料理における一番のスパイスは壱リットルの涙

―ゆうちゃん宅―


 「ふー。今日は疲れました。」


 「そうだな。それなりに歩いたから」


 「買ったものは一通り開封しましたからそろそろご飯にしましょうか。」


 「うむ、そうしよう。」


 冷蔵庫の中をごそごそしている彼女の背中を見て一つ思い出したことがある。


 「そういえば、居候させてもらっていて、尚且つ失礼であることを承知の上で聞くんだけど、なんで鷹ちゃんさんは夕飯まで準備してくれたんだ?」


 「別に、失礼なんて思ってませんよ?料理が下手なのは私のステータスですからねフフッ」 


 顔が笑っていない。地雷と分かって突っ込んでいった俺も俺だがまさかこんな大地雷だったとは…。


 「なんか申し訳ないことを聞いたな、すまん。」


 「今朝の鷹ちゃんとの会話で察しがつかなかったあなたじゃないでしょう?」


 「いや、まぁ…。」


 なんだかゆうちゃんの目がウルウルしてきている。まずい。何とかして慰めねば!


 「いや、その、料理ができないなら男がすればいいしそれに、」


 「どうせっ!私は料理が下手で不器用な女ですよ!もう!寝る!じゃね!」


 彼女は風呂にも入らず、彼女のベッドがある部屋に閉じこもってしまった。明朝まで彼女の姿を見なかったことは言うまでもない。



 同日、深夜。

 「ただいまーっと。誰も起きてないわよね…。」


 「おかえり」


 「うわっ!あなた起きてたの?電気くらいつけてよ気持ち悪い。」


 「そんな気持ち悪いなんて言わんでも…。ただ月が奇麗だったから見ていただけだよ。」


 「ふーん、意外とロマンチストなのねぇ。益々気持ち悪いわ。」


 「おい」


 「冗談よ。そういえば夕飯どうだった?一回冷えてもおいしかったかしら?」


 「あぁ美味しかったよ。こんな見た目でもあんな繊細な味の食べ物が作れるなんて。」


 「明日病院開いてたかしら。」


 「冗談だよ…。さっきのお返しだってば…。でも美味しかったのはほんと。」


 「あら嬉しい。そういえばあなた、今朝あたしに聞いてきたことゆうちゃんに話振ってないでしょうね?」


 「いやその…」


 「聞いたのね。」

 

 「聞いた。好奇心が抑えられなかったんだ。」


 「気遣いは日本人の美徳であるって言い張る輩は嫌いだけど、ここまで開き直ってる奴もなんだかなぁ…。あの子、嫌な顔したでしょ。」


 「泣いちゃった。」


 「カーッ。やっちゃったねぇ。あたしも、あなたにもっと強く言っておけばよかったわ。もう遅いけどね。」


 「申し訳ないとは思ってる。」


 「あなたの場合、口ではそう言ってるけど、なんていうか心が無いのよ…。今回のことは特に反省したほうがいいわよ。あくまでもあなたはあの子に養ってもらってるだけのヒモみたいなごみなんだから。」


 「ヒモじゃなくてヒモみたいなごみなんだな…。散々だなぁ。しかし本当のことだから仕方ない。」


 「よくもまぁこんなやつに魅了されたわねあの子も。」


 「というと?」


 「純朴無知童貞の振りはやめなさい。殺すわよ。普通に思考を巡らしたら分かるもんじゃないかしら。記憶喪失したとか言い張る男を家に上げて世話するなんて普通じゃないわよ。」


 「世話ねぇ…。間違ってないから愚痴れない。」


 「もうこんなことが起っちゃった後だし、これからそれに関して何かが起こってもあなたたちが気まずくなるだけでしょうからもう言っちゃおうかしらね。」


 「なんだなんだ?」


 「なんかそこまで好奇心駄々洩れで待ち構えられるとイライラするわね。一つ言っておくけど、これはあなたの好奇心を満たすために教えるんじゃないのよ?これ以上関係を崩したくないから教えることなの。

 

 「分かった。」

 

 「ん?」


 「分かりました。」


 「よく言えました。で、あの子の料理の事だけどさ。ゆうちゃんのことだから自分が不器用だからっていう理由で料理できないって言ってたでしょ?」


 「言ってたな。」


 「あれは嘘よ。あの子は味が分からないの。」


 「は?」


 「今日買ったサンドイッチまずかったでしょ?」


 「なんというか、いろんな味が喧嘩してた。」


 「そうでしょうね。あの子特に甘い系と辛い系のものを混ぜたがるのよ。刺激がある味を日常的に求めるの。本能的にでしょうかね。でも何故味覚がおかしくなったのか、その理由はあたしには分からない。生まれつきなのか…それとも何かただならぬことがあったのか。」


 「ふむ。そういう味を求める割に自分で料理を作らないのは何か理由があるのか?」


 「刺激がある味を求めることが普通じゃないってことは分かってるみたいなの。だからあの子自炊はするのよ?でも、自分で何か食べ物を作って誰かに振る舞うっていうことは避けるのよ。…自分の味覚に関してばれないようにあんな嘘つくことまで覚えちゃって…。なんていうか。ほっとけないのよね…。この際だからあなたに気にしておいてほしい事を続けて言っちゃおうかしらね。」


 「引き続き真面目に聞きます。」


 「時々ね、あの子消えるのよ。」


 「消える?どういうこった。」


 「消えるっていう言い方は想像しづらいかもしれないけど、でも間違ってはいないわ。この間あったのは、いつも通り二人で歩きながら話していて、ふと近くの気になったお店に注目がいったの。それで振り返ったらゆうちゃんがいないのよ。そのあとも連絡がつかないしあの時は相当困ったわね。でもその日の夜家を訪ねたら、何食わぬ顔でドアを開けてあたしを迎えたのよ。で、あたしが『何してたの?』って聞いたら、覚えてないですって。しかもそんなのが一回だけじゃなく何回もあるから不思議なのよ。彼女自身が自分のとった行動を覚えてないって結構ヤバくない?これからはあたしよりあなたの方が彼女と一緒にいる時間が増えるでしょうから気を付けてみて。」


 「んー。分かったよ。でさ、この話を聞いた後でなんだけど、そんなこと俺に話しちゃって大丈夫だったの?」


 「理由はさっき言った通りよ。これもあなたを信用してのことだから裏切るようなことしないでね。」


 「肝に銘じておく。」


 「ゆうちゃん傷つけたら容赦しないからな。」


 急に声を低くしないでくれよ。


 「分かったって。おっかないなぁ。」


 「ま、あたしは彼女があなたに眼をかけてる限り、あなたへのサポートは惜しまないわ。不本意だけどね。でも彼女があなたに魅かれてるってことはあなたにそれなりの魅力があるからよ。あたしはそれを信じるわ。不本意だけどね。だからもし彼女が困っていたら助けてあげて。」


 「超不本意じゃん…。ま、俺も助けられっぱなしだと申し訳ないからな。恩返しができる機会があればそうさせてもらうよ。」


 「よしっ。じゃああたしたちも寝ましょうか。もう三時過ぎちゃってるし。」


 「おやすみ」


 「おやすみー」

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