洗濯機にすら転生失敗しました

 朝、目が覚めたのは小鳥のさえずり、ではなく誰かが歯を磨く音だった。


 「あ、起きたんですね。もう少ししたら鷹ちゃんが朝ごはん作ってくれますよ。


 シャコシャコシャコ


 「あなたがそこに寝ていたって洗面所は容赦なく使いますからね。あなたは、横に置いてある洗濯機よりも使えない人間なんですから早く起きてそこどいてください。洗濯物したいですから。」


 「へーい」


 俺が一晩を過ごしたのは洗面所の隣にある洗濯機が置いてあるスペースだ。この世界に詳しくない俺でもわかる。この場所で寝させられるのはちょっと乱暴なことなんじゃないかと。しかし屋根と壁がある場所で寝泊まりさせてもらっているだけでありがたいことだ。わがままなんて言っていられない。それはそうと、自分の適応力にはいささか驚かされる。


 「そういえば、これからここに居候するなら生活に最低限必要なものを買っておきましょう。市役所に行った後に行けば丁度良く一日が終わると思います。」


 「分かった。鷹ちゃんさんはついてくるのか?」


 「鷹ちゃんは夕方からお店に行かなきゃいけないし、その前にも数時間だけ別のお仕事あるから行けないってさ。因みに私車持ってないからお荷物持ちはお願いしますね。」


 「合点招致。それじゃあ朝ごはんいただくとしますかね。力仕事するなたくさん食べておかないとな。」


 俺は洗面所で支度をする彼女の背後を通ってリビングへ向かった。


 「あらヤングボーイおはよう。丁度朝飯できたところだから食べちゃってちょうだい。あと、食べ終わったら洗い物はお願いね。あたし今からあなたたちの夕食作っておいちゃうから。」


 「え、鷹ちゃんさん忙しいんじゃ?別に家主も夕飯の時間にはいるんだからこっちでどうにかするけど。」


 「うーん。まぁね…。察してあげて。」


 「ん?」


 「ほら、食った食った。朝は忙しいんだから!」


 「は、はい。」


 それから俺は朝食と皿洗いを済ませ、シャワーを借りて今持っている服に着替えなおした。少し匂う。



 ―市役所前―


 「はぁ…結局何も手掛かり見つからなかったですね…。たらい回しってあぁいうこと言うのね。」


 「あれじゃ仕事を放棄しているようなもんじゃないか?あの人たちは働いてお金を貰っているんだろう?少しは調べる素振りでも見せてくれたっていいじゃないか。苛立たしい。」

 

 「あなたが何も覚えてないのもスムーズにいかない原因なんです。ここは抑えて、また頑張りましょうよ。ね?ま、市役所はもう終わっちゃいましたし、今日はもうこれ以上これに時間使っても意味ないですから戸籍の件はまた次回にしておきましょう。」


 「じゃあ次は買い物か?」


 「そうですね。近くにショッピングモールがあるのでそこに行きましょう。一通りのものは揃うと思いますよ。それで、お金のことですが…今回は貸しておく、という形にしておきましょう。無一文の人間にお金をせびるほど人間がなっていない私ではありません。」


 「おー、それはありがたい。けど、君は学生なんだろう?仕事をしてお金を稼げる歳だとしても勉強をしながらっていうのは大変なんじゃないか?」


 「ま、そうなんですけどね。あなたは借りる側なんですから余計な詮索はしないでください!とりあえず私はお金があるんです!今回のお買い物に関しては特に問題ないです。」


 「そうなのか、じゃあお言葉に甘えて。」

 



 俺たちはその足で先ほど話に出たショッピングモールに向かった。


 「とりあえず欲しかったものは全て揃いましたね。お布団は後日配送にしておいたのでそれまでは家にある毛布でどうか凌いでください。」


 「そういえばお腹すきましたか?」


 「すいてはいるけど、流石にここまでしてもらって昼食もねだることはできない。夕飯は家に帰ったらあるんだしそれまで我慢するさ。」


 「うーん、じゃあ奢ります。これは貸しじゃないです。私が奢りたいから奢るんです。異論は認めません。」


 「それならまぁ…それを俺が止めることはできまい。」


 「よし、じゃあすぐそこにフードコートがあるのでそこにしましょう。」


 「分かった。」

 

ーフードコートー

 フードコートに向かったはいいが丁度お昼時と重なってしまったので家族連れが多く、このエリア全体が賑わっている。


 「うわー。平日のお昼だと思って舐めてました…。場所変えます?」


 「うーん、持ち帰りできるものにして外で食べるのはどう?ここに来る途中に公園が見えたから、まぁ少し暑いかもしれないけどそこで食べないか?丁度いい木陰もあったし、一案としてどうだろう。」


 「いいですね!でもお持ち帰りできるものだと、マッカスは…ちょっと太っちゃいそうだし…あっ、サンドイッチ屋さんありますよ!野菜たっぷりだしあそこにしましょう!」


 「じゃあそこで。」


 サンドイッチかぁ、こんな感じの見た目なんだな。把握。


 「結構並んでますねぇ。十分くらいかかりますかね。」


 「うむ」


 俺とゆうちゃんは十数人並んでいる列の最後尾についた。客と客の間からは、従業員の人が客の好みの野菜を聞き、それを一瞬で記憶している様子が見えた。これは大変そうだ…。


 「大変そうですねぇ…。あれだけ早く捌けているなら結構早いですかね?」


 「かもな。」


 「あ、そうだ。今思い出したんですけど、話のおかずに昨日から気になってたことを聞いておきますね。昨日あなたに会ったとき、一番私が理解しやすいかったのが『記憶喪失』だったからそのように納得しちゃいましたが、まだ初めてあなたと話してから十時間くらいしか経っていないのに私が説明してあげることに関しての理解や適応が早いと思うんです。」


 「天才ってこと?」


 「それは違います。」


 「そんな即答せんでも…。」


 「正直その違和感は自分も感じてる。例えばこの世界に来て最初に見た、白いうるさい動く箱。最初は何かわからんかったが、君から車という単語を聞いた瞬間それが頭の中で俺が見た白い箱のイメージと車という言葉がリンクしたんだ。自分でも全てを理解したわけじゃないんだが、概念としては頭の中に確かに存在しているのにそれが今まで見たことのないものみたいにカテゴライズされていて、言葉は聞いたことあるのに見たことがない、すなわち知らないっていう判断になっちゃうみたいなんだ。」


 「だから頭の中で情報が揃っちゃう単語とかは自分の口から言えるわけですね。今話したやつを例にすると、『イメージ、リンク、カテゴライズ』みたいな。」


 「そゆこと。」


 「それはまぁ不思議なことですね。」


 彼女が目を細めて俺を見てきた。


 「なんだよ。」


 「いや、やっぱりにわかには信じがたい事象だなと改めて思いまして。しかも光る鏡がこの世界に俺を送ったとか言われたらそりゃもうねぇ。」


 「うーん、実際に俺に起こっていることだからな。信じないと言われればそれまでなんだが。」


 「まぁそれは信じますけど…というか信じないとあなたが一人になっちゃいますしね。」


 「ん?」


 「いや、一人になって野垂れ死ぬときに保護された警察とかに私が助けなかったからこうなったとか言われたら面倒くさいからですよ。変な勘違いしないでくださいね。」


 「うん、なんとなくわかってたよ。」


 「お次のお客様ぁ、どうぞぉ」


 どこかで聞いたことのある声。この世界で聞き覚えがあると思うまで聞いた声なんて数える程しかない。となると、


 「あれ、鷹ちゃん!?ここで働いてたの?」


 「あら二人とも、よく数あるお店からこのお店を選んだわね。グッドチョイスよ♡まさか来るとは思ってなかったからわざわざ伝える必要もないかと思って言わなかったのよ。」


 「そっかそっか。頑張ってね!」


 「じゃあパンはこれでー、野菜は全部入れてもらって二倍で!あとソースは…。」


 一足サイズのサンドイッチを一つ購入して、近くの公園でお昼を済ませた。次にこのサンドイッチ屋さんを利用するときはソース選びを慎重に行わなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る