人は嫌だわぁ。チラ、チラ」
「もう、ダメだってー。お金なくなっちゃうよ?」
「はぁ、折角スポッty」
「ボーリング!?行きます行きます!行きましょう!あなたもボーリングいいですね?ね?はい決定しました!鷹ちゃん行きましょう!今すぐ!」
「口が滑った…ボソッ。ボーリングはやめましょ?ね?バッティングとかいろいろあるわよ?ゲーセンもあるし。」
ボーリングと聞いてウハウハしているゆうちゃんを横目に鷹ちゃんさんが僕に耳打ちしてきた。
「この子ね、ボーリング狂いなのよ。ちょっと体動かしたかっただけなのに…ボーリングは嫌だわ…。」
「ボーリングくらい別にいいのでは?体も動かせるし。」
「あなたはまだ何も知らないわ…。」
ゆうちゃんは先行をとって会計を済ませ、颯爽と店から出ていった。いつもの彼女のキャラから離れた様子を目撃した俺と項垂れる鷹ちゃんさんは、外で投球の素振りする彼女を追った。
扉を開けて外に出るとき、扉のガラスが反射して背後にいた鷹ちゃんさんの表情が目に入ってきた。あんなに表情筋に力が入らない鷹ちゃんさんが存在するなんて…。
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